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【25】旦那様のお友達…?

 私達が向かったのは、王都有数の目抜き通りであるウェストロードの中ほどに位置するカフェだった。


 広々とした一階フロアは一般客向けになっていて、二階は絵画の展示会などを行なうサロン併設の飲食エリア、三階はいくつかの個室に区切られた富裕層向け貸し切りスペースとなっているようだった。


 私達が通されたのは、三階の貸し切りスペースだ。


「やぁ、ジェド。しばらく見ないうちに、すっかり元気になったじゃないか」


 先に来ていたご友人が、涼やかな声を掛けてきた。席に着いて、ゆったりと微笑んでいる。ジェド様に似た黒髪と、翡翠のような深緑色の目をした男性――年齢はジェド様と同じくらいだ。


 ……あら? この男性、どこかで見たことがあるような。


「ルス。なんだその髪と目は」

「君の色に似せてみたんだけれど、どうかな?」

「俺の真似だと? 全然似合わないぞ」

「そうかい? 残念だな」


 優美な笑みを深めて、ルスと呼ばれたその美青年は肩をすくめている。


「さっさと元の色に戻せよ、ルス。真似されるのは気持ちが悪い」

 仏頂面のジェド様を見て、ルス様はくつりと笑った。


「外出するときは、魔法で色を変えるのが好きなんだ。軽い変装のようなものさ。――でも、君のご要望に応えて元に戻そうかな」

 

 ぱちり。と指を鳴らすと、ルス様の髪と目が変色し始めた。プラチナブロンドの髪は月光のようにしとやかに輝き、瞳はアメジストのような紫色だ。


(この髪、この瞳……! この『ルス』という人は、まさか、)


 本来の色に戻ったルス様を見て、私は声を上ずらせた。


「ル、ルシアン第二王子殿下…………!?」


 とっさに淑女の礼をとり、私は緊張で凍り付いた。


(……な、なんでこんな所に王子殿下が!? 絵姿でしか見たことがないけど、この人は絶対にルシアン殿下だわ。紫の目って、王家に特有の色だし……間違いない!)


 緊張で胸をばくばくさせていると、ルシアン殿下は気安い口調で声を掛けてきた。


「かしこまる必要はないよ。今日は僕の招待に応じてくれてありがとう」

「お、おそれいります……」


「緊張しなくて良いぞ、クララ。ルスとは子供の頃からの付き合いで、遠い親戚でもある。王族の割には自由人で、古臭い格式とか作法とかにはあんまりこだわらない奴だ」


 そ、そうは仰いましても……。


 殿下に促されて着席すると、淹れたての紅茶と茶菓子が運ばれてきた。


「で。どういう風の吹き回しなんだ、ルス? 俺の妻に会いたいというのは」


「そのままの意味だよ。数年前に体調を損ねたきり、アカデミーを中退して屋敷に引きこもっていた君が、いきなり結婚したというから。どんな女性が君の相手なのか、純粋に興味が湧くだろう?」


 アメジストの目を柔らかく細め、殿下は私に視線を向けた。なんだかすごく、居心地が悪い。


「ウィリアムに、目元のあたりが少し似てるかな」

「――え?」


 いきなり弟の名を出され、私は目を見開いていた。


「弟をご存じなのですか?」

「同じアカデミーに在籍しているからね。学年は違うが、彼の勤勉さはよく知っているつもりだよ。彼は学問に真摯だし、とても優秀だ」


 ウィリアムのことを褒められたのが嬉しくて、緊張が一気に溶けた。


「ありがとうございます、殿下! あの子は私の自慢の弟なんです。優しくて賢くて」

「ウィリアムも、貴女を自慢の姉だと言っていた。姉を幸せにすることが、自分の目標なんだと」


「まぁ……あの子ったら」

 頬を緩めてはにかんでいると、なぜか隣のジェド様が不機嫌そうに鼻を鳴らした。


 ルシアン殿下は紅茶を飲みつつ、私とジェド様を交互に眺めて楽しそうにしている。


「……これから、少々大変そうだね」

「「?」」

 意味ありげな声で言われて、私とジェド様は首を傾げた。


「どういうことだ、ルス」

「ご実家のマグラス伯爵家の件さ。少々、揉めているだろう?」


「私の実家が……?」


 要領を得ない私達を見て、ルシアン殿下は少し驚いたように目を見開いた。

「まさか。君たちは何も知らないのかい?」


 ……何の話だろう。


 殿下はジェド様のほうを見て、呆れた様子で肩をすくめた。


「ジェド。君は貴族間の情報に疎すぎるよ。体調も回復したようだし、辺境伯家の当主になるなら今後はもう少し世間に目を向けるといい」


「……反省する」

「期待しているよ、国家の盾」


 ひとつ溜息をついてから、殿下は私達に言った。


「手短に話すけれど。マグラス家が事業で失敗して、他家からの批判が殺到している。ウィリアムも忙しそうだ」

「……!」


 そんなことになっていたなんて。何の連絡もなかったから、変わりないとばかり思っていたのに。


(家族の皆は大丈夫かしら……)


 うつむいていた私の肩に、ジェド様がそっと触れた。


「すまん、クララ。俺が世間に無頓着すぎた。マグラス家の状況を把握して、支援を申し出ることにする」

「ジェド様……!」


 見つめ合っていた私達を、殿下は静かに眺めて紅茶を飲んでいた。


「クララ夫人。貴女は今、幸せかい?」


 ――え?


「ジェドの妻になって、幸せかな? 嫁いだことに、後悔はないか」

「……」

「ルス。どうしてそんなことを聞く」

 低い声でジェド様が問うと、ルシアン殿下は肩をすくめた。


「僕が聞きたいから、聞いたんだ。ただの好奇心さ」

「好奇心は猫をも殺すというからな。お前がいくら王子でも、何を聞いてもいいってわけじゃないと思うぜ」

「怖いね、レナス家を怒らせるのは避けたいものだ」


 くつりと笑って、ルシアン殿下は席を立った。


「僕も忙しくなるので、これで失礼するよ。それじゃあ、また」


 優美に一礼すると、ルシアン殿下は個室から去っていった。


   *


「ルスの奴。一体なんの用だったんだ」

 カフェを出るなり、ジェド様は不機嫌そうにそう呟いた。


「忠告……みたいな雰囲気でしたけど。何を言いたかったんでしょうか」

 

 殿下に言われた実家の話で、私は頭がいっぱいになっていた。ついつい、暗いため息がこぼれてしまう。


 そんな私の手を、ジェド様がきつく握った。


「俺がもっと、しっかりしないとな」

「え?」


 すぐそばに控えていた騎士のディクスターさんを振り返り、ジェド様は彼に声を掛けた。

「リンデル。今、少しだけクララと二人きりで話をしたい」

「分かりました若。それでは、カフェにお戻りください。私は席を外しますので」


「いや、俺たちが場所を変える」


 えっ、それって……。と、ディクスターさんは眉をひそめた。


「ニール自然公園に転移する。二十分ばかり話したら戻るから、ここで待っててくれ。護衛は不要だ」

「ちょ、若……」


 私をぎゅっと抱き寄せて、ジェド様は『転移』と呟く――次の瞬間、空気の渦に飲まれたような錯覚に陥り、目の前が真っ白になった。



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