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幕間 ダグラス・ルパート・ハイアット

乙女ゲーものなのでジャンルをハイファンタジーとするのは違うかなと思って恋愛としていたんですが、恋愛描写うっっすいから恋愛にしとく方が駄目だなと思い直し、ジャンル変更を行いました。

それに伴って内容が変わっていくということはありません。

「マリーよ、私に言わねばならぬことがあるのではないか?」

「いいえ、団長。

 回りくどい聞き方しかできないような公爵様に、私のような料理人がお伝えするようなことはありませんとも」

「むう」

「率直に仰ってくださいな。「私にもプディングはないのか」ってね」

「いや、私にも威厳というものがだな」

「なーにが威厳ですか。ここにいる人間はみーんな、団長の甘党っぷりは知っているじゃあありませんか!

 だいいち! それが人にものを頼む態度ですか!」

「だがな」

「だがな、じゃないんですよ! 食べたいのであればちゃんと言ってくださいと!

 そうしたらちゃあんと団長のためにも作ると、私は毎回言ってますよ!」


 立場の強さでいえば、この国でも上から数えた方が早いほどのハイアット公爵――ダグラス・ルパート・ハイアットだが、彼が率いる近衛騎士団の料理人が相手となるといささか立場が弱くなる。

 特に副料理長のマリーが相手となると、最初から白旗を上げておいた方がいいほどだ。


 そんなダグラスとマリーのやり取りも近衛の人間には見慣れたものだ。

 新入団員がくる秋から冬にかけては沽券に関わるのか、ダグラスも真面目ぶった姿を見せるようにしているが、春が近づくほどに仮面を被っていられず、食堂で料理人たちにやっつけられる姿が目立つようになる。

 新入団員も最初の頃は「見てはいけないものを見てしまった」という顔をするが、夏には「またやってるよ」に変わるのだから慣れとは恐ろしい。


 当然、近衛への出入りが多い第三王子のフィリップとガーディナー侯爵子息セオドアにとっても見慣れた光景である。

 フィリップはミートパイを、セオドアは焼いた馬鈴薯(ばれいしょ)にチーズと豆をあしらった物をそれぞれ味わいながら、二人の攻防戦を眺めている。


「爺さんも懲りないな」

「本当にね。気持ちはわかるけどね。セディもそうだろう?」

「まあな。とはいえ、プディングの噂を聞きつける度にこれはどうかと思うが」


 幸か不幸かそんな会話はダグラスには聞こえない。

 聞こえたとしても、情けなくも食い下がり続けただろうが。


「どうして「食べたいから作ってくれ」が言えないんですか」

「それはだな、運良く出くわせた時の幸福感が――」


 突如、全ての物音をかき消すかのようにけたたましく扉が開かれた。


「団長っ!」


 伝令の兵が一直線にダグラスのもとに駆け寄ってくる。

 途端、情けなく沈んでいた目尻が吊り上がり、頼りなく落ちていた口角が引き締まる。

 その顔は紛れもなく近衛騎士団の長のもの。


「何事だ!」

「我が団の狩猟場から黄色の『救援弾(リリーフシグナル)』が上がりました!」

「狩猟場……ヴィクトリア嬢か!」


 基本的には白い閃光の救援弾だが、騎士団や貴族家によっては色がある。

 別の家でも同じ色が使われることもあるが、黄色を使うのはテイラー家と、テイラー侯爵が率いる金羊騎士団だけだ。

 近衛騎士団所属の騎士と森番も救援弾を持っているのに、上がったのは黄色の救援弾。

 何が起きたか――いくつもの事態を想定するが、狩猟場で何かが起こり、救援を求めていることだけは間違いない。


「今はどこが待機しておるか?」

「ノックス中隊、リード中隊、ウォーカー中隊の三中隊です」

「魔術小隊と神官は?」

「魔術小隊、神官ともに揃っているのはリード中隊のみです」

「ではリード中隊、出撃! そして陛下への取り次ぎを急げ! 火急の事態だと伝えよ!」


 食堂の雰囲気が変わる。

 ダグラスの命を受けて駆け出す伝令。

 行儀を捨て、未だ皿に残る食べ物を胃に流し込む騎士たち。

 食器は下げず置いていくよう声を荒らげるマリーたち料理人。

 それぞれの役目に合わせ動き出す騎士団員たちの中で、その流れに逆らうようにダグラスのもとにフィリップとセオドアが近寄ってきた。


「ハイアット公爵、時間が惜しい。私が近衛に出撃を命じる」

「殿下、それはなりません」

「近衛が救援に向かっているその間に私が父から許可をもぎ取ればいい。

 大型の魔物による混乱が相次いでいる中、金羊の後継者が失われる事態は避けなければならない。

 私の心配は無用だ。ヴィクトリア嬢がいるなら、王妃殿下が庇ってくださる」


 悩む時間が惜しい。

 ダグラスの決断は早かった。


「承知いたしました。近衛騎士団、出撃いたします」

「頼んだ」


 支度を整えるべく、ダグラスは動き出した。

 直属の主である王ではなく王子の命令で出撃する以上、ダグラスが指揮を取らなくてはならない。

 フィリップは全責任を負うつもりのようだが、年若い王子にそれを任せるほどダグラスは情けない男では無い。

 責任の在処はダグラスだと言い張るためにも、ダグラスも出撃するべきなのだ。

 それが騎士団の長として、国に仕える者として、なにより、人の親としての矜恃である。


 足早に進むダグラスの後ろをセオドアが追いかけてきた。

 セオドアがフィリップの共として近衛に出入りするようになって数年。大きくなったと改めて感じる。


「俺も行きます」

「邪魔はするなよ」

「わかってますって」


 おそらくフィリップの指示だ。

 己の意向だと対外的に示すため、側近のセオドアを同行させたいのだろう。


「剣は貸してやれるが、おぬしの身支度を待ってやる時間が惜しい。悪いが鎧はやれん」

「屋敷にもそんなもんないんで大丈夫ですよ。

 騎士の真似事をするつもりはないし、その資格もないんでね」

「いまだに()()()をこさえておるくせによく言うわ」

「フィルに付き合ってるんだからしょうがないでしょうが」

「ぬかせ」


 とはいえ、セオドアに剣を振らせるつもりはない。

 あくまでも自衛のためだ。


 ダグラスが従騎士のひとりに視線を向けると、首肯を返した従騎士が進路を変えた。

 魔術師用のローブを取りに行ったのだ。

 鎧と比べると物理的な防御力は大きく劣るが、寸法には余裕がある。無いよりはマシだろう。


 現時点での最良を脳内で組み立てて指示を出し、いざ出撃といった段でとんでもない知らせが舞い込んできた。


「花の巫女が同行を申し出てきただと!? えぇい、どうなっておる!」

「あらあら。近衛騎士団を率いる公爵ともあろうお方がそのように声を荒らげるだなんて」


 柔らかくおっとりと、それでいて凛と響く声。

 最後に聞いたのはずいぶんと昔だが、間違いない。ダグラスの天敵の声だ。


「あ、義姉上……!」

「お久しぶりですね、ハイアット公爵。孫も生まれたと聞きましたが、相変わらずのようで」


 花の巫女――アデラインが微笑むだけでダグラスの体がギクリと強ばる。

 百人が見たら百人が優しそうと答えるであろう柔和な笑みは、ダグラスにとっては剣も持たずに魔物の前に立っているも同然だ。

 兄の妻となるはずだった人だから、幼い頃より義姉と呼んだ人。

 その癖が未だに抜けていないのは情けないが、義姉と書いて姐御と呼んでいるようなものなのだ。つまり、頭が上がらない相手ということである。


「伝令よりお聞きになられたとおりです。私も同行させて頂きます」

「いったい何故!? 義姉上、いや、巫女殿が神殿を離れられるなど!」

()()()()()()()()()です」


 思わずダグラスは息を飲んだ。

 実は神託が下るのは愁花の日だけではない。ごく稀にあることだ。

 ただし、儀式によって女神の意志が明白になる愁花の日のそれとは違って、曖昧すぎて言語化されることはない。

 だが三人の巫女たちは雲のように曖昧な神託とは裏腹に、まるで本能のように迷うことなく行動する。その時、彼女たちは決まって「その必要があるから」と言うのだ。

 そんな彼女達の行動を妨げてはならないという暗黙の了解が、この国の上層部にはある。


「……時間がありませぬ。巫女殿の馬車に合わせはしませんぞ」

「ええ、もちろん、そのように。それに、私は馬車ではなく側仕えの者の馬に乗りますから」

「遅れぬよう、最善を尽くします」

「お願いね」


 こちらの言葉を知っていたかのような周到さは、義姉が兄の婚約者であった頃から変わっていないらしい。

 この様子であればかなりの駿馬を連れてきているに違いない。

 それに花の巫女の側仕えは護衛と同義だ。それなりの腕は持っているだろう。


 そこまで考えて、ダグラスはアデラインの心配は無用と断じた。

 むしろ、狩猟場の三人が致命傷を負っていたとしても花の巫女であるアデラインなら救えるかもしれない。彼女達の治癒の力は、あらゆる神の信徒の中でも抜きん出て高い。

 利点の方が大きいのだと思考を切り替える。


 準備は整っていると言うリード中隊長に首肯を返し、ダグラスは馬上の人となる。

 それぞれの馬の隣で命令を待つ団員たちを眼下に見下ろし、ダグラスは大音声で号令をかけた。


「騎士団、出撃!!」

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