43話 赤く輝く
お久しぶりです。
帯状発疹になってました。
「これは、女神のお恵みですか……?」
フローレンスがほんのり赤く染まった頬に手を当て、感動のあまり震えてる。
いつもより背景の花が多い。私の幻覚だとかは言わないで、フローレンスの背景に無数の花が咲き誇ってるのは私がよーーーく知ってるから。
「『美食こそがこの世でもっとも強い力だ』というかつての国王陛下のお言葉が、いまならよくわかりますわ」
『美食王』と呼ばれた七代だったか八代だったか前の国王だね。
もうひとつの別名が『悪食王』だけど。
「全身に幸福感が満ち満ちていて、私、今後このカスタードプディングに抗えるとはとても思えませんもの」
「気に入ってくれて良かったわ」
「ありがとうございます、お姉様。
危うくこのカスタードプディングを知らないまま、長い年月を過ごすところでしたわ」
フローレンスのこの笑顔を見れただけで幸せ。
ご褒美カスタードプディングを持って帰ってきた甲斐があったよ。
妹に食べさせたいから私のぶんは持って帰りたいってマリーに頼んだら、別に用意してくれたんだ。
「あたしみたいなオバさんはね、妹想いの優しい子を甘やかしたくなる生き物なんですよ」だって。
今度なにかお礼をしよう。
「いけない、忘れるところだったわ。
明日は帰りが遅くなるかもしれないの。夕食は先に食べておいてね」
「あら、残念ですわ。騎士団でなにかご用事が?」
「明日は狩猟場で訓練なのだけれど、移動に少し時間がかかるみたいなの」
「金羊の狩猟場も団舎からは離れてますものね。
残念ですけれど、仕方ありませんわね。でも……」
あ、ダメ。ちらちら上目遣いで見られたら抱きしめたくなっちゃうから。可愛すぎる。
「明後日は……ご一緒できまして?」
「もちろんよ!」
フローレンスは三日後にテイラーに戻る予定だもんね。
明後日を逃したらまたしばらくは会えない。
絶対に、絶対に明後日は一緒にご飯を食べる!
テーブルの下で固く拳を握りしめ、そう私は決心したのだった。
「着きましたよ。ここが近衛の狩猟場です」
ごくりと唾を嚥下した。
金羊の狩猟場のときよりも緊張してる。
お父様がいた安心感が無いからだと思う。
フーパー卿がいてくれるけど、肉親がいっしょにいる安心感って大きいんだなって実感する。
森番用らしき小屋から男の人が出てきた。
「初めまして、テイラー公爵令嬢。森番を任されてるビルです」
「初めまして、ヴィクトリア・テイラーです。えっと……」
呼びかたに悩む。
名前だけを名乗ったっていうことは姓で呼ばなくていいんだろうけども。
「どうぞそのままビルと。敬称も不要です。すみません、わけあって姓は名乗れんのです」
「わかりました。ビル、どうぞよろしく」
「この人がヴィクトリア嬢がお求めのかたです」
私が求めてるっていうと、影打ちか指先での文字読取りの名手ってこと?
あれ、でも森番って言ってたよね?
影打ちって騎士だけに許されてるって感じだったような。
「もしかして、騎士を引退されたのですか?」
「そうです。利き足をやられたんで、騎士を退きました。
日常生活は問題ないんですがね、騎士としては無理がありまして」
「影打ちの腕が非常に高く実戦経験も豊富ですから、団長が森番として慰留を持ちかけたのです」
「おかげさまで楽隠居の夢が遠のきました」
「そうは言っても、卿は楽隠居なんてするつもりもなかったでしょうに」
「フーパー卿、自分はもうそのような立場にありません。その呼びかたも敬語もやめて下さいと何度言ったら」
「いいえ、やめません。我々にとって、卿は卿と呼ぶべきかたです」
フーパー卿は茶目っ気のある言いかたをしてるけど、本心なんだろう。
ビルを尊敬してるのがよくわかる。
それほどの人なら私もフーパー卿に倣うべきかも――なんて考えがバレたのか、ビルが半分睨んでるような目付きを向けてきた。
「テイラー侯爵令嬢は、絶対に、真似しないように」
「はい」
「敬語もやめてくださいね」
「……わかったわ」
「おわかり頂けたなら良かったです。では、行きましょうか」
道すがら、事前に伝えられていた今日の予定の説明をしてもらう。
まずは魔力を通す練習をして、それからビルとフーパー卿に影打ちのお手本を見せてもらう。で、その後に私の実践――の前に狂乱犬を捕まえるっていう流れ。
フーパー卿がため息を吐いてボヤく。
「本当は魔力を通す訓練を積んでから狩猟場に来たかったんですが、そうも言ってられなくなったので」
「それは、理由を聞いても?」
「三騎士団が大型の魔物の対応に追われてることはヴィクトリア嬢もご存知でしょうが、その関係です。
状況を伏せた上での人員移動は難しくとも、物品であればいくらでも誤魔化しようがあります。
ですので、うちからは食料などの支援が主となります」
「ああ、保存食を作るんですね」
「そういうことです」
狩猟場に魔物を住まわせてる理由の一つがいざというときの食料にするため。
魔物にも食べられないものもいるけど、狂乱犬は美味しく頂ける魔物。
『悪食王』もとい『美食王』の研究の一環で、魔物肉は魔術や魔法具を使えば、他の肉よりもはるかに効率的に加工できる上に長持ちするってことがわかってる。
だから、狂乱犬が増えた頃に訓練がてら狩りをして、その肉も魔術士が訓練を兼ねて保存食に加工するっていうのが春の騎士団の風物詩。春っていっても、終わりかけの春だけど。
その予定が前倒しになるから、先に私を連れてきてくれたわけね。
「お二人とも、静かに」
「あ、すみません」
いけない、声が大きかったかもと私は慌てて謝った。
けど、フーパー卿が違う反応を見せた。
「……卿?」
「静かすぎる」
ビルはぼそり呟いて、フーパー卿と無言のやりとりを交わす。
ちらと私を見るビル、首を横に振るフーパー卿。
「では、ヴィクトリア嬢にも」
「お願いします」
私にも聞かせるかどうかっていう相談だった、のかな。
「森の様子が変です。朝、森をまわった時はこうじゃなかった」
周囲の様子を窺ってみたけれど、私じゃよくわからない。
森らしく木々が揺れ、風が抜ける音があるってくらいしか――ううん、待って。違う。
生き物の気配が無い!
金羊の狩猟場じゃ、隠れながらこちらを窺ってきた動物の姿があったし、どこからか必ず聞こえた鳥の鳴き声や羽音もあったけど、今はそれが全くない。
これって、もしかして。
嫌なことに気付いて、息が止まりそうになった。
ほとんどのゲームでそうであるように、『シャドブ』もマップに応じたBGMがたくさん用意されてる。
けど、一箇所だけBGMが無くて環境音だけになるマップがある。
斜め前回避を許してくれないあのクソボスがいる、森。
一気に全身が汗ばむ。
ここが、もしこの狩猟場があのマップだとしたら!
周囲を見回して共通点を探してみるけど、あのマップは薄暗くて似たような風景ばかりが続く森だ。
ここも、金羊の狩猟場もそう。森に慣れてない私じゃ違いがわからない。
せめてわかりやすく木の種類が違ってくれてたら。
「戻ったほうがいいです。これは良くない」
「わかりました。ヴィクトリア嬢、残念ですが今日のところは帰りましょう」
はい。
そう返事しようとした喉から、声が消えた。
私の視線の先――フーパー卿とビルの奥に、爛々と輝く二つの目が見えた。
前書きのとおりの事情で更新を休んでおりました。
年齢的には珍しい歳での発症で、それだけ免疫が下がってる状態だと思い知りました。
そのため、更新ペースを隔週に落とします。
これでも突発的に休むことがあると思います。
気長にお付き合いいただければ幸いです。