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15話 苗色の瞳に映る者

「あら、雪」

「私、この冬では初めて見ましたわ」

「私もです。この冬は暖かい日が多いですから」


 お茶会は和やかに進む。少なくとも表面上は、和やか。

 高位貴族の娘だけが集められたエルヴィラ様主催のお茶会は、ご息女のルシンダ第二王女と令嬢たちに経験を積む機会として用意されてる。

 今日みたいに、オリーヴィア第二妃殿下、第三妃のメルセイディス様が同席されることもある。

 王室や他の高位貴族とのラインを作りつつ、王妃主催のお茶会で経験も積めちゃうんだから貴族令嬢側からしたらメリットしか無い。

 まあ、エルヴィラ様の目的が他にもあることに気付いてる令嬢は半分くらいだろうけど。


「ルウェリンも暖かいようですね、安心しました」

「はい。街道の整備が順調に進むと、父も喜んでおりました」


 こういうのとか。

 エルヴィラ様は令嬢たちを通して領地の、もっといえばその家の情報を探ってる。

 もちろん国は地方の役人や密偵からも情報を得てはいるんだろうけど、立場によって見えるもの見えないものがあるからね。


「パトリシアはルウェリンを訪ねたことは?」

「いいえ、ございません。ですが春までに家族で行ってみようかと、父と母が話しておりました」

「まあ、パトリシア様。ルウェリンはルーウィンゆかりの地ですもの。是非お越しくださいな」

「私が初めてルウェリンを訪ねたときは、母国に戻ったかのような錯覚を抱いたほどです。エイミス伯爵夫妻には私からも勧めておきましょう」


 パトリシア様は、オリーヴィア第二妃殿下の母国ルーウィンの公爵家に嫁ぐことが決まってる。

 国策の一環っていうこともあり、パトリシア様はオリーヴィア第二妃殿下からじかにルーウィンの教育を受けてる。

 ルーウィンは小さい国だけど、いろいろと変わってるっていうか面白い国なんだけど代名詞の一つに温泉があったりする。もっと有名な代名詞は別にあるんだけど。

 で、そのルーウィン様式の浴場に感銘を受けた大昔の国王が整えさせた温泉地がルウェリン。


 温泉。

 いいなー、入りたいなーって心が引っ張られるのは日本人だったからだよね。

 お風呂はあるんだけど、こう、日本人の心には物足りないというか。

 具体的にはお湯がぬるい。温水プールと同じか、もうちょっと温かいくらい。

 そのせいか、さっぱりはするんだけどほぐれるような心地よさが無くて悲しい。


「私はルーウィンに赴いたことはありませんが、荘厳な建造物が立ち並ぶ景色に強い感銘を受けたことを、今でも覚えております。

 オリーヴィア様がルウェリン伯爵とともに、私にルーウィンのことを教えてくださったのも、良き経験でした」

「メルセイディス様は知識欲豊かでいらっしゃるから、私もつい熱が入ってしまいましたわ」

「新しいことを知る喜び、しかも現実を知ってらっしゃるかたから頂く知識は、私にとっては女神からの恵みにも等しいのですもの」


 でも、なんだって温泉上がりの瓶牛乳ってあんな美味しく感じるんだろうね。

 牛乳はあれば飲むけど好きって言えるわけじゃない私でも、温泉上がりの瓶牛乳には心惹かれるもんなぁ。

 その後、体が温かいうちにビールを一杯ぐびっとやって、晩酌に移行できるとなお良し。

 さらに雀卓があればもうなにも言うことはないね。

 酒のんでぎゃーぎゃー騒ぎながらの麻雀が平安の時代にあったら、清少納言だっていかにオツなものか枕草子に書いてたに決まってる。


「新しいことと言えば、ヴィクトリア」

「はい、なんでしょうか?」


 ヤバ、めちゃくちゃ他人事で別のこと考えてたのバレた?


「エルヴィラ様、その話は私から」

「そうですね。頼みました、オリーヴィア」


 オリーヴィア第二妃殿下の視線が私に向けられる。

 エルヴィラ様はお茶会以外でもちょこちょこお声がかかったりするし、メルセイディス様は亡くなったお母様と親しかったからなにくれとなく気にかけて頂いてるけど……オリーヴィア第二妃殿下って、エルヴィラ様のお茶会でしかお話する機会がないから、なに言われるか全く想像つかない。

 変なことじゃなきゃいいんだけど。


「近頃、麻雀という遊戯を生み出したそうですね」


 変なことだった。

 やだよ、王族から麻雀なんて単語聞くの、なんかやだよ!


「はい、改良の余地はまだあるかと思いますが……複数人で出来る卓上遊戯として、父のご友人がたに楽しんで頂いてます」

「それは謙遜でしょう。確かに殿方が多いようですが、嗜まれる女性も少なくないと聞いております」


 その情報の出どころ、ルシンダ様やパトリシア様だね。

 エイミスは王都に次ぐ流行の発信地。あそこに広まれば、もっと流行るだろうなーとかは思ってたけども。思ってたけども!

 王妃主催のお茶会で第二妃からその話されるなんて、誰が想像つくよ。


「そこで、()()()もその一人になろうかと。ヴィクトリア、貴方に教えてもらいたいのです」


 私たちって言ったよね。私たち。

 話の流れからして、エルヴィラ様は間違いなくその一人。

 メルセイディス様は──ちらっと見たら、ばっちり目があって、にっこり微笑まれた。

 あ、そうですか、その一人なんですね、わかりました。


 教えるのは、いい。

 お妃がたに囲まれるのも、まだ、頑張れる。

 いちばん怖いのは、この()()()()()()()()()が万が一いたらどうしようってことで。

 この国でいちばん偉い人に麻雀教えるとか、いくらヴィクトリアになったとは一般人の遙華には無理!

 精神が! もたない!!


「安心なさい、陛下はすでにテイラー侯爵から教わってます」


 何を心配してるかエルヴィラ様にバレてた。

 いや、その前にお父様なにやってんの。いやいや、でもそのおかげでいちばん怖い事態は避けれたからグッジョブっていうことで!


「かしこまりました。明日、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「もちろんです」


 手紙じゃなくて直接、しかも人前で話を出されたあたり、すぐにでもって言われてるようなもんなんだよね。

 気が重いイベントをこなせたってホッとしてたらおかわり来ちゃった。


「楽しみにしてるわ、ヴィクトリア」


 ほわほわにこにこ微笑むメルセイディス様の言葉が救いなような、そうでないような。

 私の胸中を隠しとおすべく、完璧な微笑の仮面を顔に貼り付ける。

 きっと、エルヴィラ様にはバレてるだろうけど。










 後宮からの帰りは、少し楽。面倒ごとが明日まではまず増えないって、わかってるからね。

 用事はもうないから寄り道させてもらおう。


「少し中庭を見たいわ」

「ご案内いたしましょうか?」

「いいえ、一人で歩かせてちょうだい」

「かしこまりました。私はこの場で待機しておりますので、お帰りの際はお声がけください」


 ヴィクトリアは城に呼ばれてもこんなふうに寄り道はしなかったから、中庭の記憶がない。

 中庭に足を踏み入れるのは正真正銘初めてってわけね。


 ところどころに配置された低木は綺麗に刈り揃えられていて、季節がくれば花をつけて目を楽しませてくれそう。

 他人の目から隠れられる程度の高さだけど、完全に体は隠れないっていう絶妙なライン。

 誰かがいるのはわかる、でも誰かまではわからないってのが大事なんだろうな。

 詮索されたくない人にはうってつけって感じ。用事があってきたけど、ひと目は避けたいって人には重宝されてそう。

 そうじゃなくても、低木の内側に入っちゃえば緊張感のある城内とは違う空気だから、一息つけていい感じ。

 まあ、目立つ外側で堂々と昼寝してた人もいるけど。


 今はちょっと寂しいけど、春になったらたくさんの花が咲いてるはずだから、次のお茶会のときも散歩しよう。

 王城の中庭は広いけど、何十分も時間を潰せる場所じゃない。

 植物が好きなら、花が咲いてない季節でもじっくり見て回ろうって思えるのかもしれないけど、私は違うので。


 低木の壁の間を抜けて、さっきの女官のところに行こうとしたら──うわ、マジか。

 思わず息を呑む。

 セオドアが、まだ、いた。


 今起きたとばかりに、セオドアはベンチからゆっくりと体を起こす。

 あれから何時間も経ってるから、まだいるなんて思いもしなかった。


 なんでだろう。

 理由がひとつも思いつかないくらいに、私はセオドアの黄緑の目に釘付けになる。

 固まってしまった私なんか視界に入ってないかのように、セオドアは欠伸をしながら体を解してる。

 せめて、頭を下げるなり挨拶の言葉なりが出てくればいいのに、私はなんにも出来ない。

 そんな私をセオドアの目が捉えた。


「珍しい」


 これが、私か初めて聞いた『さきはな』のメインキャラの言葉だった。

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