33話 春を待つ
王都に着いて私達は真っ先に王国騎士団の詰所へ向かった。
ただ魔物に襲われたってわけじゃないからね。あの数は異常。
この手の報告も貴族の義務とはいえ、テイラー侯爵家の家紋の効果は絶大。おかげですぐに応対してもらえた。
むこうは金羊騎士団かテイラー領に異常事態が起きたのかもって緊張してたみたい。
実際は違ったけど、早めに調査に取り掛かれるから結果良しじゃないかな。
アイリス達とは詰所で別れた。
親子揃って頭を深々と下げて、私達の馬車が出るのを見送ってくれた。
下げた頭の形とか曲げた体の角度とかが同じで、親子なんだなぁって胸が暖かくなった。
ところで、今日一日を瞼の裏で振り返っている私は現在──。
「お嬢様、どこか痒いところはありませんか?」
「いいえ。気持ちいいわ」
お風呂で香油を使ったマッサージを受けてマス。
体がお湯に溶けちゃいそうなくらい気持ちいい、コニーありがとう。
詰所から知らせを出してもらってたみたいで、タウンハウスに着いてすぐに美味しくて温かいご飯が出てきて、すぐにお風呂も入れた。
エラの行き届いた采配のおかげですよ。うちの使用人は仕事が出来る人ばかりで助かるね。
コニーの指が絶妙な力加減で肌の上を滑っていき、香油が肌に馴染むのを感じる。
体温で温められた香油の香りが華やかさを増して……ふわっと、香りが拡がって……香りも強くなって……。
なんか、その、うん。熱燗を、思い出しちゃった。
飲む気は無い、花の女神に誓ってもいい、飲む気は無い。本当に無い!
『酔ってお風呂で寝て溺死』なんて最高に情けない死にかたしたんだからさ!
でも、でもね?
飲まなくちゃいけないことってあるわけデスヨ。
お祝いごとに伴う晩餐会とか、これは成人──十八歳からだからまだいいんだけど。良くは無いけどまだ先だからいい。
ただね、その、ね。
神託が下る『愁花の日』と対になる『迎花の日』っていうのがありマシテ。
日の出とともにワインを飲む風習があるんデスヨ。
魂という炎をお酒という燃料で強くして、来年も無事に春を迎えれますようにって。
だから、大人だけじゃなく子供も飲む。さすがに子供は水や果汁ですっごく薄めたものになるけど。
一杯で止められる自信はあるよ。未成年だしね。その辺の自制は出来るほうデス。
溺死しといて何言ってんだって感じではあるけど、飲んじゃダメなとこでは飲まないでいられはするよ。
じゃあ何が不安かと言う、と。
『今世は必要外のお酒は飲まない』っていう気持ちというか誓いが折れたり挫けたりしたら嫌だなって。
たまの晩酌くらいならいいでしょとか、ダメな言い訳するようになったら嫌だなーーーーーーーーって!
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
「気持ち良すぎて、このままだと寝てしまいそうで困ってるのよ」
「ふふ、確かに困りますね。リサのようにお嬢様を運べる女性使用人はここにはいませんもの」
腕から指へと軽く引っ張りながら圧を加えられ、抜けていった。
それを反対の腕にもやって、マッサージは終了。
もっとやってほしい気持ちもあるけど、寝そうっていう誤魔化しが現実になりかねないから言葉にはしないでおく。
肌に残った香油を温めたタオルで拭い取って貰い、湯船から出る。
いつもはお風呂も風呂上がりも自分一人でやってるけど、今日はコニーが世話を焼いてくれる。
「一人で大丈夫なのに」
「ついでですから。たまには世話を焼かれませんと、いざという時に戸惑うことになりますよ」
「そんなことあるかしら?」
「ありますとも。三年次での寮生活とか」
「ああ、そういえば。侍女や女官志望の練習台になるんだっけ」
二年生までは寮に入らない生徒もいるんだけど、三年生になると全寮制になるんだよね。
根気よく丁寧に髪の水分をタオルに染み込ませるコニーの姿が化粧台の鏡に映る。
あくびを噛み殺していたら、鏡のコニーと目が合った。
「普段から一人でだいたいのことをこなしてしまうようなかたは、むしろ練習する側から教わるなんてこともあるらしいですよ」
「実際にいたの?」
「騎士科の籍を置くご令嬢に、かつていらっしゃったそうです」
「……練習台にされるくらいに位が高い貴族で騎士科の令嬢なんて、ダンフォードのかたくらいしか思い浮かばないのだけれど」
「恐らく、そうかと」
騎士家系の三大侯爵家でも女性騎士を輩出してるのは今のところダンフォード家だけなんだけど……女性騎士となった皆さんはなかなか、破天荒なエピソードを残してる、ので。
まだ十歳にもならない頃にどうしても剣が欲しかったからって、屋敷を抜け出してドレスを売り払いに行った、とか。
その罰として自室で反省を言い渡されたのに、懲りもせずに二階の窓からドレスやカーテンを繋ぎ合わせて脱走して武具屋に行った、とか。
他にもいろいろある。
「今日はこのまま休まれますか?」
隠したつもりのあくびはバレバレだった模様。
「そうね、さすがに疲れたわ。水分だけ摂って休むわ」
「かしこまりました。白湯にしましょうか?」
「お願い」
コニーが出ていくのを見送って、椅子から立ち上がる。
タウンハウスの部屋はテイラー領の部屋の半分ちょっとってくらいなのに、化粧台からベッドまでの距離がやけに遠く感じる。
疲れてるなぁ。
コニーが手助けしてくれなかったら、髪を乾かすのを途中で切り上げて早々にベッドに潜り込んでたかも。
そのくらい疲れてるのはわかってるけど。
残ったわずかな気力と体力を振り絞って、行き先をベッドからテーブルに変更。
ベッドに腰掛けたら最後、そのままふかふかお布団の誘惑に負けて横になっちゃう未来が見えた。
寝るのは水分を摂ってから。
これ、疲労回復の鉄則ね。マッサージもしてもらってるしね。ちゃんと水分を体に入れて代謝を上げるのも大事。
とはいえ、体が鉛みたいに重くて、椅子に座った途端に大きなため息がでてしまった。
閉じかけた瞼を強い意志でくわっと見開く。
気合を入れて開いた目の先に、アイリスの花が飾られてた。
テーブルのど真ん中に飾られてるのに、まったく気付いてなかった。
もうちょっと暖かい季節の花のはずだけど、エラが手を回して用意してくれたのかもしれない。
私がというか、ヴィクトリアは薔薇よりもこういう感じの花のほうが好きだったからね。
ふと、昼の短い時間を一緒に過ごしたアイリスの言葉を思い出した。
「女神みたい、か」
また苦笑いが零れる。
私が女神みたいだなんて、そんなわけないんだけどな。
だって、アイリスこそが女神だから。正確に言えば、その『種』。
それが本人も知らないアイリスの正体だ。
花の女神はわかっていた。
相打ちとなった最後の影──影の中の影とも呼ばれる存在を、自分は滅ぼせなかったことを。
だから、大地に自分の意識を溶かした上で、残された力を切り離していくつかの『種』として残した。
今際の際によくそこまで出来たなって思っちゃうけど。
『種』は影の力が増す時代に芽吹き、その度に影と戦った。
けれど、どの『種』も影を滅ぼせず、むしろ戦えるようになる前に魔物に襲われて命を落とすことすらあった。
女神も対抗してはいたけれど敵わずに、とうとう『種』は残り一粒になってしまった。
この最後の一粒でなんとか影を滅ぼしたくて、女神は賭けに出る。
魔物から狙われにくくするために、発芽やらなんやらの過程をすっ飛ばしていきなり開花させることにしたのね。
そしてアイリスが開花がしたのがプロローグの直前で、それを受けての神託ってわけ。
設定資料集には「女神の力は『種』であっても人の体には強大すぎるので、幼いうちから慣らしていかなくてはならない。それを省略して開花させるのは、整地をしていない土地に高層ビルを立てるようなもの」って書いてあった。
そんな乱暴な手段を選んだ女神の真意はわからない。
作中にも設定資料集にも無かった。
『種』を信じたのか、他の生き物を信じたのか。それとも破れかぶれでやったのか。
ともかく、『さきはな』が始まる前のアイリスの能力が平凡なのはそういう理由。
推測だけど、木もどきがあんなに集まってきたのはアイリスが原因じゃないかな。
開花の気配というか、匂いというか。
ファストフードのテイクアウト品を持ってる人がいたとして、離れてるとわからないけど近距離ですれ違ったら「あ! あの匂い!」ってわかるみたいな感じでさ。
食べたくなっちゃうんだよね、ああいうのって。
我ながら例えが酷い。
私の推測があってるなら、このまま放っておくのは心配だな。
それとはまた別に、アイリスとまた話したいっていう気持ちもある。
「また会えるかな」
そんな言葉が口から出ちゃった。
また会えるも何も、一年後には確実に会えるのに。
私はまた、苦笑した。
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電車で嗅ぐファストフードや某豚まんの匂いは腹に効きめがありすぎるんですよね。




