38話 口実
「さて、もったいぶるような話でもない。本題といこうか」
長テーブルに料理が並べ終わった途端にこの台詞。
ハイアット公爵は本当に話が早い。
とはいえ、王族で近衛騎士団の団長だからこそ出来ることではあるんだけど。
王城で完全な人払いなんて、ハイアット公爵みたいな立場の人でもないと無理だもんね。
外で扉を守ってるのは近衛騎士だから、聞き耳を立てられる心配もない。
「ヴィクトリア嬢には今現在、フーパー卿を付けてあるが、もう一人、黒鷹から指導役が来るという話は聞いておるな?」
「はい。来週には来られると」
「結論から言うが、その騎士が来れなくなった」
「あら」
反射的に「あら」なんて言ったものの、それの何が問題なのかはいまいちわからない。
木札読みの次の段階は何をするのか、指導役に影打ちの使い手が複数必要な理由を知らないからね。
一人だとフーパー卿の負担が大きいっていうのはわかるんだけど。
わざわざお父様を同席させて人払いまでするからには、それだけで終わらない気がする。
「怪我が原因でな。それが問題だ。
ここのところ、大型の魔物が増えておる。
つい三日前には三体も現れ、黒鷹の一個中隊が討伐に当たった。
魔物の討伐は果たせたが中隊は全滅だ」
「全滅!? 黒鷹の中隊がですが!?」
全滅って言っても、文字通り全員が倒れたって訳じゃなくて、戦闘員である騎士と魔術師のうち三割が戦闘不能に陥ったってこと。
三割は大きい。負傷者や非戦闘員、それに民間人を守りながら撤退するにはギリギリで、かなり苦しくなる数字だ。
「死者が出ておらぬのが不幸中の幸いよ。しかし、戦力が大きく欠けておる。
黒鷹には他にも影打ち使いはおるが、とてもこちらに人を回せる状態では無い」
「我が金羊と青狼が巡回範囲を広げて補助をしているが、これも長くは持たん」
「テイラーとダンフォードも大型の魔物による被害が増えているのですね」
「然り。この場にテイラー侯爵を同席させたのもそれが理由よ」
ハイアット公爵がお父様に視線を向けたのにつられて、私もお父様を見る。
こくりと頷いたお父様はスプーンを持ってるだけで、食事はまったく進んでない。
「今はまだ我らの領内で収まっているが、これは拡がっていく可能性が高いものだ。……あの時と似た感じがする」
はっきり言われなくても、お父様がいつをさしてるかなんてすぐにわかった。
お母様が亡くなられたあの頃のことだ。
思わず、スプーンを握る手に力がこもる。
「ゆえに騎士団は連携を深めていかねばならんが、今はまだ民に悟られたくは無い」
「何故ですか? 備えさせるためにも、早く伝えるほうがいいのでは?」
「ふむ。答えてやるのは容易だが、そなたは何故だと思うたか。先に聞かせてもらおうか」
自分でも考えてみなさいって、遠回しに指摘されてしまった。
情けなさと恥ずかしさが押し寄せてくる。
人の上に立つ立場を目指してるんだから、考えることをやめちゃ駄目なのに。
「……今はまだと仰いましたが、民にはいつ頃知らせるおつもりですか?」
「具体的なこと言えんが、春が終わるよりも遅くなることはあるまいよ」
まだ寒さが肌を刺す毎日だけど、春はもうすぐだ。
豊穣の祈りを捧げる『迎花の日』は春の訪れを告げる日でもあるからね。
それが一週間後に迫ってる。
『愁花の日』みたいなお祭りは無いけど、冬の間は休んでた露店がいっせいに店を開くから、とても賑わう。
『迎花の日』当日の露店はだいたいどこも安くしてくれるから、それ目当てに王都や大きな街へ行く平民はまあまあいる。
つまり、それだけ商売が盛んになるわけで。
「外国の商人に足を運ばせるため、でしょうか」
「ほう?」
「冬の間は海が荒れるため減っていた海外からの船が春になれば増え、商人が多く訪れるようになります。
けれど、もし今、大型の魔物の被害が増えているという話を聞けばその数が減るでしょう。
そうなれば、物が減るだけではなく、値が吊り上がり、必要な物資が足りなくなるのではないでしょうか」
「うむ、うむ。良い答えだ」
満足そうにハイアット公爵は髭をしごく。
及第点は超えれたみたい。
「他にも理由はあるが、それが何よりの理由だ。
このイングレイシュには地続きの隣国が存在しない、それゆえの悩みだな」
食料は大丈夫だけど、魔法具に欠かせない魔晶や、ドワーフが鍛えた武器や防具なんかは輸入頼りだからね。
ここらへんが来なくなったら、すぐに戦力が落ちて民への被害が拡大しちゃうのが目に見えてる。
「騎士団の、それも団長クラスの大物の行き来が増えれば異常を悟られる。
しかし、王都を頻繁に訪れてもおかしくない理由が他にあればその限りでは無い」
「つまり、私が口実なのですね?」
「そのとおりだ」
近衛に預けた跡取りの様子を見に来たっていう見せかけのために、お父様が同席してるわけね。
お父様がちょっと困った顔してる。
実際に気になってはいるんだって言いたいのかな? そうだったら、嬉しいな。
「安心しました。私の不出来でお父様が呼び出されたのではと不安だったもので」
「そなたが不出来であれば、今まで影打ちを習得に来た者の半分以上が落第になるわ」
ハイアット公爵の豪快な笑い声に、私とお父様もつられて笑う。
気持ちよく笑われると、こっちも笑っちゃうよね。
「それにしても、私にここまで話していただいてもよろしかったのでしょうか?」
「よくはない。しかしな、ヴィクトリア嬢よ。覚えておくといい。
不信とは知らぬからこそ簡単に芽生えるのだ。ゆえに、知らせぬ場合の利益と不利益をよく吟味する必要がある」
いかにも百戦錬磨の公爵って感じの言葉。
私もいつか、この境地にたどり着けるのかな。
「わしはヴィクトリア嬢に話すことで得られる利益のほうが大きいと踏んだのだ。
そなたがすべきは心配ではなく、それだけの価値が己にあるのだと知っておくことだ」
「肝に銘じます」
「うむ、うむ」
ハイアット侯爵はまた満足そうに頷いた。
と、思ったら、イタズラ好きのおじいちゃんみたいみたいな、にんまりとした笑顔を見せた。
なんか、嫌な、予感が。
「で、話を戻して影打ちの指導役の話なんだがな」
ハイアット公爵がそれから続けた話には驚きしかなくて、私は口に入れたばかりのゼリー寄せを味わうことも噛むことも出来ずに、そのまま飲み込むことになった。
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