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49話 ひとでなし

 体が軽い。

 痛みがない。

 体がふわふわしてる。

 ああ、あれか。あのクソ野郎の――


「やあ、高薙遥華」


 呼ばれて、まるでそうしろと言われたみたいに瞼が開く。

 聞くだけで腹が立つ声は、私をヴィクトリアにしてくれやがったシャトーブリアンのもの。


「ずいぶんご無沙汰じゃない」

「本当にね。困っちゃうよ」

「それは! 私のセリフ!!」


 皮肉が皮肉として通用しないどころか、自分は悪くないと言わんばかりの態度。

 もしこいつが同じ職場にいたら、毎日キレながらビールの缶を開ける羽目になってたと思う。


「そうは言われても、僕の力だけでどうこうできる話じゃないから仕方ないでしょ」

「呆れた。それが神サマのセリフ?」

「完全存在の神なんて、この世界はもちろん、どこの世界にもいないさ」

「ありとあらゆる世界の神様やその信者を敵に回す発言しないで」

「だって、おかしいじゃないか。完全存在ならどうしてわざわざ別の命を創るの?」

「……寂しいからだとか退屈だとか、あれやこれやで生まれちゃったとかいろいろあるでしょ」

「だから、そこが変なんだよ。完全存在がそんな無駄な感情を持つ? わざわざ無駄な行動を起こす?」


 人を馬鹿にした表情でシャトーブリアンは肩を竦める。

 反論する気は、ない。確かにって思ってしまった私がいるから。

 同意の言葉を口にするつもりもないけど。


「結局、他の生命を生み出すなんて真似してる時点で完全存在じゃないんだよ」

「ねえ、わざわざ無駄話をしに来たの? 私はあんたに聞かなきゃいけないことが山程あるんだけど」

「せっかちだなぁ。そんなんだと大事な話を聞き逃すよ?」

「どの口がそれを言うわけ!?」


 あー! イライラする!!

 この男へのありったけの文句を大声で吐き出せる洞窟が今すぐに欲しい!!


「だからさ、僕も完全存在じゃないって言いたいんだよ」

「そんなの言われなくてもわかってるわよ。

 あんたの理屈で言えば、完全存在に対話なんて必要ないもの」

「そうそう、そのとおり。わかってるねぇ。

 まあ、そういうわけで僕が君の質問に答える度にここでの時間は進むんだ。

 だから、その時々によるけど、二つか三つくらいしか答えられないんだよね」

「は?」


 ちょっと待って。

 ということは前回、名前を聞いたのが良くなかったってこと?

 でも礼儀の問題だし、私が悪いわけじゃないはず

――いやいやいや、そうじゃなくて。その質問の範囲ってどこまでよ? 聞き返すのも質問に入る? 入るなら迂闊なこと言えない。


「……ふざけないで」

「残念だけど、ふざけてないんだよねぇ。

 ああ、でも安心して。

 質問として数えられるのは、この世界にかんすることだけだから。多少の聞き返しは、ものにもよるけど許容範囲かな」

「私が聞き返したとして、それが質問に数えられそうな場合は黙ってもらえたりする?」

「それは構わないよ」

「じゃあそうして」


 ということは知りたいことに優先順位をつけなくちゃいけないわけだよね。


「どうしよう、何を聞くべき……?」


 声に出すつもりのなかった言葉を音にしてしまった途端、ふと思い出した。

 なによりも知っておかなくちゃいけないことを。


「ねえ」

「なぁに?」

「私って、何度も死ねるの?」

「死にたいの?」

「そんなわけないでしょ。ただ……」


 死にゲーと称された『シャドブ』のように、何度死んでもやり直せるのか。

 あのゲームでは死んでもやり直せるのにはちゃんと理由があった。

 影をもたらす者(シャドウブリンガー)の名の通り、影と共にある存在。影を生み出すのは光。

 神になるべき存在に与えられた最初の力が不死性ともいえる、己の死を乗り越える力だった。


 死にたくない。

 これは本当。嘘じゃない。死にたくないから、死なないために無い頭を振り絞って私なりに行動してるつもり。

 でも、それなりに『シャドブ』をやりこんだ人間としては――ううん、だからこそ、かな。

 死にまくるのが当たり前のゲームを、死なずにクリアできるのかって思ってしまう。

 攻略動画をアップしてる変態たちだって、初見のボスでは死んでやり直してのトライアンドエラーであの境地に辿り着いてるんだから。


「まあ、君の考えはどうでもいいか。質問への答えは、いいえだね」

「じゃあ、治癒術の効きがいいのは関係ないってこと?」

「それも、いいえだね。死んでなお起き上がる力が劣化したものだからね。

 ヴィクトリア・アーデルハイド・テイラーの能力だけど、君はヴィクトリアであってヴィクトリアではないからね」


 咄嗟に言葉が出なかった。

 額を手で抑える。


「その、私の体質というか、力は……もともとは死んでもやり直せる力だって、言った?」

「うん、言ったね」

「それがヴィクトリアの力だったって」

「言ったねぇ」

「じゃあなんで! なんで、なんで……なんでヴィクトリアは!?」


 死んでしまうのか。死んでしまったのか。

『さきはな』のほとんどのルートで死んでしまうヴィクトリア。

 私が、ヴィクトリアになる前に死んでしまったヴィクトリア。

 前者はともかく、後者はシャトーブリアンの口ぶりでは想定外だったみたいなのに。


 シャトーブリアンは指で口の前にバツを作った。どこまでもわざとしい仕草と、人をおちょくるでような顔で。

 こいつは、この男は!

 かっと頭に血が上る。

 人を馬鹿にしてるとしか思えない。まだ三回しか会ってないのに、そう思うのは何度目だ。

 ふざけるなと怒鳴りたい気持ちを、拳で固く握りつぶす。

 どれだけ強く握りしめても、手のひらに痛みがないのが気持ち悪い。


 答えられないからって、いちいち人の気に障る態、ど……待って、答えられない…?

 握りしめたままの拳で震えそうになる唇を覆う。


「これは、ちゃんとした質問に数えられるって」

「そういうことになるね」


 シャトーブリアンは、この世界にかんすることは質問としてカウントされるって言ってた。

 つまり、本当のヴィクトリアの死はただの事故じゃないってことで。

 ううん、そうじゃない。そこじゃない。

 私をヴィクトリアにする時、シャトーブリアンは「ヴィクトリアが死んだ」って言った。

 でも、私がヴィクトリアになったあの日。()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 自分の考えの足りなさに腹が立つ。

 もっと早くにおかしいって気づけたはずなのに。

 あの日――ううん、前日の夜。ヴィクトリアはいつもと同じように、コニーにおやすみと言ってベッドに入っただけだった。

 それなのに、なんで。


「ヴィクトリアは、どうして死んだの?」

「答えていいの?」

「いい。教えて」


 緊張が増す私に対して、シャトーブリアンは軽薄な表情そのままに口を開いた。


「魂をね、潰されちゃったんだよ」

「魂……?」

「そう、肉体を無視して魂のみの狙い撃ち。あれはねぇ、どうしようもないよ。

 そんな無茶苦茶な手段をやれるなんて考えてなかったもん」

「それはあんたの予測が足りてなかったっていう意味?

 それとも、できないはずのことをやられたっていう意味?」

「後者だね。

 全盛期の僕らでさえ、器を傷付けずに中身だけ壊すなんて器用な芸当ができたやつは、まあ……片手で足りるくらいの数だけかなぁ」

「じゃあ……ヴィクトリアが……ゲームで、その……死んだのは……? あの呪いはどういう…」

「あれも似たようなものだよ。魂を壊す呪い」


 この国、ううん、この世界での呪いは大地の生命力を奪い、穢すもの。

 呪われた土地は不毛の地となり、農作物はもちろん生命力の強い野草すら生えなくなる。しかも、放置すればその範囲は広がり続けるっていう悪質さだ。

 死んだも同然の土地は命が根付くのを許さない。

 だからこそ速やかな浄化が必要なわけだけど、土地を穢せても生物は侵せない――そういう呪いしか存在しないはずだったから、『さきはな』でヴィクトリアが受けた呪いは国を震撼させるほどの脅威だった。

 解呪の手段が見つかるのは基本的にはヴィクトリアが死んだあと。

 ヴィクトリアが生存できる治癒科ルートだけは間に合うけど――プレイしたときは主人公がいれば物事がプラスに働く、いわゆる主人公補正だからだって思ってた。


「治癒科のルートだとヴィクトリアが助かるのって」

「君の考えるとおりだよ」


 ああ、やっぱり……。

 あの呪いは、アイリスが女神の力を持ってたから対処できたんだ。

 他のルートでも最終的には解呪の術は完成するけど、治癒科ルートでの解呪とはその後の回復具合に差があったから。

 やっぱり、アイリスが治癒科ルートに進むことだけが確実な生き残りの手段ってことじゃない。

 黒いモヤのような感情がじわじわと胸の内にのしかかって――


「まあ、他にも理由はあるんだけどね」

「は?」


 きそうだったけど、吹っ飛んだ。

 この男はつくづく私を苛立たせるのが上手い。


「もったいぶった言いかた、やめてくれない?」

「そう言われても」

「じゃあ他の理由とやらをさっさと話してよ」


 まともに相手をするのが馬鹿みたいに思えてくる。

 うんざりしながら先を促すも、言葉が返ってこない。

 返事がない。それは、つまり。

 思わず、シャトーブリアンの顔を凝視する。

 私と目が合ったシャトーブリアンは、唇の前でなにかを摘んでいるような手を右から左へ動かした。


「お口チャックだっけ、君の国の言葉で」


 反射的に握りしめた拳を! 踏み出そうとした足を!

 ギリギリのところで堪えた私の忍耐力を褒めてあげたい!!

 拳を掲げていたら……一歩でも踏み出してたら、多分、堪えられなかった。

 さぁぁっと視界が明るく、白くなっていく。

 前と同じなら、もうすぐ時間ってことだ。


「わざと怒らせるような言いかたするの、やめて」

「あ、気付いちゃった?」

「わざとじゃないならあんたは救いようがない人でなしでしょ」

「大丈夫、人じゃないから」

「そういう問題じゃない!」

「あ、そうだ。これは親切心から言うんだけど」


 あんたにそんなものあったんだ。

 喉どころか唇まで出かかった言葉は、シャトーブリアンが続けた言葉のせいで音になる前に萎んだ。


「君が次に聞こうとするだろう話は、残り時間じゃ足りないからね」

「なっ!?」


 じゃあヴィクトリア(わたし)って何なの?

 いま、何よりも聞きたかった質問が封じられた。

 どうしよう!?

 時間がない、焦りがドバッと押し寄せてくる。

 すべての輪郭が朧気になっていく中、なんとか少しでも情報を得るために頭を振り絞る。

 焦ってから回る頭からなんとか出てきた質問は――


「ここは本当にゲームの中なの!?」


 シャトーブリアンが目を大きく見開いた。

 境界が曖昧になっていく中でも、それがはっきりわかるくらいには大きく、丸く。

 けど、次の瞬間には表情どころか目の色も白に飲み込まれて見えなくなった。


「あっはははははは!!」


 それなのに耳障りなくらいに軽快な、抱腹絶倒と言わんばかりの笑い声が響く。


「笑ってないで急いで!」

「いや、だってさ、だって、いまさら! くっ、あはははははは!!」


 ひぃひぃと悲鳴じみた声が笑い声に混ざり始めた。

 私の視界からは全ての輪郭が消え去ってるっていうのに、声だけは明確なのは嫌がらせでしかない。


「いいから! 早く!」

「ひ、ひぃ、っは、僕は、ここがゲームの中だ、な、なんて、くっ、ひひ、言ったこ…はな……よ」


 唇を強く噛みしめる。

 たしかにシャトーブリアンは私をヴィクトリアとして転生させたとき、『ゲームのヴィクトリア』だとは認めた。『さきはな』と『シャドブ』が同じ世界だとも認めた。

 でも、ここがゲームの中だとは言わなかった。


「それに」


 腹が立つ。ううん、そんな言葉じゃすまない。

 忌々しい、だ。

 精神的な世界だからか、噛み締めた唇から血が出ないのも、面白そうなシャトーブリアンの声も。

 私の考えが甘かったのも。


「そんなのいまさらどうでもよくない?」


 ただただ、忌々しい。

読んでいただいてありがとうございます。

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