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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

カレールー、じゃがいも、ニンジン、玉ねぎ、お母さん

作者: 佐藤アスタ

「このカレーの肉、お母さんなんだけどどう思う?」

「なに言ってんの?」


 そう、起き抜けの美和に返されて、希和こと僕は寸胴鍋をかき混ぜながら双子の姉を見る。


「なにって、僕がお母さんを殺して解体して、その一部をこの鍋にぶち込んだって話」

「あー、まあアンタならやりかねないわね」


 ほとんどの日本人は親殺しなんて聞いたら絶対に許さないだろうし、その肉を料理に使ったとなれば狂気の沙汰と激高するだろう。冗談だとしても許されるかどうか、そんな話だ。

 だけど、美和だけは慌てたりせずに、まずは僕の話を一通り聞いたうえで自分の考えを述べてくれる。

 これは、同じ日に生まれて同じ家で育てられてきた絆の賜物かもしれないし、僕の心と体の不一致を理解してくれている美和の聡明さのおかげかもしれない。

 どっちにしろ、ありがたい話だ。


「で、どうやったのよ?」

「まず、昨日の夜の食事に強力な睡眠薬を仕込んで、母さんと美和を起こさないようにした」

「あー、道理でこんな時間に目が覚めたと思った。今日の遅刻の埋め合わせ、後でしっかりしてもらうからね」

「了解。で、0時になってお母さんの寝室に行って、熟睡しているのを確認して、風呂まで引きずった」

「父さんは?」

「昨日は帰ってきてない。というより、予定は確認済み」

「そっか、昨日は愛人の日か。それで?」

「服を脱がして、沸かしておいた風呂に入れて、右のリストをカットして血抜きをした」

「しっかり抜いた?肉に血が残ってると、ものすごく不味いらしいじゃん」

「しっかり抜いた。念には念を入れて、後で左側と両足も切って逆さづりにしておいた」


 実は、言うほど簡単じゃなかった。

 薬の量が合っているか不安で、ずっと途中でお母さんが目を覚まさないかビクビクしていた。

 そもそも、大の大人が昏倒する睡眠薬の適量ってなんだ?

 昏倒した時点で適量には程遠いだろう、って話だ。

 まあ、美和は僕のことを大体お見通しなので、無駄な話はしない。

 双子は以心伝心なのだ。


「それなら大丈夫か。っていうほど私も詳しくないけど。それで?」

「もちろん解体した。解体しようとした」

「持って回った言い方するじゃない」

「正確には、お母さんの解体はまだ途中なんだよ」

「進捗状況は?」

「13%」

「人はそれを、途中じゃなくてやり始めっていうのよ」

「だって、解体作業があんなに大変だって思わなかったから。完全に予想外だ」

「たかが200グラムのステーキでも、あんなにお腹一杯になるのよ?少しは常識を学びなさいよ」

「常識なんていらない。非常識さえ知っていれば生きていけるだろ?」

「中二病真っ盛りみたいなこと言うんじゃないわよ。実際、中学二年だけど」

「とにかく、カレーに入れる分だけなんとか取り出して、あとは風呂に置いてる」

「ちょっと、勘弁してよ!!」


 自白しないで後でバレるくらいなら、先に自白して怒りのゲージの上昇量を減らそうと試みたけど、美和の怒声は正直きつい。

 この姉の趣味の一つが長風呂だと知っている分、どうしたって申し訳ない気持ちが沸き上がるのは抑えられない。

 夜までに何とかするには、後でホームセンターに行って工具を買い足さないといけない。

 というわけで、財布の中身の工面をどうしようか悩んでいると、立ち直りが早いことで有名な美和が伏せていた顔を上げた。


「それで、母さんを殺したアンタは、これからどうするの?警察に通報が行ったら、中二病患者が立てた計画なんて壁紙の紙同然の防御力しかないわよ」

「大丈夫。美和の協力さえあれば、お母さんは行方不明扱いにしかならないだろうから」

「あ、あー。母さん、旅行好きだもんね」

「飛行機、船、鉄道、バス、自家用車。どの交通手段も使って全国飛び回る上に、いつも行き当たりばったりで家を空けたり帰ってきたりするから、僕と美和でさえ予定を把握できないもんね」

「罪滅ぼしのつもりか、我が家の家計にかなり多めに寄付してる父さんも、まさかアンタの人殺しの片棒を担いでるとは夢にも思ってないでしょうね」

「悪夢くらい見てほしいけどね。お母さんの僕への当たりがきついのは、お父さんのせいでもあるんだから」


 お母さんが僕に殺される動機で、僕がお母さんを殺す動機。

 その原因は、ちょっと育てづらい子供である僕にあると言えるし、別の家にも家庭があるお父さんにもあると言えるし、いい年をしておいて未だに中二病が治ってないお母さんのせいだともいえる。

 要は、家庭の事情は複雑だってことだ。


「母さんの行方を捜す警察の皆さんには申し訳ないけど、私達の平穏を守るためにも母さんは旅行中と証言させてもらいましょうか」

「お父さんには?言う?」

「必要ないんじゃない?むしろ、向こうの家への母さんの嫌がらせがなくなるから、清々するでしょ」

「じゃあ、お父さんには言わない方向で」

「なんだかんだで察して黙っててくれるわよ。戸籍上の妻には義務感しかないけど、子供には情があるもん、あの人」


 カレーがぐつぐつ煮えている。

 ルーは市販、具材はジャガイモと人参だけで、特徴と言えばきつね色になるまで炒めた大量の玉ねぎくらいだ。

 肉にこだわりはない。牛でも豚でも鶏でも、なんでもいい。どれもそれぞれの味わいがあって好きだし、なんなら別の生き物でも構わない。

 だから、ストレス解消のついでにお母さんを使おうと思った。


 そう思っただけの話だ。


 それを、美和もよく分かっていた。


「それで、どこからどこまでがリアルな話なの?まさか、本当にお風呂場を血まみれにしてないでしょうね?」

「まさかだよ。本当に風呂場で解体作業をしてたら、本気で怒るだろ?」

「当然よ。むしろ、私がアンタを殺してカレーの具にしてやるわ」

「だよな。だから、途中で思いとどまった」

「どの時点で思いとどまったの?」

「お母さんのリストをカットする前」

「……それで、今母さんは?」

「浴槽から出して寝室まで引きずって、服は着せないでブランケットをかけた」

「アンタ!それじゃ母さんが起きたらバレるじゃない!」

「疲れた。もう腕上がんない。このカレーを混ぜるおたまを持つのもつらい」

「あーもう分かったわよ!私が母さんを着替えさせるから、アンタはカレーを準備しなさい!」


 そう言って、なんだかんだで面倒見がいい美和はリビングを出ていく。

 と思ったら、ドアから顔を覗かせて、


「それで、カレーの肉は何にしたの?」

「まだ入れてない。というより、まだ迷ってる」

「早く決めて入れなさい!」


 かなり本気で怒っている美和の、勢いよくドアを閉めた振動で、カレー鍋がかすかに震えた。


 ……さてと、第二候補の肉をぶち込むとするか。

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