44話 逃げないという選択
やや負傷表現があります
苦手な方はお気をつけください
次話は表現がより強くなります
「逃げて!!」
「フーパー!!」
「プレスコット卿!!」
三つの叫び声が重なる。
ビルがフーパー卿へ、フーパー卿がビルへ手を伸ばし合う姿が見えて、すぐに轟音と巨体で全てが隠されてしまった。
その衝撃で強い風が巻き起こり、髪がさらわれるどころじゃなく、吹き飛ばされないよう耐えるので私は精一杯だった。
ほんの数秒の間だったはず。
次に私が見た二人は、どちらも半身が黒く焼けた状態で庇いあうように折り重なっていた。
「フーパー卿、ビル――っ!!」
二人が自力で逃げられる状態じゃないことは気付いていたけど、駆け寄るとその酷さがよくわかる。
フーパー卿は右半身がボロボロ。剣を握ることはもちろん、立つことさえ無理だ。
火傷で血が止まってるのが幸いとすら思えてしまう。
ビルはまだマシだけど、それでもここから逃げられるような状態じゃない。
唇をかみ締め、クソボスに視線を移す。
やつは近くにはいないけど、なぎ倒された木々のあとをたどればすぐに見つけられた。
クソボスの攻撃のひとつに、猛烈な勢いでの突進がある。
『シャドブ』の獣タイプのだいたいのボスは突進をしてはくるんだけど、クソボスはこの突進がとくに厄介。
突進の移動距離が長い上にマップが広くて、攻撃を避けたあとは距離がありすぎて反撃に移れない。
魔術型のステータス構築なら遠距離攻撃できるけど、距離を取ったままだと方向転換してまた突進をしかけてくる。
魔術型の攻撃はどれも攻撃後の硬直が長くて、クソボスの突進を避けられない。それどころかダメージが大きくなる反撃判定で即死もありえる。
つまり、私が今しなくちゃいけないことは――
「二人とも、掴まって!」
全力で身体強化を全身にかける。
無理やり二人の体を抱えて、着地のことはなにも考えないまま跳んだ。
「キィヤアァァァァァァァァ!」
私たちがいた場所を、女の人の甲高い悲鳴のような鳴き声と共にクソボスが走り抜けていった。
まだ地面に足をつける前だった私はその衝撃でバランスを崩し、咄嗟に二人から手を離した。
不格好に滑り、ごろごろと転がる。
私ひとりでこれだから、二人を抱えたままだとどこかしらの骨が折れてたかもしれない。
それでも地面に爪を立てて強引に体を起こし、クソボスの位置を確認しながら、すぐに同じく地面に転がった二人に駆け寄った。
「お二人とも、意識はありますか?」
フーパー卿は荒い息を繰り返すだけで、目は開かない。
呻き声を上げながら、ビルが瞼を震わせた。
「自分は、なんとか……」
「ビル、それ以上は喋らないで」
時間が無い。
急いで二人を木の根元へ移動させる。丁寧に運べなくて申し訳ないけど、少しでも二人の安全性を上げなくちゃ。
「ヴィクトリ、ア嬢……お逃げなさい……ひとりなら、逃げれる、時間が、できます」
「黙って」
込み上げてくる涙を堪えながら、ポーチから清水と聖水の両方を出し、二人をぐるりと囲むように撒いた。
本来なら狩猟場に持ち込まれない聖水だけど、今日は万が一に備えてと用意されたのが今はありがたかった。
すでに二人を認識してるクソボスがどこまで聖水を嫌がるかはわからないけど、私が聖水の円の外に出れば注意は私が引けるはず。
確かに私ひとりなら逃げれると思う。
クソボスは逃げる私を追うよりも先に食事にとりかかるはずだから。
さっきのビル言葉は、自分たちが食われてる間に逃げろっていう意味。
そんなの嫌だ。絶対に、嫌だ。
「緊急回復薬の蓋を外しておきます。
すみません、あとは自分でお願いします」
大きく息を吸いながら、二人を掴んだときに手放した斧槍の位置をちらと確認する。
大丈夫、クソボスとは距離があるから走ればすぐに拾える。
突進が来るとしても、そのまま走り抜ければいい。
ゆったりとこちらを振り返る巨体が見える。
骨に黒い毛皮だけを貼り付けたような細い体。
『シャドブ』でのクソボスの名前は嘆きの獣で……この世界の魔物としての名前はたぶん、燃え立つ針。
魔物図鑑の絵では似てるとも思わなかったけど、こうして実物を目にすると燃え立つ針と嘆きの獣がすんなりと結びつく。
肺から空気を吐き出しながら、円の外に出る。
クソボスもとい嘆きの獣もとい燃え立つ針を見据えた。
……よし、目が合った。
あいつは今、はっきりと私に狙いを定めた。
バクバクと心臓が早鐘を打つのを感じながら、私は足に魔力を通した。




