28話 手網
レジナルド・ハル。
『さきはな』の魔法科ルートの攻略対象。
普段はちょっとおどおどしてて気が弱く見えるタイプ。
魔法科ルートだから当然、魔法師。
高等教育機関を出てない魔法師は『葉無し』って呼ばれて、魔法師として働いても半人前っていうかアルバイト扱い。
魔法師としてやっていきたいなら『葉』は何がなんでも取っておきたいところ。
魔術師はそうでもないんだけどね。
『葉無し』でも働き口は山ほどある。
水魔術で洗濯がやれるくらいの魔力量があれば裕福な家のランドリーメイドとして歓迎されたり、火と風魔術使える『葉無し』同士で組んで洗濯屋を開業したり。土魔術は農村や建築関係で大人気だったり。
それはおいといて、今はまだ『葉無し』のレジナルドだけど、『さきはな』開始時点ですでに『蕾』としてやっていけるだけやっていけるだけの技術力があるという設定だった。
三人以上の『蕾』から、あるいは『花』一人からの推薦があれば高等教育機関の修了をすっ飛ばして『葉』になれる特例がある。
レジナルドも推薦を貰おうと思えばもらえたっていう設定だったんだけど━━。
「スターリーミントの量は減らせるはずなんだ。でも、ただ減らすだけじゃダメだ。手触りが悪くなる、大理石とはこれじゃ呼べない」
「レジナルド!」
「真水を冷やしてみるか? いや、それじゃスターリーミントが馴染まない。なら逆に」
「レジナルド! 聞いてんのか、おい、レジィ!!」
レジナルドの兄弟子で、ブリッジ商会の魔法師でもあるジャックががくがくと肩を揺すっても反応無し。
作業に没頭するあまり周りの声が何も聞こえなくなるレジナルドに他の誰かが声を掛け続ける光景は、ゲーム中ではよく出てくる場面。
ゲームでは見る度に「わぁ、めんどくさーい」って笑ってたけど、実際に見ると「うわぁ……めんどくさーい……」になった。
彼の師匠がレジナルドに特例を使わなかった最大の理由がこれ。
集中しすぎて周りが見えなくなるのは珍しいことじゃなくて、魔術師や魔法師にはよくあること。
でも、レジナルドは度が過ぎてる。声をかける程度じゃ反応がないからって、ジャックの肩揺すりが今なお継続中なくらいだし。
並の魔法師ならともかく、才能があるレジナルドが集中し過ぎる状態が続けば、いつか進んではいけない領域にまで足を踏み入れてしまう。このまま魔法だけに専念させてはいけない━━レジナルド達の師匠はそう考えたのね。
それで、少しでも多くの人と交流させ、より多くのものを学ばせるために高等教育機関に進ませることにしたわけ。
ここらへんの事情はレジナルドのルートで知る話ね。
それにしても、どうすればいいかな。
レジナルドはまーーーだブツブツ考察を呟くばかりで私の存在にも気付いてない。
「すみません、若、お嬢様、本当にすみません!」
とうとうジャックは、肩を揺すってはこちらに頭を下げるなんて器用な真似を繰り返し始めた。
そのうち泣き出しちゃうかもしれない。
「貴方は悪くないじゃない。気にしないで」
「本当に、本当にすみません! おい、レジィィ!!」
気にしないでとは言ったものの、私がジャックの立場でも絶対に気にしちゃうな……。
職場のお偉いさんが新人の様子を見に来てるっていうのに、自分が指導役になってる新人は挨拶もせずずーっと会計ソフトとにらめっこ━━うぇ、想像しただけで吐きそう。
「戻りまし━━うわぁ、大惨事……」
声のしたほうを見ると、目つきが悪く華奢な男の子が。
「ミック、待ってた! 待ちかねてた!!」
「兄さん、落ち着いて……」
ああ、この子がもう一人の魔法師のミックか。
ジャックが拝むような眼差しでミックを見てるけど、そのミックの視線は私とアランの間を反復横跳びしてる。
「ミック、紹介は後にしよう。すまないが、先にレジナルドを戻してくれ。そうしないと話が始まらない」
「わかりました」
ミックが私にぺこっと頭を下げたかと思うと━━レジナルドの肩を二本の親指で強く指圧した。
「ぎっっっっ!?」
レジナルドは悶絶したかと思うと、机に突っ伏してピクピクしてる。
え、なに、今の。そんなやりかたがあったの……?
「見苦しいものをお見せしたことをお詫びいたします。今のが例の悪癖です」
「よくわかったわ」
こめかみを抑えるアランは溜め息を吐かないようにするので精一杯って感じ。
ううん、ずっと怒鳴るのを堪えてたのかもしれない。
まだピクピク震えてるレジナルドを一瞥すると、アランはミックを示す。
「新入りの魔法師のミック・スカーフです。ミック、このかたがヴィクトリア様だ」
「ミック・スカーフです! 精一杯頑張ります!」
「ヴィクトリア・テイラーよ。よろしく」
はっきり言って、ミックはどこにでもいる少年の代名詞って感じの見た目だ。言葉を選ばずに言うとモブ。
華奢で目つきが悪いけど、貧しい平民にはよくある話。それに、茶髪にダークブラウンの瞳の組み合わせは珍しくもなんともない。
レジナルドの髪色はよく見かけるダークブラウンだけど、アイスブルーの瞳はなかなかお目にかかれない。
だから余計に、ミックの平凡さが際立つというか。矛盾してるけど、他に言いようがないし。
でも、でもね。だからこそっていうべきかもなんだけど━━。
「レジィ、しゃんとしろ。俺らがみっともない真似すると、紹介してくれた先生が恥かくんだぞ」
「でもミック、もっといいレシピに出来そうなんだ」
「それは後。今日は大事なかたにご挨拶しなきゃなんないって、若が言ってただろ。
ほれ、立て。背中が丸い、今だけでも背筋伸ばせ。
ちゃんと挨拶して、真面目に仕事してよく思ってもらえればレシピ研究の応援だってしてもらえるかもしれないだろ」
「あ、そっか。挨拶……どうしよう、ちゃんとしようって思ったら緊張してきた……」
「深呼吸、深呼吸しろ」
レジナルドの手網を握ってる手腕が輝いて見える……。
『さきはな』の中で、こんなにもうまくレジナルドを扱うキャラは一人もいなかった。
しいて言えばレジナルドルートのアイリスだけど、攻略していく中でレジナルドの意識が変わったからなんだよね。
もともとのレジナルドをどうにか出来てたわけじゃない。
なのにミックときたら、スイッチが入った状態のレジナルドを引き戻し、何が大事か説明して準備をさせる一方で、私達に「すみません、ちょっと待ってください」って目配せしてきてるんだもん。
友達を家に迎えに行った時のお母さんがこんな感じだったな。
「すみません、お待たせしました!」
「あの、レジナルド・ハルです。よろしくお願いします。……あ、そうだ、い、一生懸命やります」
「レジナルドもよろしく」
対人トラブルを起こすんじゃないかってちょっと不安だったけど、ミックがいてくれるならレジナルドも大丈夫そう。
ジャックの態度を見ても、ミックを頼りにしてるのがよくわかるし。
「ではヴィクトリア様、部屋に戻りましょうか」
「そうね。まだ話したいことがあるし、なによりお茶を飲みたいもの」
「そのお言葉、妻が喜びます。さ、お前たち。作業に戻りなさい」
魔法師たちは頭を下げて、それぞれの持ち場に戻った。
レジナルドだけはそのまま戻ろうとしたのを、ミックに言われてから慌てて頭を下げてたけど。
私とアランは作業場を出て、廊下を歩く。
応接室のある二階への階段までくれば、もう作業場の声は聞こえない。
「ねえ、アラン」
「なんでしょうか?」
「わざとあれを見せたわね」
「おや、気付かれてしまいましたか」
「わかってたくせによく言うわ。理由はミック?」
「はい。手の早さこそジャックの半分ほどですが、ミックの作業は丁寧です。
頼まれた仕事は嫌な顔ひとつせず引き受けますし、なにより先程のようにレジナルドを上手く扱えます。
数字として書き表せない部分に彼の価値がよく表れているので、そこを見て頂きたかったのです」
アラン、ミックをかなり高く評価してるみたいだね。
「とはいえその為にミックを外に出しましたが、ここまで見事にレジナルドがやってくれるとは思ってませんでしたよ」
「レジナルドの作業速度は?」
「ジャックの三倍近いでしょうか。おかげで、加工を待って溜め込んでいた品を次々と出ていっています」
なるほど。
レジナルドの手が早いからこそ、暴走を止めれるミックが重宝されてるってわけね。
「安心して。アランの采配に口出しするつもりはないから」
「ありがとうございます」
むしろミックにはレジナルド対策として私も期待してるくらい。
ミックもレジナルドも初対面だし、これまで接点がある間柄ってわけでもないから、「レジナルドを止めれる逸材は大事にしてね!」なんて言えないんだけどね。
言いたいけど、言わなくても問題なさそうだし。
これで雀牌の生産数問題は解決かな。
予想外だった三人目の攻略対象との遭遇も、思ってたよりもスムーズにいけた。
収穫が大きくて、まだ昼が過ぎたばかりなのにすでに今日の満足度が高い。
まあ、攻略対象に雀牌を作らせてるっていう事実からは目を背けなくちゃいけないわけだけど。
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