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【14*】実家、偽装する。(後編)

 デリックは、伯爵に『美容液の成分偽装』を持ちかけた。


「ヒールトーチのエキスを美容液に加える意義は、正直なところ『金色に着色してゴージャス感を出すこと』だと僕は思っています。ヒールトーチが手に入らなくなったら、他の色素で誤魔化せばいいんですよ」


 マグラス伯爵が固唾をのむ。

「誤魔化す……? ヒールトーチの金色を、別の物で再現するということか?」


「ええ。僕が独自に調査したのですが、南の森林地帯に生息する『マユツバコガネムシ』という魔虫をアルコールに漬けると、まばゆい金色の液体を作れます。それを美容液に少し入れれば、ヒールトーチの美容液と見分けがつきません! 実はすでに、試作品を完成させてあるんですよ」


 すでに試作品が完成している? まるで、枯れるのが前提であるかのような口ぶりだ。


「僕は最初から『いつかヒールトーチが枯れるかもしれない』という前提で、製品化を進めていましたので」


「……つまり最初から、枯れたら偽装する予定だったのか?」


 デリックは、爽やかに笑いながらうなずいた。

「これが商売というものです」


 そうか……。と、冷や汗を垂らしながらマグラス伯爵はうなずいていた。


「し、しかし、できるだけ偽装は避けたい……バレたら一大事だからな。幸い、まだすべてのヒールトーチが萎れた訳じゃないし、持ち直すかもしれない」


「僕も、代替品を使わずに済むならそうしたいものですが。……期待薄でしょう」


 二人は溜息をついて、目の前の花壇を見た。


 花、茎、葉のすべてが金色に輝くヒールトーチは、見るからに特別感がある植物だ。


 花壇の中の半分近くのヒールトーチは、くたりと萎れかけている。また、花が枯れた後の一部の株は、金色の綿毛を付けていた。ヒールトーチはタンポポのような形をしており、花が枯れると綿毛になって、風で種子を飛ばすのだ。


 折しも強い風が吹き、ヒールトーチの綿毛が舞い上がった。


「いかん、種が飛んで行ってしまう!」

 マグラス伯爵は庭師を呼びつけて、一粒残らず種を保存するよう指示をした。


「どうにか、枯れずに育ってほしいものだ……」

 マグラス伯爵は顔色を悪くして、げっそりしていた。


「そういえば、今後に備えてひとつご相談なのですが」

 と、デリックは話題を切り替えた。


「今後、美容液の代替品をたくさん作ったり、予期せぬトラブルに対応したりするために、これまで手に入れた売上金は浪費せず適切に管理しなければなりません」


「うむ、君の言うとおりだ」


「これまで販売した分だけでも三千万イェーネほどの売上が出ていますが、売上金の一部をイザベラが管理しているのですよね? 収支会計を明確にするためにも、イザベラに預けている売上金はお義父さんの管理下に移したほうがいいと思います」


「確かにそうだな。イザベラには美容液の広告モデルを任せているから、売上金の四割を広告宣伝費として与えてあるんだが」


 よ、四割? と、デリックは眉をひそめた。


「広告宣伝費が四割って……ちょっと多すぎませんか?」


「そうか? イザベラが「自分が美しくあるためには、最低でもそれくらいは必要だ」と言っていたから、渡してしまったんだが」


 デリックの脳裏に、いやな予感がかすめた。


「……ともかく、イザベラに渡した金を回収しに行きましょう」

 伯爵とデリックは、イザベラのもとへと向かった。そして、とんでもない光景を目にしたのである。


「あら、お父様、デリック。見て、このドレスとネックレス。わたくしにとっても似合うでしょう?」


 イザベラは侍女達に囲まれて、豪華絢爛に着飾っている真っ最中だった。


「わたくしの白肌が、ますます引き立つでしょう? 今度これを着て、お茶会を開くつもりなの。美容液をたくさん宣伝してきますから、期待していてちょうだいね」


 純金や大粒ダイヤをふんだんにあしらった豪奢なアクセサリーやドレスを見て、伯爵とデリックは青ざめた。


「い、イザベラ、お前……。ずいぶん派手に金を使ったみたいだが。渡した金は、いくら残ってるんだ?」

「もう、全部使ったけど?」


「「なっ……!?」」


「わたくしが美に磨きを掛ければ、美容液の売り上げに直結するのだと、お父様が言ったじゃないの。だから、わたくしが美しくあるために、すべてのお金を使いきったわ。むしろ足りないくらいよ」


 当然のように言ってのけるイザベラに、デリックは顔を強ばらせながら言った。


「イザベラ。儲けた金をそんなに勢いよく使っていたら、事業が成り立たないよ。……万が一に備えて、資金を残しておきたいんだ。だからそのドレスと宝石は、今すぐ返品しよう」


「じょ、冗談じゃないわ! 絶対にイヤよ」

 イザベラは血相を変えた。


「経営とか面倒なことは全部お父様とデリックがやるから、わたくしは宣伝係に専念すればいい――と言っていたじゃないの! わたくしが一生懸命に宣伝してあげたから、こんなに売れてるのよ? なのに、わたくしのドレスと宝石を奪おうとするなんて……見損なったわ、デリック!」


 きぃきぃと喚き散らして、イザベラは婚約者を非難していた。


「お父様! デリックがヒドイの。叱ってやって!!」


 イザベラに抱きつかれて、マグラス伯爵は「うっ」と息をのんだ。逃げられた妻にベタ惚れしていたマグラス伯爵は、妻そっくりなイザベラのことも可愛がっており、強く注意することができない。


「デリック君。すまないが、イザベラが使ったカネについては必要経費ということで何とかならんか? 今度からは、売り上げ金はきちんと管理するから」

「お、お義父さん」


 無茶苦茶なことを言い出すマグラス父娘に、デリックは愕然としていた。


(……これは想定外だな。お義父さんの経営センスがここまで壊滅的だとは思わなかった。それに、イザベラがこんなに浪費家だったとは)


 おっとりしている長女クララとは大違いだ……と、デリックは不意にクララのことを思い出した。


(地味なクララより、若くて美人なイザベラのほうが良いと思っていたが。無口なクララのほうがマシだったかもしれないぞ……)


 デリックは、当初クララと婚約していた。デリックとクララは同じ二十二歳であり、第一子であるクララに伯爵位の相続権があったからだ。


 だがデリックは、クララからイザベラに乗り換えた。イザベラが成人を迎えたタイミングで、クララに婚約解消と相続辞退を促したのである。


(クララを妻にしたほうが楽だったかもな……クソ。マグラス家は、本当に変人ぞろいだな!)

 心の中で悪態をつきながら、デリックは笑顔を取りつくろった。


「……わかりました。それでは、今後の収益金はきちんと一元管理していきましょう。あと、もしヒールトーチが枯れ続けた場合には、販売中止ではなく『代用品』との切り替え販売を行いたいと思うのですが」


「……うむ。その方針で行こう」


 経営能力も責任感もないドナルド・マグラス伯爵。

 成分偽装を当然のように行おうとするデリック・バーヴァー。

 次期伯爵でありながら、浪費で頭がいっぱいのイザベラ・マグラス。


 それぞれの思惑を抱えつつ、マグラス家は美容液の販売を続けるのだった――。




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