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【23*】実家、わるだくみ。

「クララ姉さんが触れると、ヒールトーチが元気になる……!?」


 庭師の話を聞いて、ウィリアムは目を丸くした。


「だが、姉さんはヒールトーチの栽培には関わっていないはずだ」


 マグラス伯爵が『お遊びで貴重な薬草に手を出すな!』と命じたため、クララはヒールトーチの花壇には近寄らないようにしていた。


「それに、父さんはジミーにも警告してただろ? ――『もしクララにせがまれても、絶対に花壇に入れるな。入れたらお前を解雇する!』って」


 気まずそうな顔で、庭師はうなずいている。


「でも実は……月に二回くらいは、クララお嬢様に花壇に入ってもらってたです。誰にも見られねぇように、真夜中にこっそりと」


「!?」


「お嬢様が世話すると、ヒールトーチは元気になるです。でも、お嬢様が近寄らなくなると、必ず萎れてきましただ。だから、内緒で世話を頼んでたんです。クララお嬢さまは優しいから、おれが頼むと嬉しそうに手伝ってくれて……」


 どういうことだ……? と、ウィリアムは唇をわななかせていた。


「おれにも、分からねぇです。ただ触ってるだけに見えましたけども……」


 高山植物ヒールトーチが、なぜ枯れずにマグラス家で育っていたのか、ずっと理由は不明だった。だがウィリアムは、ふと思い至った。


「まさかクララ姉さんは、独自の栽培法を編み出していたのか!?」


 ……盛大な勘違いである。


 実際には、クララはただ触って具合を見ていただけだ。調律魔法が自動的に賦与されていたのかもしれないが――ウィリアムには知る由もない。


「植物を愛するクララ姉さんのことだ。きっと、僕らが見出せなかった新規の方法で栽培してたに違いない! あぁ……やっぱり最高だよ、姉さんは!!」


 彼にとってクララは、最愛にして至高の姉である。うっとりしていたウィリアムは、次の瞬間ハッとした。


「ジミー! 今の話は、父さん達には言ってないんだな?」

「もちろんですだ。おれ、クビにされたくなかったから、ずっと黙ってました」


 ウィリアムは胸をなでおろした。


「クララ姉さんが栽培に関わっていたことは、僕とお前だけの秘密にしてくれ」

「……へい?」


「父さんたちが知ったら、ヒールトーチを復活させるために姉さんを働かせるに違いない。……それこそ、奴隷のように」


 ウィリアムにとっては、ヒールトーチが枯れても咲いてもどうでも良い。クララが平穏無事に暮らせることだけが、彼の唯一の関心事なのだ。


(姉さんがレナス家の契約妻になっている現状も不愉快だが、マグラス家の馬鹿どもにこき使われるのも許せない。姉さんが幸せに暮らすためには、僕がしっかりするしかないんだ!!)


 ウィリアムは、決意を固めて拳を握り締めた。


「いいな、ジミー。絶対に秘密だぞ」

「分かりましただ。おれ、坊ちゃんを裏切ったりしません!」


 それからウィリアムはジミーと別れて、王都に向かう乗合馬車に乗り込んだ。


(待っててくれ、クララ姉さん。僕が必ず、姉さんを幸せにしてあげるから! ……何年かかっても、必ず!)

 ウィリアムは、クララのことで頭がいっぱいだった……だから、気づかなかった。



 デリックに、会話を立ち聞きされていたことに――。


   *


 物陰で立ち聞きしていたデリックは、ごくり、と唾をのんだ。


「あのクララが、ヒールトーチの栽培法を編み出していただと? あり得ない……だが、クララがいなくなった後でヒールトーチが枯れたのは事実だ」


 シャムイ山麓で薬草泥棒をするよりも、クララを呼び戻して栽培させたほうが安全だ。――そう考えたデリックは屋敷に戻って、執務室にいたマグラス伯爵に報告した。


「何だと!? クララがヒールトーチの栽培法を秘匿していた?」

「はい、ジミーがウィリアムに密告していました」


「ありえん。凡人のクララがヒールトーチの栽培など……」


 しかしマグラス伯爵は、十数年前のことを思い出してハッとした。


「そういえば、ヒールトーチの種を発芽させたのも、クララだった」


 まだウィリアムが生まれる前のこと。空を渡ってきたヒールトーチの綿毛を見つけ、幼いクララはそれを植えた。


「育つ訳ないと思っていたが、なぜか発芽したんだ」


 だからマグラス伯爵はクララからヒールトーチを取り上げて、庭師に育てさせることにした。


 うまく育てば金儲けになるかもしれないから、『子供クララには絶対に触らせるなと』、何度も庭師に命令していた。


 その後、ヒールトーチは順調に成長し続け、花壇いっぱいに株を増やしていったのだが――。


「……まさか、クララが関与していたとは」


 クララは植物の知識が豊富だから、特殊な栽培法を知っていたのかもしれない――マグラス伯爵はそう考えて、歯を軋らせた。


「ぐぬぬぬ……クララめ。重大なことを隠しおって、許せん!」


 書斎机についていたマグラス伯爵は、力強く立ち上がった。


「よし、今すぐクララを呼び戻すぞ! 残った種をクララに植えさせれば、査察が入る前にヒールトーチを復活できるかもしれん!」


「そうですね、それしかありません」

 しかし……。と、デリックは表情を曇らせた。


「クララはすでに、レナス家の妻でしょう? 数日来させるだけなら何とでも口実は作れますが、ずっと留め置いていたら、レナス家が文句を言ってくるのでは?」


「いや。案外、何とかなるかもしれん」

 マグラス伯爵は、デリックに『契約結婚』のことを教えた。


「ウィリアムが打ち明けてきたんだが。どうやらクララとジェド・レナスは、利害関係が一致して契約結婚をしているだけらしい。クララの奴、畑がほしくて契約結婚に応じたそうだ」 


「は!? バカですかクララは!?」

「そうとも。クララは昔から土いじりのことしか考えてない愚かな娘さ」


 自分のバカさ加減を棚に上げ、彼らはクララを罵り続けた。


「マグラス領で広大な畑をくれてやると言えば、クララは大喜びでジェド・レナスと離婚して、実家に戻るに違いない。ヒールトーチの世話だって、むしろ喜んで引き受けるかもしれん。……有力貴族のレナス家と縁が切れるのは残念だが、背に腹は代えられないからな」


 マグラス伯爵とデリックは、悪どい笑みを顔面に刻んだ。


「……何とかなりそうですね、お義父さん」


「それでは早速、手紙を書いてクララを呼び戻そう。離婚のこともヒールトーチのことも、直接会わなければ話を進められんからな。さて、手紙にはなんと書こうか」


「……『父、危篤』とか、どうですか? 優しさだけが取柄のクララですから、お義父さんを心配してすぐ戻ってきますよ、きっと」


「いいアイデアだ」

 二人は、悪だくみを進めていったのだった――。


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