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42話 卵と牛乳と砂糖

 夜明けまではフローレンス、コニーとサラ、そしてエラの四人とまったりのんびり過ごした。

 カードで少しだけ遊んで、あとはそれぞれ本を読んだり刺繍をしたり編み物をしたり。

 エラは麻雀に興味無いし、コニーも打つよりは見るほうが好きな人だから、今回は麻雀は無しデス。

 暖炉で暖められた部屋で、ただのんびりと親しい人たちと同じ時間を共有するっていうのもいいね。

 冬の寒い日、父さんと二人でこたつに潜り込んで『こたつむり』なんて笑ったりもしたっけ。


 心配してたお酒の件は……うん。

 エラがワインを温めてアルコールをしっかり飛ばしてくれたのでまったく、なにも、いっさい、問題なかったデス。

 ほっとする一方で物足りなさを感じてしまった自分が恨めしい。

 エラが作ってくれた赤ワインのオレンジジュース割はお母様のご実家のレシピだって聞いて、じんわりと温かい気持ちになれたんだけどね。

 フローレンスは屋敷で飲むものよりもこっちのほうが気に入ったみたい。

 あとでリサに教えておくってエラが言ってた。










 で、『迎花の日』の翌日である今日です。

 団舎にお邪魔してるときは、団員用の食堂で昼食を頂いてる。

 メニューは日替わりで三種類の中から好きなものを選べる。

 庶民的なものばかりだけど栄養にはとても気を配られているし、丁寧な味付けはどこか上品さがある。


 今日は野菜とお肉のごった煮と胡麻入りのパンにした。

 ここの胡麻入りパン、香ばしくて好きなんだよね。


「そういえば、妹御がこっちに来るって言ってたよね」

「はい。一昨日、無事に着きました。

 あと数日はこちらにいる予定です」

「名前は確か……フローラ、いや、違うな」

「フローレンスです、殿下」

「ああ、そうだった。失礼した」

「お気になさらず。妹はまだお目にかかっていませんから」


 主要貴族の名前ならともかく、その子供――それも会ったこともない令嬢の名前なんて、いくら王子でも覚えてなくて当然だもんね。

 まあ、あの輝く花のように可愛いフローレンスを一目見たら脳に刻み込まれて忘れられなくなるのは間違いないけどね!


「パッと見はあんま似てないけど、話すと血縁感じるぜ」


 ん?

 セオドアの言葉で眉尻がぴくりと跳ねた。


「セオドア様はフローレンスと会ったことが?あの子はまだ城に登ったこともガーディナーに伺ったことも無かったと記憶してますがあの子に会ったというのは本当でしょうかそれはいつ頃のことでしょうか」

「早い早い早い」

「圧が強いねぇ」


 はっ、つい。

 こほんと咳払いをしてお茶を濁す。


「失礼しました。妹になにか良からぬことを吹き込んでないか心配になりまして」

「いま言ったことのがよっぽど失礼じゃない?」

「ご自身の日頃のお昼寝場所を鑑みていただきたく思います」

「うーん、確かに一理ある気がする」

「おい、フィル」


 セオドアにじとっと睨まれても、フィリップ殿下は素知らぬふうでスプーンを口に運ぶ。


「あんたが心配するほどの会話はしてないって。大学で会ったら世間話をする程度さ」


 大学なら納得だ。

 あそこは魔術と魔法の研究機関で、魔術士や魔法士でも限られた人間しか所属できない。

 フローレンスは可愛い上に魔法も魔術も使えるから、三年前から所属を許されてる。すごい、可愛い。

 セオドアも高い魔術の腕があるから、大学に出入りしてるっていう設定があったもんね。


「そういえば妹御も大学に所属してるんだったね」

「はい、『二輪花(ダブルローズ)』なので。

 今日はまさにその大学へ行っています」

「ああ、だからうちの師匠が今日は顔を出せって言ってたわけか」

「セオドア様それはどういうことでしょうか」

「さっきから圧がすごいぞ、あんた」


 この男はなにを言ってるんだ。


「大事な妹のことなのですから当然でしょう?」

「こいつなに言ってんだって顔するんじゃねぇよ!」

「するに決まってるでしょうが!」


 もう一度繰り返す。

 この男はなにを言ってるんだ。


「くっ、くくく……」


 ちょっと、フィリップ殿下。

 なにぷるぷる震えてるの。笑いをこらえてるつもりなんだろうけどバレバレだよ。


「殿下」

「い、いや、ごめ、ごめん……つい、おかしくて」


 この殿下はなにを言ってるんだ。


「あんたはいい加減その顔をやめろ」

「セオドア様は何度言ったらその呼びかたを改めるのですか」

「……なあ、フィル。これって俺が悪いのか……?」

「うん、そうだね」

「フィル!?」

「だってそのほうが面白そうだから」


 まるでコントを見てるようなフィリップ殿下の顔。

 なんでだ。こっちは真剣なんだけど。


「それで、どういうことでしょうか?」

「俺らくらいの歳の人間は大学じゃ少ないもんで、上の連中が引き合わせたがるんだよ。

 同年代のほうが競争心が出やすいだとか、横の繋がりだとかあれこれ理由はあるらしいんだけど。

 んで、俺とあんたの妹の師匠たちは仲がいいから、余計によく言われるわけ」


 こっちの大学は日本の大学と違って教育機関じゃなくて研究専門だから、みんな自分の研究に没頭してそうって勝手に思ってたけど、そういうわけじゃないんだね。

 横の繋がりとか言われるなら、顔見知りは多くなりそうだけど。

 ……ん?


「もしかして、セオドア様はレジナルド・ハルをご存知ですか?」

「あんたからその名前が出るとは驚いたな。それこそどういう関係だ?」

「知人です。少し仕事を手伝ってもらったことがあるくらいですが」


 セオドアが切れ長の三白眼を大きく見開いた。

 そんなまん丸な目に出来たんだ!?


「仕事を手伝わせたって、もしかしてあいつと喋ったのか!?」

「え、ええ。大したことは話してませんが」

「セディ、そんなに驚くようなことなのかい?」

「両手の指よりも顔を合わせた回数は多いが、一度も会話をしたことはない」


 あ、はい。察した。

 考えに集中しすぎてまわりのことがなんにも頭に入ってこない状態だったわけね、いつも。


「それってどういう……」

「お前の上の妹」

「うん、理解した」


 ……つまり第三王女殿下も同じタイプの人だと。

 お会いしたこともないのにダメな先入観を持ってしまった気がする。


「はいはい、三人とも。お喋りは結構ですがね、私らの自慢の料理を食べる手を止めてもらっちゃ困りますよ。

 もうちょっとで閉まる時間なんですからね!」

「すまない、マリー。急ぐよ」

「久しぶりに私の料理を食べに来てくだすったのかと思ったのにお喋りばかりだなんて、まったく寂しい限りですよ」

「そう言いつつフィルに甘いじゃん」

「そりゃね、臣下の務めというもんですよ」


 食堂の料理人――マリーは言葉とは真逆のおおらかな笑顔で、私たちの前にカスタードプディングを置いてくれた。


「他の連中には内緒ですよ」

「ありがとう。

 マリーのカスタードプディングは絶品だよ、きっとヴィクトリア嬢も気に入る」

「ありがとうございます、頂きます」

 

 一口食べて、確信した。あ、これはダメなやつだって。

 口角が私の制御下から逃げ出してゆるゆるになっちゃうやつだって。

 卵の味が口に広がったと思ったら、砂糖の甘みとキャラメルソースの苦味が喧嘩することなく追いかけてくる。

 舌触りも滑らかで――あれ、気付けば半分無くなってる気が……。


「……私、いつの間に」

「そうなるよね。僕が初めて食べた時は、気付いたら全部無くなってたよ」

「あの時のフィルの顔は見ものだったな。呆けた顔でマリーと自分の皿を何度も交互に見てた」

「そういうセディは美味しいという前におかわりを要求していたじゃないか」

「可愛げのあるお子様だったろ」


 つまり二人はこれを食べるのが初めてじゃないと。

 むしろ、結構な回数食べてる感じがする。

 マリーも親しげな態度だったし。


「お二人はここによく来られるのですか?」

「今でもたまに来てるけど、三年くらい前まではエマニュエル兄上にくっついてよく来てたんだ」

「王太子殿下は騎士科ではなく法政科に進まれたと聞きましたが、違うのですか?」

「いや、あってるよ。

 エマニュエル兄上は学園では学びたいことを選ばれたけれど、王族として騎士団を理解しておくべきだからって、剣の稽古は近衛でつけてもらっていてね。

 僕も騎士の稽古を受けたくて一緒に行かせてくれって頼み込んだんだ」


 わあ、すごい、フィリップ殿下。

 このプリンを食べても優雅に爽やかに、平然としてる――いや、そんなことないな。

 目に『悦』の字が見える……そのくらい目元がとろけてる。


「とはいえまだ小さかったから木剣しか振らせてもらえなくてね。

 それが悔しくて半ばいじけながら素振りをしてたら、マリーがこのカスタードプディングを出してくれたんだよ」

「で、ついて行かされた結果、おこぼれにあずかったのが俺」


 なるほどね。

 馴染みのある場所だから、二人は取り繕わないんだ。

 フィリップ殿下もセオドアも、自然体でリラックスしてるもんね。

 フーパー卿がセオドアの「お前」呼ばわりをスルーしてたのも、注意()()()()()()んじゃなくて()()()()()だけなのかも。


 それはそれとして。


「ああ、あとひと口で終わってしまう……」


 私が思ったことを声にしちゃったのかと思った。

 実際に言葉にしたのはフィリップ殿下。

 でも、間違いなく三人が同じこと考えてた。

 セオドアだって、そんなフィリップ殿下をからかうわけでもなく、スプーンに乗せた最後のカスタードプディングをじっと見てるくらいだし。


「この余った三つはどうしようかね。

 うーん、若い騎士の卵さんたちがしっかり訓練してお腹を減らして食べてくれないかねぇ」


 ばっと三人揃ってカウンター奥のマリーを振り返る。

 わざとらしい口ぶりのマリーはにんまり笑って私たちを見ていた。


「さぁさ、早く食べて訓練にいってらっしゃい。

 頑張ってきたら、オマケもつけてあげますからね」


 最後のひと口を食べるために、これほど効果絶大な言葉はないと思う。

 私たちは子供らしくおやつに釣られ、勇ましい足取りで午後の訓練に向かった。

 

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