32話 夢を見る種
「おかげで本当に助かりました。
ヴィクトリア様が来て下さらなかったら、私もお父さんもどうなっていたか」
「気にしないで、これも貴族の義務よ。災難だったわね」
「災難は木の葉と同じだって言葉の意味をこんなふうに味わうなんて思ってもみませんでした」
「災難は木の葉と同じく積み上がる」っていうこの国のことわざだね。
厄介事はいくつも押し寄せてくるって意味。
それを言うなら、私は御者台でアイリスと並んで話すなんて思いもしなかったけど。
アイリスとお父さんは助かったけど、馬車馬のうち一頭が駄目だった。
御者も護衛の二人も、馬は助けられないって。足が折れてて……うん。
馬は足が命だ。足の骨が折れたら、血の巡りが悪くなって死んでしまうことだってある。
ここで殺してあげたほうがいい、そういう怪我だった。
ただ、そうなるとアイリスたちの馬車はこの街道を駆け抜けれる速度を出せない。
しかもアイリスのお父さんは馬車が倒れたときの怪我で馬車を操るのは難しいどころか、御者台に座るのも無理そう。
そこで色々と話し合った結果、うちの馬車とアイリスたちの馬車と連れ立って移動することにしたのね。
で、アイリスのお父さんをうちの馬車に。私がアイリスと一緒にアイリスたちの馬車に乗ってるわけ。
コニーは反対してたんだけど、仕方ないからって最終的には受け入れてくれた。もとい、諦めてくれた。
だって、アイリスたちの馬車は積荷を濡らさないための幌が張ってある程度で、だいぶ揺れそうな感じで。
そこにアイリスのお父さんを乗せると怪我にさわりそうだしさ。
かといって、未婚の貴族子女な私とアイリスのお父さんを車内に二人っきりってわけにはいかないでしょ。
乗り物酔いが酷いコニーを同乗させるのも可哀想だしさ。
そんなわけで、私とアイリスが並んで御者台に座ってるわけデス。
ゲームでもそうだったように、アイリスは貴族の娘である私に物怖じすることなく話しかけてくる。
ガチガチに緊張して身構えられるより、私としてはこっちのほうが気楽でいい。
「パークス、ええと、先に着いたほうの護衛が、あなたを褒めていたわ。
怖いはずなのに、しっかりとお父様を守っていたって」
「いえ、そんな! ただ必死だっただけで……。
私よりも、ヴィクトリア様のほうが勇敢でカッコよかったです!」
「訓練を受けているからね。あのくらいはできないと、父に顔向けできないわ」
「それでも、私には女神様に見えたんです」
はにかんで言うアイリスの姿に、私は腑に落ちた。
ヴィクトリアが──私じゃなく原作のヴィクトリアがアイリスを気にかけてたのって、フローレンスを思い出すからだったんだ。
フローレンスと似てるわけじゃないんだけど、妹を連想しちゃうような人懐っこさがアイリスにはある。
「ヴィクトリア様が私の前に立った時……私、女神様が助けにきて下さったんだって思ったんです」
「大袈裟ね」
思わず苦笑しちゃった。
「そんなことないです。今だって、ヴィクトリア様の髪は太陽に照らされてキラキラしてて……手網を握ってなければずっと見ていたいくらいです」
そういうアイリスの髪は、今は金色に輝いて見えるけど、ゲームの立ち絵やスチルはどれも茶色だった。陽の光があるから金髪に見えるのかも。
キラキラ濃い紫の瞳は宝石みたい。
細いっちゃ細いんだけど、筋肉はある細さ。ダンサーみたいな。
美少女だ。うん、紛うことなき美少女。
そんな美少女から「憧れちゃいます!」っていう空気を全力で出されるのは悪い気はしないけど、とても気恥しい。
「ヴィクトリア様はやっぱり騎士になるんですか?」
「ええ。騎士になって、父の後を継いで騎士団長になるのが私の夢よ」
「すごい……カッコイイです」
「あなたは?」
なんて返ってくるかはわかってるけど、初対面のはずの私が聞かないのも変なので聞き返す。
ちょっと白々してくてお尻がむずむずするけど。
「恥ずかしい話なんですけど、まだ決めれてなくて……。
人を助ける仕事がしたいと思ってるんですど、私に何が出来るかって考えると、どうしても……」
花のようなアイリスの横顔が曇る。
この世界では、私たちくらいの歳の子供でも将来を決めてることがほとんどで、決まってないのはいつまでも子供のままの未熟者扱いされちゃう。
でも。
「情けない、ですよね」
「そうかしら」
「え?」
「あなたは、人を助けたいと思っている。人を助けられる何かがしたいと考えている。
それなら、助けるための知識や技術を学んでから決めても遅くないと思うのだけれど」
遥華の感覚だと、まだ漠然と考えててもいいんじゃないかって、どうしても思っちゃう。
魔物という脅威が──命の危険が近すぎて早く大人にならざるをえないってわかってはいるんだけどさ。
でも、私は目的のための手段を探してる子を恥ずかしいなんて思えないし、思いたくないんだ。
「私達は学んでいないこと、試していないことがまだまだたくさんある。
それらの数を減らしていって、本当の意味で自分の手がどこまで届くのかを知るんじゃないかしら」
これ、社長の奥さんからの受け売り。
入社したばかりの時、父さんの闘病のあれやそれやがあっていろいろ配慮してもらったのに、全然仕事が出来なくて凹んでた私に言ってくれたんだ。
父さんが死んだばかりで余裕もない頃だったから、ボロボロ泣いちゃったっけ。
「心無いことを言う者もいるでしょうけれど、前を向いてなさい。
人を助けたいと願う、あなたの良心は尊いものだもの」
なんて、言ってみた、けれども。
説教くさかったような、上から目線だったような、気が、する。
だって、なんか嫌だったんだよ。いいじゃん、夢見るくらいは好きにしたってさ。
ちらっと横目で見てみれば、赤く染ったアイリスの頬が見えた。
「ありがとうございます。将来のことで両親以外から優しい言葉をもらえたのは初めてです」
「ご両親の理解はあるのね」
「はい。私がこんなふうに考えるようになった理由を知ってるので」
「どういう理由?」
「今日みたいに、仕入れの帰りに魔物に襲われたことがあるんです。
その時も騎士団のかたに助けてもらって。自分もこんなふうに、人を助けれるようになりたいって思ったんです」
魔術も魔法も剣もダメダメだから、騎士団には入れないんですけど。
恥ずかしいそうに付け加えたアイリスの言葉に、私はまた苦笑いしそうになった。
今のアイリスは魔術も魔法も剣も、無垢なる魔力だって持ってないはずだけど。
それは『種』の状態だからなんだよね。
平民も貴族も子供の頃に魔力を調べられる。
魔法に適性があるのかそれとも魔術、はたまた無垢なる魔力なのかって。
アイリスはかろうじて魔術寄りの魔力はあるけど、小さな蛍火を起こせるくらいのものしかなかった。
でも、本編開始直前。プロローグで神託を受けて眠っていた彼女の才能が芽吹く。
魔術、魔法、無垢なる魔力に武器を振るう力やその他もろもろ。伸ばしたいと思えばいくらでも伸びるほどの才能。
私からしたら騎士団に入れないわけがないって思うわけ。
言ったところで、下手な冗談にしか聞こえないから言わないけどね。
「それでも、他にも道はあるはずよ。励みなさい」
自分で言ったその言葉は、青空の下でやけに白々しく感じた。
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来週は更新を休みます。
設定集だけあげるかもしれません。