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46話 炎の痕跡

 世界が遅く感じる。

 全力で振るっているはずの斧槍と、黄ばんだ牙を剥き出しにした燃え立つ針。

 そのどちらもがスローモーションのようにゆっくり進み、ようやく交わると思ったその時。


 巨体が大きくぐらついた。


 その意味も考える暇もないまま、体勢を崩した魔物の顔面に斧槍が叩き込み、血飛沫が上がる。

 血を浴びながら、武器を通して残った全ての魔力を燃え立つ針に押し込む。


「ヒィヤァァァァァアアアア!!」

「ぐっ!」


 燃え立つ針の魔力が暴れてる。

 魔力だけじゃない。燃え立つ針そのものも、己の肉に食いこんだ刃から逃れようと必死だ。

 まるで暴れ馬のような激しさに、押し返されそうになる。

 けれど――。


 死にたくない。

 死んでたまるか。

 父さんも、お父様も、フローレンスも、コニーも。

 私を愛し、慈しんでくれる人たちを悲しませてたまるか。

 あとを頼むと言ってくれたヴィクトリアのためにも!


「負けてっ、たまるかぁぁぁぁぁ!!」


 手が燃えるように熱い。

 注ぎ込んだ魔力を細くし、かわりに強く。

 あと少し、あと少し。


「おおおおおお!!」

「はああああああああ!!」


 複数の人間の咆哮。

 途端、燃え立つ針の体と魔力の両方が揺らぐ。

 今だ。

 私の魔力が()()()を貫き、燃え立つ針の中心に届いた。

 巨体が爆ぜた。さっきとは比べ物にならないほどの血が雨のように降る。


「はっ、はっ」


 呼吸が乱れきって苦しい。息って、どうするんだっけ。

 もはや立っていられず、崩れ落ちる寸前。

 私の体が大きな手に支えられた。


「あっ、はっ……あっ?」

「ギリギリ間に合ったな」


 知ってる声。

 なんで、こんなところにいるの。


「せっ、おっ」

「落ち着け」


 ずっと緊張していたから、知ってる声――セオドアの声が聞こえることに、悔しいくらいホッとする。

 うまく呼吸できない苦しさから、涙が零れた。


「肺に空気を取り込んで吐き出すことだけを考えろ。

 一、二、一、二……そう、ゆっくりでいい」


 吸って吐く、吸って吐く。言われるまま呼吸を繰り返す。

 落ち着いていくほどに、周囲の声やざわめきが耳に入ってくる。


「こちらです! お急ぎください!」

「念を入れておけ! 息を吹き返しでもしたら厄介だ!」

「清水の散布、急げ!」

「団長、フーパー卿とプレスコット卿を発見しました!」

「たわけ、プレスコット卿などおらぬわ! ビルと呼べ! して、怪我の程は?」

「急ぎ治療が必要ですが、血は止まっているので応急手当が終わればすぐに動かせます」

「では、エッジ隊とライト隊を二人につける。アーネット姉弟もだ。

 手当を済ませ次第、先に戻らせよ。」

「はっ!」


 全身――とくに両手が痛くて、さらに脳に酸素が足りてないからか、頭が上手く動いてない。

 でも、フーパー卿とビルが助かったのはなんなとなくわかる。

 本当に、良かった。

 ああ、ダメだ。なんだか、眠い。瞼が鉛みたいに重い。


「まだ寝るなよ。今寝たら死ぬぞ」

「そんなに、ひどい?」

「俺が今まで見てきた中で三本の指に入るくらいには酷いな。

 少し我慢しろ、そしたら寝れるから――こっちです!」


 ハイアット公爵と……女の人。誰……?

 白い服に頭巾(ウィンプル)は、えっと、確か……。


「お待たせしました。御令嬢、すぐに最低限の治癒をかけますからね。

 それまでは頑張って」

「は……い゛っ!? あ、あああああああ!!??」


 言葉が終わるやいなや、今までとは種類が違う新たな激痛が全身を駆け巡る。

 身体が反射的に跳ね上がったものの、いつのまにやら両手両足をセオドアとハイアット公爵に押さえられていて逃げられない。


「そのまま、そのまま……はい、これで良いでしょう。

 御令嬢、よく耐えましたね。もう眠っても構いませんよ」

「って言っても、今ので目は冴えただろうけどな」

「こればかりは仕方あるまい。セオドアよ、森を抜けるまではそなたに預ける」

「なんで俺が……とは言えないか」

「わかっておるならさっさと動け、小童め」

「はいはい」


 白い服の女の人とハイアット公爵に助けてもらってセオドアの背中に収まる。

 その気まずさといったら。横抱きに比べればまだマシだろうけど。

 知り合いというにはちょっと距離が近くて、友人というにはよそよそしい、そんな関係の人間に背負わせる申し訳なさ。

 恥ずかしさよりも気まずさが勝つからこそ、居心地が悪い。

 かといって、気まずさを紛らわすために話をする元気は無い。

 本音を言えば、状況を詳しく知りたいけれど。


 ああ、そうだ、そういえば。

 さっきの白い服の人。

 私たちもとい、セオドアのすぐ側をしずしずと歩いてる。

 ゆったりとした白い服は高位の神官が着るものだけど、その上に金と緑の刺繍で装飾された肩掛け(ショール)を着られるのは花の女神の最高祭司である三人の花の巫女だけだ。

『愁花の日』に女神からの託宣を賜る立場にあって、王都にある大聖堂の深部からほとんど出てこない人のはずなんだけど……。なんでこんな場所に。


 まだ身体中が痛むけど、足元に見え隠れしていた死の気配はもう無い。

 かなり高度な治癒術をかけてもらったことくらいはわかってる。

 あれがなかったら今頃、歩く振動が伝わる度に悲鳴を上げてた……ううん、意識を無くして死の淵をさ迷ってたかもしれない。

 けど、魔物に襲われたであろう人々のために、わざわざ近衛に同行してくるような立場の人じゃない……というか、そんな簡単に同行できるものでもないはず。

 うーん、よくわからない。


「余計な考えごとしてそうだから言っとくと、かくかくしかじかで巫女がいる」

「……そのかくかくしかじかの部分を知りたいのですが」

「俺も詳しいことは知らないんで、答えてはやれないな」

「では無理に説明しようとしないでください、たまたま団舎に来ていたものだからそのまま連れてこられたであろうセオドア様」 

「ご丁寧な『説明不要、黙っとけ』をどうも。

 ひとつ補足すると、俺がついて来たのはセディの意向がある」

「どうりで近衛が来てくれるのが早かったわけですね。助かりました」


 近衛は国王直下の騎士団。彼らの出撃は国王の命令が必要だ。

 陛下に報告を上げ準備を整え、出撃許可を貰っていざ――という時間がかかる流れを踏まなくちゃいけない。

 それをフィリップ殿下が割って入り、陛下に断りなく出撃許可を与えたんだと思う。

 王子と言えども近衛を勝手に動かした以上、処罰は免れない。

 勿論、フィリップ殿下もそれをわかっていたはずだ。

 おかげで助かった。

 帰ったらお礼を言わないとね。それと、お父様に頼んで、陛下に処罰の軽減を嘆願してもらおう。


「……あんた、()()()んだな」

「え?」

「アレをやったな」


 影打ちをしたかってことかな。

 指導役として気になるんだろうけど、それにしたって声音が苦々しい。


「よくお気付きで」

「その手を見れば気付くに決まってるだろ」

「手……?」

「あんたこそ気付いてなかったのか。……両手を見てみろ」


 恐る恐る、腕を持ち上げる。

 酷い火傷を負ったように両手はただれていた。

 セオドアの父――ガーディナー侯爵のように。

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次回更新は幕間となります。

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