29話 指導
「ヴィクトリア、そっちに一匹行くぞ!」
「はい!」
勢いをつけて突っ込んできた魔物に斧槍を振るった。
ギャインと濁った悲鳴をあげた魔物は木に叩きつけられ、血を流しながらピクピクと震えてる。
ちゃんとトドメを刺すか悩みかけたところで、またお父様が。
「もう一匹! 今度は一回り大きい!」
「はい!」
さっきと同じように、わざと脇を抜かせる。
確かにちょっと大きい。
犬の顔で猪の体格の魔物──狂乱犬は見た目そのままの突進力を持ってる。
腰を落としてより強い一撃に備えながら、前に大きく足を踏み出して斧槍を突き出した。
狂乱犬は突進の勢いそのままに、斧槍に突き刺さる。
「ぐっ……!」
わかってたけと、重い!
かかる衝撃は身体強化をかけても簡単に殺せるものじゃない。
ざざざと踵で轍を作りながら体が後ろに下がってく。
「このっ!」
さらに強く身体強化をかけて押し返して斧槍を引き抜き、狂乱犬のふらつく体に斧槍を叩き込んだ。
肉を断つ感覚に嫌悪感は湧くけど、全身を駆け巡る前に戦闘による高揚がそれを押し流していく。
お父様のほうも、もうすぐに片付くところ……とか思ってたら片付いた。
周囲をざっと見渡しても、別の魔物はいない。
なら、さっさと血抜きしよ。
取り出したナイフで頸動脈を切り、血を抜いてる間に腸を抜いていく。
狂乱犬は『シャドブ』の序盤に出てくる雑魚、のはず。
『シャドブ』ではもうちょっと首が細くて犬って感じだったんだけど……いま捌いてる体は猪そのものなんだよね。
違う魔物かとも思ったけど、動きが『シャドブ』序盤の犬まんまだから同じ魔物なんだと思う。多分。
もう一匹もと思ったら、すでに森番が手を付けてた。
は、早い……さっきまでお父様のほうのをやってたはずなんだけど。
「お嬢様、血を拭ってください」
「顔についてる?」
感染症が怖いから、顔に着いた血はすぐに拭けって言われたけども。
袖で拭こうとする私を見て、森番は首を横に振った。
「いえ、そうじゃないです。武器です。血は落とせる時に落とさないと。
こっちは自分がやっとくんで」
「あっ……」
そうだった、うっかりしてた。
血か付いた金属は錆るのが早いんだった。
包丁を使ってた時は肉や魚を切ったらすぐに洗ってたのもそういうことなのに、初めての狩りで緊張して、すこーんって頭から抜けちゃってた。
いけない、いけない。
「ありがとう、頼むわね」
斧槍を振って血を落とし、さらに布で刃に付いた血や脂を拭き取る。
昨日、ジェイクにも言われてたのに綺麗さっぱり忘れちゃってた。
次はこんなことないよう、ちゃんと覚えとかないと。
「ヴィクトリア、大丈夫だったか?」
「はい、お父様。武器を拭くのを忘れていたことを除けば、何も問題はありません」
話しながら魔物除けの処置をしてくれてる森番の動きを目で追う。
私が小さい頃からずっといるけど、名前を教えてくれないんだよね。古参の使用人ですら名前で呼ばないし。
「初めての狩りでそれなら充分だ。私の時はかかってしまって、父や森番たちが止めるのに苦労していた」
「かかる?」
「一種の狂乱状態だな。高揚のあまり恐怖や疲労感が麻痺し、次々に敵を求めてしまう。
駆け出しはなりやすい」
ハイになって、頭のストッパーが仕事をしなくなっちゃってる感じか。
気をつけようと思いはするけど、気をつけてどうにかなるものでもなさそう。
「さて、事前に話していたとおり、次の休憩ではヴィクトリアに魔物除けをしてもらう。
その確認をしておこうか」
「はい」
お父様は木の根元に座り込み、水筒を取りだした。
私にもそうするように首肯ひとつで促される。
「では、ヴィクトリア。魔物除けに必要なものは?」
「『魔力散らし』か清水で、その一帯を囲むように撒きます」
読んで字のごとく。儀式で数日かけて清められた水が清水。
ここから、『純なる魔力』を持つ神官たちがさらに数日かけて儀式を行うと聖水になる。
進化前が清水、進化後が聖水ってわけね。
「そうだな。では『魔力散らし』と清水の違いは?」
「『魔力散らし』は漂う魔力を一時的に散らすかわりに強い匂いが出るので、鼻が効く獣型には効果が薄いです。
清水ではごくごく一時的ではありますがその周辺が清められます。魔物は清浄を嫌がるので、獣型にも効果があります。
ただし、弱い魔物にしか効かない為、状況に応じて使い分け、あるいは両用が必要となります」
「狩りの魔物除けに聖水を使わない理由は?」
「費用対効果が悪いからです」
「ぶほっ!」
森番が吹いた!?
自信ある答えなのに!
「すみません……」
「いや、仕方ない。私も少しばかり危なかった」
お父様も口角を震わせて!
なんで笑うの!
「すまない、ヴィクトリア。お前の答えがおかしいわけではなく、いや、その……言いかたがだな……」
気付いてるからね、森番。
お父様の後ろで肩を震わせてるの、私は気付いてるからね。
お父様もお父様でじわじわきてるのか、くくって押し殺そうとして失敗してる笑い声が漏れ聞こえる。
なんか悔しい……。
「あー、うん。それで、ヴィクトリア。費用対、ぐっ、効果が悪いというのは?」
お父様、取り繕うなら最後まで頑張ってほしい。
「聖水は強力な魔物除けになりますが、狩りの小休止のために使うにはあまりにも高額です」
一本でうちの新人メイドの月収がが軽く吹き飛ぶくらいのお値段しちゃうんだよね。
「それに狩りという目的を考えれば、魔物が離れすぎてしまうのは難点となります。
魔物討伐の慣らしに来ているといのに、魔物と会敵しない状況を作るのは本末転倒です」
貴族の狩りは娯楽として行われることもあるっちゃあるけど、基本的には戦闘訓練だ。
騎士や魔術師志望の子女に、管理された環境下で実戦経験を積ませる為のね。
まあ、狩猟場を持てる家なんてあんまりないんだけど。
狩猟場に出来る土地が限られてる上に、維持管理が大変なんだよね。
「うん、いい答えだ。では逆に、聖水での魔物除けが有効な局面は?」
「住居を襲われた民の仮設避難所や、破られた塀の応急処置でしょうか」
「もう一つ。もっとも多い使われかたがある。考えてみなさい」
なんだろ。
最も多いってことは、出くわしやすい局面ってことだよね。
魔物に近寄らせたくないものが出るような局面で、避難所でも建物の応急処置でもないって何が……あ。もしかして。
「魔物の死体処理を待つ間、ですか?」
「正解だ、ヴィクトリア」
お父様は満足そうに頷くと、水筒を振って見せた。
「強い魔物の死体は、時にさらに強力な魔物を呼ぶ。その理由は、わかるな?」
「魔物が魔力あるものを食らうからですね」
魔物の定義は単純。
魔力を食べる生き物。もっと言えば、魔力を持つものを襲い、食らう生き物だね。
狂乱犬みたいに魔力を持たない家畜を食べる魔物もいるけど、魔力を持つ生き物と魔力を持たない生き物を並べたら、狂乱犬は必ず前者を襲う。
強力な魔物になればなるほど、魔力を持たないものを食べなくなり、より魔力の高いものを求める。
そして、彼らの食事になる魔力の高いものの中には、魔物の死体すら含まれている。
「理由はその時々によって違うが、とにかく、魔物の死体を置いておかざるを得ないことはままある。
そういった時に、より強力な魔物を呼び込まないよう聖水での魔物除けが行われるというわけだ」
なるほど。
浄化したいけど神官の到着を待たなくちゃいけないだとか、燃やしたくてもすぐに燃やせないこととかもあるんだろつな。
ちゃんと覚えとかないと。
「旦那様」
教わったばかりのことを頭の中で繰り返そうとしたまさにその時、森番が低い声で呼びかけてきた。
「どうした?」
深く被ったフードの下から森番はじっとりとした視線でこちら──特にお父様を見てた。
「勉強は結構ですが、お嬢様を休ませてください。
まだ体が出来上がる前の若者を、現役騎士の有り余る体力基準で考えるもんじゃないです」
「……すまない」
呆れ果てたような声音に貫かれたお父様は、気まずそうに目を泳がせた。
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狂乱犬は食べれます。




