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31話 木立に咲く花

ギリギリ日曜日間に合いませんでした。すみません。

 電車に乗ってると眠くなる。

 なんでも、電車の緩やかな振動は母親の胎内にいる時の揺れに近いからだとかなんとか。

 何が言いたいかっていうと、眠いデス。


 長距離移動でも快適にと作られた侯爵家の馬車であっても揺れを完全に無くすことは不可能。

 とはいえ大きな揺れは無いわけで、言い換えれば心地好い揺れが残ってるのね。

 おかげさまでとてもとても眠いデス。


「ふぁ……」


 眠気に抗いたい一心で欠伸を噛み殺しはしたものの、大して効果は無い。

 いや、気分の問題なのであるはず。あることにしよう。

 人の目も無いし、王都まではまだかかるし寝てもいいっていえばいいんだけど──。


 バァンッと花火のように大きな爆発音で眠気が吹き飛ぶ。


「今のは『救援弾(リリーフ・シグナル)』の!」


 すぐにノックの音が聞こえ、小窓を開けて応じる。

 護衛の一人が見事な手網捌きで馬車に並んで馬を走らせていた。


「近いわね!?」

「はい! 進路から少し逸れますが、向かわれますね!?」

「当然よ!」


 馬車は速度を落としてはいるけど、今日は風が強くて抑えてないと髪がさらわれちゃう。

 暴れる髪の毛を纏めながら、話す対象を御者台の二人に変える。


「いったん停めて! 私が外に出る! コニーは中に!」

「かしこまりました!」

「お嬢様! 自分は先行します!」

「お願い! 私達もすぐに後を追うから!」


 慌ただしく窓から頭を引っ込めてスカートを剥ぎ取る。

 お茶会事件を踏まえて、スカートの中にズボンを仕込んでおいて良かった。

 スカートだって着脱しやすい巻きスカートを作ってもらった。


 馬車が停まってすぐに剣を掴んで飛び出て、コニーの移動を手伝う。

 一分一秒を争う状況だからね。役目が逆だとかそんなことは言ってられない。


「無理はなさらないで下さいね!」

「護衛のワイトとパークスもいるわ、安心して!」

「お嬢様、馬の準備が出来ました!」

「わかった、すぐに行く!」


 コニーを馬車の中に押し込んで御者のもとに急ぐと、私の乗る馬が用意されていた。

 馬車を引く馬を二頭から一頭に減らして、用立ててくれたわけね。


「急がなくちゃいけないの、重いだろうけど頑張ってね」

「こいつもそいつも、賢いやつです。ちゃんと分かってますとも。

 さ、お嬢様。行ってください」

「ありがとう。コニーを頼むわね」

「お任せ下さい」


 御者の手を借りて馬に飛び乗る。

 鞍をつけてない馬の背中は心許ないけど、そこはこの子を信じないと。


「お願いね」


 ポンポンと首を叩けば落ち着いた眼差しが返ってくる。

 うん、大丈夫だ。この子なら大丈夫。


「行くわよ!」

「はいっ!」


 走り出してすぐにワイトと私の馬に差ができていく。

 理由は考えなくてもわかる。

 この子が遅いからじゃなくて、賢いから。

 鞍が無いっていうことは当然、足をかける鐙も無い。

 その状態で速度を出すと私が背中から落ちてしまうって、この子はわかってるんだ。


「ありがとね」


 もう一度、首を叩く。

 ミイラ取りがミイラになるのは私だってゴメンだからね。

 この子の判断が正しい。


「ワイト、私に合わせなくていい! 急いで!」

「ご冗談を! 旦那様の言いつけをお忘れですか!?」


 武器をとるような事態に遭遇しても、必ずどちらかの護衛と行動を共にするように。

 そんなお父様の言いつけが恨めしい。


「今だけ忘れてもらえないかしら!?」

「無理です! 『救援弾』が上がっても決して離れるなとの厳命です!」


『救援弾』。

 かつての女王に「この先、もっとも多くの命を救う」と言われた魔法具。

 名前のとおり救援が必要な時に打ち上げられるもので、魔物に襲われた時に使われることが多い。

 さっきの花火みたいな音の正体はこれ。


 この街道には魔物が出る。だから人通りもとい馬車通りは少ない。

 足が遅くて弱い魔物ばかりだから、馬速を上げて突っ切るなり、武器を持って応戦するなりで対処は出来る。

 王国騎士団の巡回もあるから、困ったことはそう起こらない。

 それなのに救援弾が上がったっていうことは、何かしらのトラブルがあったってことで。


「お嬢様! 見えてきました!」


 倒れた馬車が魔物に襲われてる。

 一人、ううん、二人かな。

 剣で応戦してる女の人と、その後ろにもう一人いる。

 パークスが頑張ってるけど、数が多くて手が追いついてない。


「こういう時の手筈は覚えてらっしゃいますね!?」

「私が守備! 要救護者を守ることに専念よね!? 覚えているわよ!」

「結構! ではお嬢様! お願いしますよ!」


 ワイトが馬速を上げて突っ込んだ。

 木のような姿の魔物達を文字通り蹴散らす。

 注意が逸れてる隙に、私は倒れた馬車と魔物の間に馬を滑り込ませた。


「パークス、ここは私が!」

「無茶はしないで下さいね!」

「わかってる!」


 護衛の二人と違って私は騎乗戦闘の経験値はゼロ。

 それなのにいきなり実戦、しかも鞍は無し──なんて状況に挑むほど私は無鉄砲じゃない。

 出来ることを、しなくちゃいけないことをするのが大事!

 馬から降りて剣を持った女の人の前に立つ。


「下がって! お連れのかたの状態は!?」

「動けないんです、体を強く打ってしまったみたいで……!」


 声が若い。

 ちゃんと姿を見てないけど、もしかしたら私と同じくらいかもしれない。


「意識と脈は!?」

「どっちも大丈夫です!」

「では、お連れのかたに肩を貸す準備を! 少ししたら当家の馬車が来ます! そうしたら貴方がたはそちらに!」

「はいっ!」


 返事が力強くてほっとした。

 こっちの指示を信用してくれてるのがわかる。

 今は余計なやり取りをしてる余裕なんか無いからね。


 木のようなこの魔物──木もどき(ツリーフェイラー)は、こんなふうに群れで馬車を襲うようなタイプじゃない。

 木に擬態して待ち、近付いてきた生き物を襲う魔物。

 それがこんなふうに群れをなして襲ってくるなんて。


 一体一体は雑魚だけど、数が多い!

 ワイトとパークスが頑張ってくれてるけど、捌ききれずに私のところまで抜けてくるのがいる。


「ふっ!」


 一、二と斬りつけた魔物が軽い音を立てて倒れてく。

 斧槍(ハルバード)なら一撃でやれたのに! 遥華の体だったら舌打ちしてたよ。

 こいつらは弱い。けど、硬い。

 本来は集まっててもせいぜい四、五体だから剣を扱えるなら倒すのも難しくない。

 でも、目の前にいるのは二十を軽く超えてる。


「お嬢様! やれますか!?」

「当然! これで音を上げるほど未熟ではないわよ!」

「上等です!」


 剣を握り直し、敵を見据える。

 全身に張り巡らせた魔力を感じながら、私は剣をふりかぶった。










 多くの生物と同じように、魔物も種によって性質が変わる。

 ほとんどの魔物がより上位の魔物に従うけど、狂乱犬は上位の魔物であっても縄張りへの侵入者には牙を剥くとか。

 風船鳥(バルーンバード)は獲物を狩るために自分の体を破裂させるけど、たまにそれで死んじゃうやつがいるとか。

 木もどきの擬態の次に特徴的な性質として、逃げないところがあげられる。

 逃げない。本当に逃げない。

 危機を感じないのかなんなのか、逃げない。

 戦闘になったら最後の一体になっても敵に向かう。


「今ので最後かしら」

「そのようですね。念の為、あたりを見回ってきます」

「お願い」


 ちょうどうちの馬車が見えてきた。

 倒れた馬車が走れるかは御者に見てもらうとして。


「怪我はない?」

「はい、大丈夫です」


 振り返って、私は息を飲んだ。

『さきはな』の主人公──アイリス・グレイがそこにいた。

いいね・☆評価ありがとうございます。

どちらも励みになります。



この国では救援弾が上がった時に、救援に駆けつけないと罪に問われます。

平民は努力義務。

商人が護衛を大量につけてるけど無視した時に罰するために。

逆に、小さな子供を抱えていたため駆けつけられなかったというような人を罪に問わないために。

一方で貴族は義務です。

護衛無しの子供の独り歩きでも無ければ罰せられます。

なので、護衛が付いていても近場しか未成年だけの移動はさせません。

平然と遠出させるのは三大侯爵家くらいです。

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