25話 ギフト
「お姉様!」
この世で最も可愛い存在が駆け寄ってくる。
背後に大量の花が見えるし、フローレンスが一歩踏み出すたびに花びらが舞ってるのも見える。
そんな至高の妹が私の腕の中に飛び込んできた。
我が家、最高だよ!
「お帰りなさいませ!」
「ただいま、フローレンス。元気にしていた?」
「お姉様がいらっしゃらないから、寂しくてたまりませんでしたわ」
やだ、可愛い!!!
抱きしめた腕に力を込めかけちゃったけど、フローレンスを潰しちゃいけないって思いとどまった。
私の理性はとても偉い。
「他に変わりはなかった?」
「はい、つつがなく。ただ、ジェラルディン叔母様から近いうちにお姉様にお会いしたいと」
「ジェラルディン叔母様が?」
ジェラルディン叔母様はお父様の妹ね。
亡くなられたお母様の代わりに、侯爵家の女主人の役割や、家門全体の騎士団員以外の人員をまとめてくれてるんだ。
フローレンスにそこらへんを教えても貰ってる。
「私に約束なんて、珍しいわね」
ありがたいことに、叔母様は私が騎士になるという目標を全力で応援してくれてる。
叔母様自身、騎士になりたくてなれなかったかららしい。
だからか、よく屋敷に来てるのに、大事な用がなければ私と会おうとしない。
もちろん、ばったり会ったりしたら立ち話したり、そのままお茶をしたりはするんだけどね。
あとは訓練中とか、窓越しに目が合うことはよくある。
すごく暖かい眼差しだから、叔母様と目が合うと胸が暖かくなるんだよね。
「どういうご用事か聞いている?」
「お姉様と私に見て欲しいものがあるとだけ。何かは教えて貰えなかったんですの。
ジェラルディン叔母様ですから、おかしな話では無いと思うのですけれど」
「私もそう思うわ。必要なものがあれば仰ってるはずだし、深く考えずにいましょう」
「はい、お姉様。あの、それと……」
あ、ダメ! ダメだよ、フローレンス!
そんな上目遣いで私をチラチラ見ないで、強く抱きしめたくなる!
私の堅牢な理性が崩れちゃう!!
執事のイーサンからは生暖かい目を、リサからはすごく冷めた目を向けられてるって分かってるのに抗いがたい誘惑。
「今日は、ゆっくりなさるのでしょう?
お姉様と久しぶりにお茶をしたいのですけれど、ダメでしょうか……?」
ガロゴロと、鋼の理性が崩れ落ちる音が聞こえた。
私の妹は、とても、とーーーーーーーーーっても、可愛い。
結論から言うと、叔母様は全く問題は無いけれど、私にとって大事な話を持ってきた。
「開けてご覧なさい」
二つの布張りの箱をテーブルに置かせて、ジェラルディン叔母様はそう言った。
中に入ってるのは小ぶりの装飾品かな。ブローチとか、指輪とか。あとはシンプルな耳飾りとか。
軽い気持ちっていうか、特に深く考えもせずに蓋を開いた私は息を呑んだ。
「美しいでしょう?」
「ジェラルディン叔母様、これは……」
私が開けた箱の中には透き通った輝きを放つネオンブルーの宝石が二つ、鎮座していた。
式典で王族の耳を飾っていてもおかしくないくらいのサイズ。
「トルマリンですか?」
「ええ」
ネオンブルーの宝石を遥華は知ってる。
パライバ・トルマリンだ。
あまりにも美しい色で、そのまま最初の鉱床の名前を与えられたトルマリン。
最初の鉱床は枯れてしまって、パライバ産のという意味ではもう二度と新しく生まれてくることはない石。
私が知ってる限りでは、この世界にパライバなんて場所は無いから違うものではあるんだけど。
「貴女の母親からの預かり物です」
「お母様から……?」
「ええ。貴女が生まれた時に手に入れられたものだそうです。婚礼の時に、身につけられるものをと」
それから叔母様はフローレンスに目を向けた。
「義姉上はフローレンス、貴方にも宝石を用意したかったのですが……あの頃は、その余裕がありませんでした」
フローレンスが生まれて、お母様が亡くなられるまでは一年もなかったんだ。
ちょうどその頃、魔物が異常発生しだして、騎士団どころかテイラー家の兵も総動員することになった。そのせいで屋敷もずっと慌ただしくてね。
お母様は身重の時から、領民の食糧確保に襲われた村から逃げ出した人達の受け入れ先の用意と動き回ってた。
産後も、そう。ジェラルディン叔母様や執事のイーサン、家政婦長が止めても、「私は領主の妻です。このような危機的状況に動けぬ貴族に、民はついてきません」って、進言を退けて。
そして無理がたたって、亡くなられた。
「ですから、私が代わりに用意しました」
「叔母様……」
フローレンスの箱にはピンクがかったオレンジの宝石が一つ。
大きいから、あれなら首飾りになるのかな。
じっと宝石を見つめるフローレンスに、ジェラルディンおば様は苦笑した。
「大変でしたよ。
これほど美しいトルマリンは見たことがありませんでしたし、探しても見つからなかったのですから。
ならば他の石をと思っても、この石と同じくらいに強い感銘を受ける石にはなかなか出会えずで。
これだ、と思えるものを見つけるのに十年もかかってしまいました」
大変だったなんて言う癖に、話す声も眼差しも暖かくて優しくて。
なにより、母親からの贈り物が嬉しくて涙が滲んでくる。
私がパライバトルマリンを知ってるのは、母さんが遺してくれたから。
ジュエリーでもなく裸石でもなく、原石だけどね。
二十歳の誕生日に、父さんが我が家で唯一の小さな金庫から取り出して見せてくれた綺麗な石。
死んだ母さんが私にって遺してくれた原石。
社会人になってお金を貯めて、加工してもらうって決めてた石。
まるでお母様と母さん、二人から贈り物を受け取ったみたい気分。
「でも、叔母様。これは、これほどまでの宝石は……」
フローレンスは戸惑って、叔母様と私、そして箱の宝石と視線をさ迷わせてる。
この世界では宝石の価値が現代日本よりも跳ね上がってる。
その理由は魔術や魔法にあるんだけど、それは置いといて。
私のもフローレンスのも、日本でも何百万円はするはずで、ここなら倍以上の価値になると思う。
貴族の娘でも躊躇うほど、おそろしく高価な石なのは見ただけでもわかる。
しかもフローレンスは魔術や魔法に詳しいから、私たちに出された宝石の価値もわかっちゃったんだろうね。
お母様だけで用意したものなら、フローレンスも素直に受け取ったと思うんだ。
でも実際に用意したのは叔母様で、本人の性格からして侯爵家のお金は使ってなさそう。
だからフローレンスは喜ぶよりも先に戸惑っちゃったんだね。
私はフローレンスの華奢な肩を抱き寄せた。
「受け取りなさい、フローレンス」
「でも、お姉様」
「叔母様はね、貴方のためだけじゃなくて、お母様のためにも贈りたいのよ」
「お母様のため?」
「そうよ。叔母様はお母様のお気持ちを大事にしてくださったの。
貴方のものを用意したくても出来なかったお母様の願いを叶えようとお考えなの」
緑色のつぶらな瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちた。
私はそんなフローレンスの頭を撫でる。
思えば、フローレンスの涙を見るのっていつ以来だろう。
「二人とも、まだ終わりではありませんよ。
どのような装飾にするかを決めなくてはなりませんからね。
フローレンス。家政婦長に言って、家宝のネックレスを持ってこさせなさい。
どちらの石も、あれに合わせられるデザインにするといいでしょう」
「わ、かりましたわ、叔母、様」
流石はジェラルディン叔母様だね。
使用人じゃなくてフローレンスに言いつけたのは、取り繕う時間をあげるため。
こういう気遣いを自然と出来るようになるのって、どのくらいの時間が必要なんだろ。
私はお礼の言葉の代わりに小さく頭を下げた。
ジェラルディン叔母様は鷹揚に頷いて、それを受け取る。
気遣いへのお礼はこのくらいがちょうどいい。
そうジェラルディンおば様に教わったもんね。
宝石のお礼は、フローレンスが戻ってきたら改めて。姉妹揃ってにする。
「もう少し、あの子が母親を偲べるような物が残っていたら良かったのですが」
今度は私が苦笑する番だった。
お母様は持ってた宝石は騎士団に供出、装飾品やドレスは片っ端から売って領民の食糧や魔法薬にしたんだって。
だから形見はとても少ないんだ。
私がお母様のレターケースを持ってるように、フローレンスもお母様の手鏡を持ってはいる。
けど、なんて言うか……知識として頭に入ってはいるけど、理解はしてない、みたいな。
「ヴィクトリア」
「はい」
「人は悔いる生き物です。後悔したことがない人間などいません。
悔いのない道をと人は言いますが、どの道を選んでも悔いが残るとわかっている選択を迫られもするのが現実です」
ジェラルディン叔母様はパライバトルマリンの箱に視線を落とした。
「いつか貴方にもそんな時が来るでしょう。その時は立ち止まって考えてご覧なさい。
やり直せる機会が与えられたとしても、同じ選択が出来るかどうかを。
もし、出来ると思えたならば。その悔いを、罪だと思ってはなりませんよ」
「叔母様……」
そう言ってふっと笑ったジェラルディン叔母様の目は、迷子みたいに揺れていた。
フローレンスの石はパパラチアサファイアです。
そのまま同じ名前でこの世界にもあります。
頑固なドワーフの中でもとくに頭が固い『厳の一族』の領域にしか鉱床がない為、産出量が少なく、なかなか出回りません。
なので、この世界でも非常に希少な石となっています。
23:43追記
すみません、眠さが極まって大事なこと忘れてました。
いつもいいねありがとうございます。
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