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6話 ツキがない

麻雀ネタがだいぶ出てきますが、ただの遥華の趣味です。

物語の重要な部分に麻雀が絡んでくることはありません。

わからない方はさらっと流してしまって大丈夫です。


2/20

描写の不足を感じたので加筆しました。

本筋に変化はありません。

 拝啓。

 お元気ですか?

 私がヴィクトリアになってから半年が経ちました。

 やらなくてはいけないことばかりで大変ですが、充実した日々を送っています。


 ただ──。


「お姉様、ロンです」

「あっ」


 つい魔が差して、この世界に麻雀を普及させてしまいました。










 家族いいなって思ったら、父さんと、父さんの友達夫婦と麻雀やったことを思い出してさ。

 またやれたらなって、考えちゃったわけで。はい。


 雀牌をそのまま作ると漢字の説明とか面倒だし、なにより萬子(まんず)の『萬』は読めるけど書ける自信が無い。あと『(はつ)』も。

 さんっざん見てきたあの字を書いてみて、合ってる自信が湧いてこなかったのはなかなかショックだったね。


 そういうわけで、オシャレめに崩したこっちの文字のフォントで円を描くようにした『東』や『西』なんかの四風牌。

 三元牌は『白』だけそのままにして、『發』はこっちの言葉で『葉』、『中』は『花』にしてみた。

 萬子は代わりの文字が思いつかなかったから簡単な盾の絵で誤魔化して、筒子(ぴんず)は車輪、索子(そうず)は葉っぱってことにして、元々の図をほぼそのまま採用。

 

 牌の由来にあわせて考えなおすなんて無理なので、知らんぷりを決め込みマシタ。文化が全然違うしね。

 他にも見やすさとか馴染みやすさでいくつか見た目は変えマシタ。


 そんな感じで牌を考えて、テイラー侯爵家懇意の商会から職人に繋いで貰ったのが四か月前。

 仕上がってきたのが三ヶ月前。


 で、すぐにフローレンスと、私たちの乳姉妹でもあるフローレンスの専属メイドのリサ、そしてコニーを巻き込んで──じゃない、新しい遊びの仕上がりを確認したいからって建前のもとルール説明がてら一局。

 麻雀のルールってすぐに覚えれるようなものじゃないから、何度もやってもらうしかない。

 でも、それまでに興味を持てない人はいる。リサとコニーがまさにそうだったから、執事やら侍従やら料理人なら司書やら取っかえ引っ変えして、食いついてくれる人を探した結果。


 屋敷の中で、麻雀が流行った。


 最初はイマイチな反応だったリサも、他の人がやってるのを後ろから見てるうちにルールや役を覚えれたみたいで、それから楽しくなったみたい。

 推測なのは、リサがポーカーフェイスだからデス。

 コニーは打つのは微妙だけど、見るのは楽しいってさ。


 お父様は……使用人たちより後に声かけたら、軽くショック受けてた。

 どうも娘から後回しにされたのが寂しかったらしい。

 言い訳すると、騎士団のほうが忙しそうだったから声をかけるタイミングがなかなか掴めなかったんだよ。

 ごめん、お父様。


 それから、お父様が屋敷に来たお友達に麻雀を布教したらものの見事にハマっちゃった。

 その上、自分たちも麻雀セットが欲しいって言うから追加で三セット作ってもらってプレゼントしたところ──あれよあれよといううちに、上流階級の間で麻雀が流行ったっていう。


 利権やらコピー商品への対抗策、雀卓の開発だとか。相手からもなんの牌かわかる水晶の雀牌を何故か職人が試作してきたとか、いろいろありマシタ。

 最後のやつは私なにもしてない、本当になにもしてない。

 

 なに言ってんだって感じだけど、紛れもない事実なんだよね……。

 近頃じゃ私のことを『麻雀令嬢』なんて呼ぶ人もいるらしい。

 ほんっとごめん、ヴィクトリア……。

 私はただ麻雀打ちたかっただけなんだよ……麻雀令嬢なんて呼ばれたかったわけじゃないんだ、信じてほしい。


 それはそれとして、お父様に執事や司書あたりはかなり打てるようになるんじゃないかな、とは思ってたけども。


「今日もフローレンスが一位ね」

「ふふっ。私、麻雀のような遊びが性に合ってるみたいですわ」


 フローレンスが、とんでもなく強い。


 ペンチャンとカンチャンならカンチャンのがほうがいいだとか、スジは比較的通りやすいとか。私が教える前にそういうの全部自分で気付いて実践してたんだよね……。

 麻雀は運も絡むから必ず一位ってことはさすがに無いんだけど、四位をとることがほぼほぼないってのがすごい。

 私が見てる限りだと、教えて二週間くらいの時に四位になってたのが最後じゃないかな。


 もしフローレンスが現代日本に異世界転生したらプロ雀士になれるんじゃないかな。

 タイトルは『雀姫(じゃんき)~異世界からの一打~』で漫画化狙えそう。

 かわいい上に魔法と魔術の才能があって、さらに麻雀も強い才女・フローレンス。かわいいね。


「ヴィクトリア様、そろそろお時間です」

「もうそんな時間なのね」

「お姉様、今日はどちらに?」

「エイミス伯爵夫人のお呼ばれよ」

「では麻雀教授のお茶会ですのね?」

「ええ」


 話の間に黙々と身支度してくれるコニーのおかげであっという間に外出の準備が終わった。

 リサはリサで、テキパキと雀卓の後片付け。

 二人の優秀さに感謝。


「夕食までには戻られますの?」

「もちろん。フローレンスと食べたいもの」

「ふふ、私もです。今日のデザートは、お姉様がお好きなクレープシュゼット(オレンジのクレープ)だと料理長が言ってましたわ」

「あら、帰ってきてからの楽しみがひとつ増えたわね。お土産話には期待しないでね」

「それなら私が、お姉様を楽しませるお話を用意しておきますわ」


 家主もとい部屋主の私がいなくなるからフローレンスも部屋を出るのは当たり前だけど、自室に戻るどころかなんと玄関までついてきてくれた。お見送りだ!

 家族に見送ってもらえるのって嬉しいね。しかもかわいい妹がしてくれるんだから、口角が緩みっぱなし。


「それじゃあ、いってくるわね」

「いってらっしゃいませ、お姉様。お帰りをお待ちしておりますわ」


 笑顔で見送ってくれるフローレンスを見て、さっさと用事をすませたら帰ろうって心に強く決めた。決めたんだけども。

 結局、この日はデザートどころか夕食も食べれなかった。










 ジャラジャラと牌を混ぜる。この感触と音が好きなんだよね。

 伯爵夫人と二人の令嬢もぎこちなくも牌を混ぜてる。

 私含め、綺麗なドレスを着た女性四人がガラス張りの温室で雀卓を囲う絵面のシュールなこと。

 ギャグ漫画かトンチキ麻雀漫画のどっちかでしょ。

 いや、私の目の前にある現実なんだけどね。私が原因なんだけどね。


「では山を作ってみましょう」

「えっと、十七枚を二段ですよね?」

「ええ、パトリシア様。そのようになるのでしたら、どのように積んで頂いても構いません」


 パトリシア様と妹のカロライン様は四歳差の姉妹だ。上か下かが違うだけで、どちらも私と二歳違う。

 パトリシア様は引っ込み思案──とまでは言わないけど、ちょっと心配性だから、私の手元を確認しながらちまちまと牌を積み重ねてく。

 だから私は、わざとのんびり山を作る。いつもの早さでやると、焦らせちゃうからね。


 逆に、カロライン様は要領がいいのかせっかちなのか、私の手元を一度見たらそのままちゃちゃっと山を積み上げた。

 それでいて、パトリシア様のほうにまだ積まれてない牌を寄せてあげてるあたり、姉妹仲は良さそうだ。


 伯爵夫人のルシンダ様はそんな二人を見守りつつ自分の山を作ってく。


「ヴィクトリア様のおかげで山の積みかたがようやく理解出来ましたわ」

「実際に作ってみれば難しいことではないでしょう?」

「ええ、本当に。夫の説明の分かりづらさときたら! 下手のひと言で済ませるには、下手という言葉に失礼なほどの下手さで……。かといって見せてくれもしないので、どうしてくれようかと」

「せっかく説明書も用意してくださったのに、お父様の言葉と合わせると、澄んだ湖が泥沼になるかのように不明瞭になってしまって。ありがとうございます、ヴィクトリア様」


 いっしょに麻雀牌を作った商会の麻雀セットにはオマケとし説明書がついてる。

 売り出すからにはあったほうがいいなって思って付けてもらったんだけど、これが意外にもコピー商品対策になってるらしい。

 説明書もそのままコピーすればいい話なのに、貴族社会よくわかんない。

 商会の人いわく、侯爵家の重みがどうたらこうたら。


「お母様、カロライン。お父様は確かに口下手ですけれど、私達が楽しめるようにと麻雀を用意してくださったのですから……」

「その説明が出来なかったら元も子もないと思いますわよ、お姉様」


 パトリシア様のせいいっぱいのフォローもカロライン様が一刀両断。

 正論すぎて私もなにも言えないや。


 母子三人は口で説明してそのまま実践させたら、すぐに理解してくれるから話がさくさく進む。

 親の決めかたや牌の取りかたも含めて何度か打ってもみた。

 手牌は全員で見せあって、役を作れてるかどうか確認しながらだったけど、三人とも飲み込みは早い。

 むしろ、この三人の頭をこんがらせるような伯爵の説明ってどんなんだったのか気になってきたな。


「それにしても、よく考えられた遊びですのね。ヴィクトリア様おひとりで考案されたのですか?」

「私ひとりで作ったと言っていいのか……夢で見たのです」

「夢で?」

「ええ、パトリシア様。夢の中の私が真剣に遊んでいる姿を何度も見るうちに、現実でも遊んでみたいと思いまして」


 嘘じゃない。嘘ではないよ。

 本当に何度か夢で見たし、そもそも遥華の記憶はこの世界だと夢みたいなもんだし。

 なにより、『夢で見た』って返すと話がややこしくならなくていいんだよね。


「夢を現実になさるだなんて、素敵ね」


 うっとりした表情でカロライン様は言うけど、それが麻雀なんだからロマンチックとはかけ離れてる。

 苦笑いするしかないよ、こんなの。


「さて、次は手牌を見るのは自分だけにしてみましょうか」

「あまり役を覚えれてないのだけれど、大丈夫かしら?」

「最初は皆様そうなのでお気になさらず。それに、最初にお渡しした役の一覧表は見て頂いてかまいませ──」


 背中にぞわりと、冷たい感覚が走り抜けた。

 バッと、反射的に立ち上がって周囲を見回す。

 平穏そのものの景色が広がってるのに、違和感しかない。

 自分の肌が粟立ってるのがわかる。


 なにか、いる。


「ヴィクトリア様、どうかなさって?」


 ルシンダ様に返事が出来ない。

 嫌な感じがしてる、それだけを言う余裕が無い。


 ドクンと、心臓が跳ねた。

 ゆっくり背後を振り返る。ガラスの温室の中には何もいない。

 ドクドクと、心臓が走り出す。

 ガラス越しに木立の奥に目を向ける。温室の明るさとは違う世界のような薄暗さが広がってる。

 ドクドクドクと、心臓が荒れ狂う。


 黒い獣がゆっくりと姿を現した。その体は、赤い血で濡れていた。

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