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22話 騎士の鼓動 下

 魔物に魔力を直接打ち込んだか。

 なんのことか分からなかったけど、一秒、二秒と時間が経つ間に、その意味が頭の中に染み込んでくる。

 トドメにやった、影打ちのことだ!


「はい。ですが、意図したわけではありません」

「誰かに教わったのかね?」

「いいえ。短剣一本しか持っていなかったので、なんとかしなくてはと必死で戦ってるうちに……」

「無意識にやったと?」

「はい」

「なるほど」


 ハイアット公爵がお父様を見る。

 お父様は黙って首肯を返した。


 何なんだろう。

 魔物の種類を特定したいんじゃないってことは、わかる。

 影打ちのことを気にしてるんだろうけど、その理由が見当もつかない。


「さて、ヴィクトリア嬢よ。そなたも察しておるだろうが、我々にとって重要なのは魔物の特定ではない。

 そなたがいかにして魔物を討ったか、だ」

「私はただ、必死で」


 私の言い分をハイアット公爵が手で遮る。


「誤解せんでもらいたい。そなたを咎めるつもりはないとは言わんが、罰するつもりはないのだ」


 どういうこと? さっぱりわからない。

 ちらっとお父様を見てみたけど、お父様はまた静かに首を縦に振っただけ。

 安心しろってこと、でいいのかな。


「魔力を体内に打ち込む技を、我々は影打ちと呼んでおるのだがな。この影打ちは禁じ手に近いのだよ」

「禁じ手、ですか?」

「うむ。隠し手と言ったほうが正しいか。だが、大っぴらにしたくない存在であることには変わらん」

「それは何故でしょう? 私は意図して使ったわけではありませんが……それに、そうです。理屈で言えば、考えつく者は珍しくないのでは?」


 だって、純なる魔力でしか治癒が出来ないってことは、言い換えれば普通の魔力──他人の魔力は体の害になるってこと。

 転用して攻撃手段になるっていうのは、ちょっと考えれば思いつくでしょ。


「人の思考には方向性がある。

 ほとんどの人間は、一がそこにあればその一を活かすことに考えが向く。一を二にしようとするものは少ない」


 確かに、私も考えてやったわけじゃない。

 後からこういう理屈だったんだって思ったくらいだし。


「魔術師や魔法師なら気付いてる者も多かろうが、出来るものはそうおらん」

「それは何故ですか?」

「詳しくはあとで説明するが、連中の領分では無いからだな。

 出来るといえばほとんどが騎士、それと身体強化を得意とする者ばかりだ」


 うーん、完全に私だ。

 というか、女性騎士の多くがあてはまるのかな。


「少しばかり話が逸れたか。

 話を戻すが、影打ちを隠し手としてるのは、それが危険だからだ」

「危険、ですか」

「そう、危険なのだ。ガーディナー侯爵」

「はっ」


 ガーディナー侯爵が立ち上がって、右手の袖を捲り上げた。

 服の下には酷い火傷の様な、ただれた肌が広がっていて、私は思わず息を呑んだ。


「これは二十年前、影打ちに失敗して出来たものだ。

 魔力を打ち込む時に、魔物の魔力が逆流してこうなった」

「治癒は、出来なかったということなのですか?」

「そうだ。私の体の中に入り込んだ魔物の魔力が暴れ、複雑に絡みついてしまった。

 この傷は治癒術でも治せない。だが、影打ちに失敗して命を拾えたのは運が良かったほうだ」


 それって、失敗したら死ぬものと思えって、こと、だよね……?

『シャドブ』では隙があればやってた技だけど、そんなヤバいものだって説明は一切なかったんデスガ。

 無意識とはいえ、やってしまった自分が恨めしい。


「影打ちの瞬間には己の魔力と魔物の魔力が繋がってしまう。

 その際、魔物の魔力に負けないだけの魔力制御を行わなくてはならない」

「しかし、それだけの魔力制御を身につけるのは困難を極める。ゆえに、我々は影打ちを隠しているのだよ」

「では、私はどうなるのでしょうか?」


 人に知られるとマズい技を知っちゃったからには消えてもらう、とか?

 待って待って待って。お父様が黙って同席してるってことは、さすがにそれはないと思うけども!

 私が知らない魔術や魔法具なんかで、記憶を消すとかはあるかも。

 でもそんな都合良く部分的に消せたりはしなさそうだし……数ヶ月、数年の記憶はぶっ飛んだり?

 やだやだやだ!


「しばらくの間、ヴィクトリア嬢は近衛で預からせてもらう」


 記憶消してからも様子見ってこと?

 やだやだやだ、やーーーーーだーーーーーーー!

 せめて、せめて記憶消されたあとはお父様やフローレンス、コニーたち皆がいる家がいい!


「自領の屋敷で、というわけにはまいりませんか……?」

「人に知られては困るのでな。ヴィクトリア嬢には悪いが、我慢してもらいたい」


 そんなぁ……。

 意地で神妙な表情を顔に貼り付けてるけど、内心は「卒業するのに単位が足りないよ」って言われたとき以上の絶望だよ!

 いや、足りてたんだけどね。教授が連絡先間違えたとかいう最悪のうっかりをやらかしただけなんだけどね。


「ハイアット公爵、よろしいでしょうか?」

「どうした、テイラー侯爵」

「おそらくですが、娘は思い違いをしています。処遇について一から説明されたほうがよいかと」

「ん?」「え?」


 ハイアット公爵と二人同時にお父様を見て、二人同時にお互いを見ちゃった。

 今のはアニメみたいなやりとりだったな。


「ヴィクトリア、お前がどう受け取ったか言ってみなさい」

「口外を出来ないように何かしらの処置を行われた後、様子見のために近衛に留め置かれるものだとばかり……」

「そんな物騒な真似はせん!」


 そんなことだろうと思ったとばかりにお父様が溜息を吐いた。

 ジジイ悲しい、そうぼやいて唇を突き出すハイアット公爵。

 急にお茶目ご愉快おじいちゃんを見せられても困るんデスケド。


「今のはハイアット公が悪いかと」

「同感です」

「左に同じ」


 サザーランド伯爵の呆れたような言葉に、ガーディナー侯爵とダンフォード侯爵がすかさず同意を示した。

 私が勘違いしてたのも仕方ないってことだよね、良かった。


「僭越ながら、私が説明させて頂きます。よろしいですね?」


 うーん、強い。すっごく強いよ、サザーランド伯爵。

 この「よろしいですね?」は「文句は言うなよ?」の言い換えだもん。


 身分階級だけで見れば、この五人の騎士団長の中で一番低い。

 俗に言う『平民上がり』なんだよね、この人。

 王国騎士団の団長は一代貴族──つまり、一代限りの爵位を授与されて伯爵になる。

 引退と同時に爵位は返上、元の立場に戻るのね。

 サザーランド伯爵だと、騎士を続けてる間は準貴族、騎士も辞めるなら平民だね。

 まあ、財政事情が怪しい貴族よりも豊かな暮らしを送れるくらいの年金が下りるんだけど。


 そんな立場の人が、王族の公爵をこの扱いだもん。

 公爵は拗ねたふりをしてるけど、反対してるふうじゃないし、他の三人も当たり前のことって感じで流してるし……それだけ信頼されてるんだろうね。


「まず、ヴィクトリア嬢が懸念するような真似はありえないことを約束します。安心してください」


 ほっとしたぁ。

 はっきり言葉で言ってもらえて助かる。


「ハイアット公は影打ちを()()()()()()とおっしゃいましたが、近いと付けられたのは、使い手が騎士に数人いるからです。

 失敗談として話されましたが、ガーディナー侯爵もその一人です」

「『元』がつくがな」


 サザーランド伯爵は本人のその言葉に苦笑いだけを返して、また私に視線を向ける。


「ヴィクトリア嬢のように、偶発的に影打ちを行ってしまった者はときどき現れるのです。

 そのような人物は騎士団で身柄を預かり、魔力制御の技術を徹底して伸ばしてもらいます」

「伸ばすのですか? 封じるのではなく?」

「ええ。影打ちの魔力制御は複雑ですから、偶然にでも成功させた若者なら影打ちをモノにしやすい。

 そうなれば、より多くの命を救えますから。

 幸いと言うべきか、今のところ騎士を志望する者しかいないので、このような処遇となっています。

 もちろん、口外は禁止としていますがね」


 思ってたよりも遥かに甘いっていうか、優しい処遇だ。

 そう思わない人もいるんだろうけど、少なくとも私にとって悪いことはなさそう。


「人の目がつきやすい場所での修練とはいかないので、ヴィクトリア嬢には近衛騎士団に行ってもらいます。

 これが先程のハイアット公の「近衛騎士団で預かる」という言葉の理由ですね」

「なるほど」

「表向きには「ヴィクトリア嬢が優秀であるため、ハイアット公がしばらく預かることにした」としています。

 嘘ではありませんから、気恥ずかしいかもしれませんが、ヴィクトリア嬢もそういうことにしておいて下さい」

「はい」


 近衛騎士団ってなると、当分は王都暮らしかぁ。

 フローレンスとはしばらく会えないって思うと、すっっっっっっっごく寂しい。


「ああ、そうだ、言い忘れてました。今日すぐにでもというわけではありませんよ。

 ヴィクトリア嬢にも()()があると聞いていますので、二ヶ月後からの半年間の予定です」

「お時間を頂けるんですか?」

「もちろんです。お互いに準備も必要ですから」


 助かる、すんっごい助かる!

 エルヴィラ様からの用事も片付けなくちゃいけないし、家のことも指示を出しときたいし、なにより、会えない間のフローレンス成分を蓄えときたいし!!


 考えかたを変えると、フローレンスと会えないのだけは寂しいけど、より強くなれるのは間違いなく今後のためになるからね。

 いい機会だと思って頑張ろう。


「ありがとうございます。頂いた機会を大事に使わせてもらいます」


 そう言い切った私を見て、ハイアット公爵は満足気にうなずいた。

 対して、サザーランド伯爵とお父様は困ったような感情がちらついて見えた。

 その理由を聞くことは出来ないまま、退室を促された私は部屋を出るしかなかった。

風邪を引いたので来週の更新がちょっと怪しいです。


順調に執筆出来た場合は幕間。

体調が悪ければ設定資料の更新になります。


7/26追記

風邪が悪化したので更新なしです。

設定資料の更新も難しいです。

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