39話 わずか
私は子供だけど、言われたことを額面通りに受け取るほど子供じゃない。
いや、そもそも遥華は成人してたって話は置いといて。
何が言いたいかっていうと、影打ち使いにだって例外がいることくらいわかってた。
王族みたいに、立場上どう考えても騎士になれない人だっているしね。
だけど、それがわかってても予想外なことはある。
「ははっ、すごい顔」
「失礼だよ、セディ」
なんでだよ!
なんで、なんで近衛の団舍で攻略対象二人と会うことになってんだよ!!
声を大にして叫びたい衝動をなんとか堪えた私を誰か褒めて欲しい。
「よろしくお願いします、フィリップ殿下、セオドア様」
「はいはい。今日は見てるだけだけど」
「僕は今日に限らず同席するだけだから、気にしないで」
うう、居心地悪い空気が漂ってる。
しかも座ってるのが私だけ。せめてフィリップ殿下は座ってほしい。
フーパー卿もいることだけが救い。
セオドアがここにいるのは、彼が指導役の代理だから。
影打ちが使えて、王都にいてもおかしくなく、騎士団の頭数に入ってない人物――そんな都合のいい存在がセオドア。
『さきはな』では影打ちみたいなことをしてる描写なんて全くなかったけど、納得はできる。
セオドアは魔術科の生徒の中でもトップクラスどころか、騎士団所属の魔術師にも引けを取らないくらいの実力の持ち主。
他の攻略対象のルートでもそれがわかる描写は必ずあった。
でも、それだけじゃないんだよね。
本当は剣も扱える。しかも、騎士を目指してもおかしくないほどの腕前。
セオドア本人のルートでしか明かされないけどね。
その二つの才能を合わせて考えれば、影打ちが出来ても不思議じゃない。
不思議じゃないんだけど、だからってセオドアが指導役になるのと結びつけて考えられるかって言われたら、無茶言うなって感じ。
しかもフィリップ殿下がついてくるなんて、なんでって話デスヨ。
「フィリップ殿下も来られるとは思ってませんでした」
「あれ、話は通ってると聞いていたんだけど……違ったかな?」
「いいえ、聞き及んでおります。
セオドア様ではなくフィリップ殿下が私との時間を過ごすと見せかけるために、同行なさると」
わかるんだけどね、そういう建前がいるっていうのはさ。
近衛が預かってるテイラー家の令嬢に、わざわざガーディナーの令息――それも放蕩息子と呼ばれる三男が指導役としてつくなんて、どう考えたっておかしいからね。裏がありますって言ってるようなもの。
だから、フィリップ殿下が婚約者(候補)と近衛で剣術稽古っていうていにしときたい。
だからといって、『さきはな』の攻略対象から『シャドブ』の技を教えてもらうなんて事態を、平然と受け入れるほど太い神経してないんデスヨ。
そんな神経あったらもっと積極的に自分から麻雀広めにいってるよ。
「見学人がいて気になるかもしれないけど、前向きに考えて欲しいな」
「例えば?」
「エルヴィラ様は本当の事情をご存知じゃないから、僕と君が共に過ごす時間を取ってることに満足されるんじゃないかな。形がどうあれね」
「あのかたはお前らがどっちも乗り気じゃないのはわかってるからな。
それらしく見せようとしてるだけでも、ひとまずはそれでいいって考えるだろ」
「お前ら」
「癖になってんだって、少しは見逃してくれ」
「時と場所を考えてください」
「はいはい」
フーパー卿もいるんだからダメに決まってるでしょ。
いなかったら軽く睨む程度で済ませたけど。
今の所、フーパー卿はニコニコ笑ってスルーしてくれてるけど、だからって甘えていい理由にはならないからね。
「で、ヴィクトリア殿は木札ならもう自信がありって聞いてるけど?」
「自信があるとまでは……。間違えることは減りましたが」
「おや、ヴィクトリア嬢。それは謙遜が過ぎますよ。ほぼ無いと言うべきでしょう」
そう言うと、フーパー卿は無造作に箱から三枚の木札を取り出す。
私が手元に置かれた目隠し代わりのフードを被ると、木札がことりことりと机に置かれる音が聞こえた。
「どうぞ」
見えないけどわかる。三人分の視線が私に集まってるのを感じて居心地悪い。
緊張するなぁ……。意識しすぎる前にさっとやっちゃおう。
手を伸ばして木札の表面を指でなぞっていく。
「『盾』、『栄誉』、『獅子』ですね」
指先で読み取った文字をそのまま迷いなく声にする。
木札から布を取り払ったフーパー卿が「やっぱりね」とばかりに鼻を鳴らした。
並んだ木札は順番含めて私が答えたとおりのもの。
感心したように木札を眺めるフィリップ殿下に対して、セオドアは口元にに手を当てて面白いものをみたかのように笑ってる。
「確かにこれなら次の段階にいっても良さそうだ」
「ご納得頂けたようでなによりです」
そう言うと、フーパー卿は私の前に一冊の本を置いた。
木札読みと座学はセットで、いつも教科書として戦術書や魔物図鑑なんかを使ってる。
だから、フーパー卿が本を持ってきててもおかしく思うことは無いんだけど。
今日はこれを教科書にするっていう雰囲気ではない。
「フーパー卿?」
「ヴィクトリア嬢は『魔法学基礎』を読まれたことは?」
「あります。何年も前ですが」
「暗記はされてますか?」
「いいえ。ですが内容は覚えております」
義務教育で教科書として使う本だ。
カニンガム先生は『魔法学基礎』だけじゃなく、魔晶や魔法具の実物も使って私の興味を引いてくれたのをよく覚えてる。
「第三王子殿下とセオドア様は?」
「ヴィクトリア嬢と同じだね」
「左に同じ」
「それはよかった。折角ですから、セオドア様にお手本を見せてもらいましょうか」
「言われると思った」
やれやれとばかりに肩を竦めたセオドアが、椅子を引いて腰かけた。
「ヴィクトリア嬢もこちらからご覧下さい」
言われるままフーパー卿の横に立つ。
その間に、セオドアは渡されたフードをすぽっと被った。
そんなセオドアの手元に本が置かれる。
……まさか。
フーパー卿が無作為にページを開き、セオドアの手をその上に導く。
予感が確信に変わった。
「この行にしましょうか。ではどうぞ」
紙にインクで綴られた文字の羅列の上をセオドアの指が滑っていく。
「もう一度読みますか?」
「いや、じゅうぶんだ」
「では、何と書いてあったかお答えください」
「『魔晶は水晶の一種である。魔力を貯め込めるという特筆すべき性質を有しており、そのため魔法具の核に使われる』」
「お見事です」
何度見ても、セオドアの指が置かれてた行には一言一句そのまま同じ言葉が書かれてる。
何をしたかなんて、木札読みを踏まえて考えれば一目瞭然。
身体強化で感覚を強化した指先で、ペン先で削られ、インクが乗ったほんっっとにわずかな凹凸を読み取ったんだ。
これを私にもやれと。
マジか、マジか、マジなのか。
「すごい、見事……そんなありきたりな言葉しか出てこないな」
「フィリップ殿下もご覧になるのは初めてですか?」
「うん、聞いてはいたけど見るのはこれが初めてだよ。
影打ちの使い手は皆これをやるのか……」
「皆通る道ではありますが、セオドア様ほどの精度で出来る者はそういませんよ。
普通は何度か読み取り直します。文章にもよりますが、三度で済めば上出来と言えるでしょう」
つまり、一回で出来たセオドアはとんでもなく上手い人ってことだよね。
お手本はもうちょっと普通寄りの人のが良かったな……私の心情的に。
一流ショコラティエのチョコを見せられて「これを作ってください」と言われてるような、プロ麻雀士の完璧な手作りを見せられて「こうなってください」と言われてるような。
フーパー卿が苦笑した。
「すみません、セオドア様がここまでの腕をお持ちとは思ってませんでした。
あとで私もやってみせますので」
「いえ、フーパー卿。私は今、自分がどこに立っているかを知っておきたいです。
私にもやらせて下さい!」
……ん?
いや、何言ってんだ。変なところで反骨精神出すんじゃないよ、私!
また三人分の視線が私に集まる。
やっぱりやめときます――口から出そうになる言葉をぐっと飲み込む。
逃げるな。
そりゃ逃げなくちゃいけないことはあるけど、少なくとも自分が言ったことから逃げちゃダメだ。
思い出せ、斜め前ステップ回避が安定のボスばかりの『シャドブ』で唯一、迂闊にそれをやると大ダメージ待ったなしのあのクソボスを! 斜め前ステップをしない勇気が必要だったあの! 理不尽クソボスを!!
関係ないんだけどね、今まったく関係ないんだけどね! 思い出し怒りで奮い立て、私!!
「私にも、やらせて下さい」
もう一度繰り返す。
ふつふつとクソボスへの煮えたぎった怒りのパワーは絶大で、思ってたよりも力強い声が出ちゃった。
三人分の視線が、今度はフーパー卿に集まった。
王族であるフィリップ殿下がいるけど、私の訓練における決定権はフーパー卿にある。
「わかりました。ですが、出来なくて当然だとはお伝えしておきますね」
こくりと頷き返し、さっきまでの席に戻る。
深呼吸をしてフードをしっかりと被った。
結果は、最後の単語が辛うじて読み取れただけだった。
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