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14話 婚約への限界時間

 王城は広い。

 王家の居住スペース、謁見の間、国王を始め宰相や大臣たちなど重鎮の執務室とそれに付随する部屋。

 来賓用の部屋に、高位貴族に与えられた部屋、さらに女官や役人たちが使う数々の部屋、厨房などなどなど。

 挙げ出すとキリがないくらいにいろんな場所があるから、広くなって当然ではあるんだけど、そのせいで移動が大変。


 好きに移動できたらショートカットも出来るんだろうけど、悲しいかな私の身分はそこまで高くない。

 女官に案内されるままに場内を歩くだけ。

 侯爵令嬢って言っても、立場であって身分ではないっていうか。

 これが王族の婚約者なら『いずれ王族に連なる人物』っていう身分になるけど、今の私は『侯爵の娘』ってだけだからね。

 飾らずに言えば、親のすねをかじってる、自分の身分を持ってない小娘。

 我ながらかなり嫌な言い方だけど、これが事実なんだよね。


 せめてさ、馬車を降りてすぐに目的地があるならいいんだけど、王妃殿下のお呼ばれなんだよね。

 王族の居住スペースである後宮のほうに行かなくちゃいけない。

 かなり遠い。階段の上り下りがないだけマシだと思おう。


 渡り廊下に出ると、中庭を散策する人達が見えた。

 今はあまり花も咲いてないけど、手入れが行き届いた庭を歩くのは気持ちよさそうでちょっと羨ましい。

 お茶会が終わったら私も歩かせてもらおう。


 そんなことを考えてたら、オレンジとも赤とも言える特徴的な髪色が視界に入った。

 反射的に体が強ばる。


「セオドア・ガーディナー……」


 シャツの第一、第二ボタンを留めてないだけでも貴族としてはラフな服装なのに、ベルトやカフスボタンも派手でオマケに右耳に大きなピアスと装飾過多。

 あげくに、城の中庭で堂々と昼寝してる。

 とても侯爵家の次男には見えない。

 フィリップ王子の友人だってことを抜きにしても、かなりの強心臓じゃないと出来ないよ。

 なんかもう、態度が我が物顔というか、勝手知ったるなんとやらというべきか。

 ここまで来ると羨ましさはまったく感じない。むしろ、よくやるなぁっていう感心が勝つ。

 ヴィクトリアなら呆れたんだろうけどね。


 遠目で人をまじまじと、それも寝てるとこを見るのは良くないからチラ見で終わらせる。

 庭を眺めてましたっていうふうを装えば誰も疑わないはず。

 前を歩く女官の後ろ姿に視線を戻し、私はその場を後にした。











「よく来ましたね、ヴィクトリア」

「妃殿下、ご機嫌麗しゅうございます」


 案内された後宮のサロンには、私と同じ立場の──高位貴族の令嬢は一人もいなかった。

 代わりに、背後に女官や侍女を従えたエルヴィラ王妃殿下が一人で席に着いて待っていた。

 これは予想外。

 他の令嬢たちよりも早い時間に呼ばれてるんだろうなとは思ってたけど、殿下だけで待ってるとは思ってなかった。


「驚かないのですね」

「そうでもありません。妃殿下がお一人とは思っておりませんでした」

「メルセイディスのことですか?」

「はい」

「彼女は後から来ます。まずは貴方と二人で話したいのです」


 手振りで促され、席に座った。

 すぐに女官たちが動き出し、お茶を淹れてくれる。

 見てて気持ちいいくらいにキビキビした動きには無駄がない。


 ティーカップをそれぞれの前に置かれる。

 カップやソーサーだけじゃなくて、ティースプーンまで陶器。青で花が描かれた白磁は、妃殿下が生国から持ち込んだものだ。

 妃殿下の生国は、冬の間は雪で閉ざされるくらいに厳しい寒さで有名なんだ。

 雪国だからなのか、妃殿下の生国の食器は白磁に青で模様が描かれてるものが多い。

 でも不思議と温かみがあるんだよね。


「フィリップとの婚約について、貴方の返事を聞きましょうか」


 直球というか剛速球というか。

 妃殿下は回りくどい話が好きじゃない。

 そんな鋭さがあるから、妃殿下は氷と例えられがちなんだけども。


「私は、父の後を継ぎたく思います。ですので、お受けできかねます」

「やはり、テイラー侯爵と同じ答えですか」

「はい」


 妃殿下がティーカップに口をつけるのにならう。

 サロンの中は温められてるとはいえ、寒い季節。紅茶は体を内側から温めてくれる。


「困りましたね。貴方しかいないのですが」

「そのようなことは」

「いいえ、あります。フィリップが王となった時、王妃に相応しい娘はもう貴方しかいないのです」


 なにそれなにそれなにそれ。

 聞いてないんだけど!? 初耳なんだけど!!??

 考えたことだってないし、予想だって無理だよ!

 っていうか、王太子は別にいるし、しかもフィリップは妃殿下の子供じゃないし!!??


「妃殿下、人の耳が」

「構いません。この場には、信用出来る者のみを置いています。他言はありえません」


 つまり、私も人に話すなってことデスカ。


「王太子殿下は──妃殿下のご子息は、とても立派なかただと、あの方が王になられるのであれば、この国は安泰だと、誰もが言っております」

「ええ。贔屓目を抜きにしても、あの子は王の器を持っています」

「なら」

「ですが、それはフィリップにも言えることです。生まれた順で王位を決めるのは浅慮でしょう」


 とんでもないこと言ってるよ、この王妃様!

 第三王子であるフィリップの母親は第三妃で、王妃の息子は第一王子であるエマニュエル王太子。

 エマニュエル王太子の評判はとてもいい。お父様だって、高く評価してる。

 そんな自分の息子と、第三王子で王位を争わせるようなこと言ってるって!


「とはいえ、王位を巡る争いは起こらぬに限ります。王太子がこのまま王になるべきでしょう」


 揉め事を起こしたいわけではないのね。

 ホッとした、心の底からホッとした。

 くすっと妃殿下が笑った。


「安心したようですね」

「はい。父になんと説明するべきかと、考えを巡らしておりました」


 妃殿下はよく氷に例えられる。

 雪国生まれの上に、プラチナブランドの髪に澄んだ青い瞳と、氷を連想しやすい容姿だからね。

 妃殿下は近寄りがたい、冷たさを感じる雰囲気を持ってるのもある。

 でも、今みたいにほんのり口角が上がった顔を見ると、氷じゃなくて春を感じる雪解け水だって思うんだよね。


「フィリップは善き王子です。エマニュエルが王となったらその支えになるのだと、私にも話してくれます。あの子の偽りない気持ちでしょう」

「王子殿下がたの仲がよろしいようで、民の一人として喜ばしく思います」

「しかし、万が一は起こり得るのです。ヴィクトリア、私が陛下に嫁いだ経緯を貴方も知っているでしょう」

「それは……」


 もともと、妃殿下が嫁ぐ相手は別にいた。現国王陛下の兄君である先王の婚約者だったんだ。

 でも、婚姻式も間近という時に先王陛下が急死。それまで元気だったのに突然亡くなられたから大混乱も大混乱。

 王族と王族の婚姻は国と国の繋がりのために行われる。ちょっとやそっとどころか、片方が亡くなったとなっても「じゃあこの話は白紙に」なんてことにはならない。

 婚姻後ならともかく、婚姻前ならなおさら。

 妃殿下はそのまま、継承権第一位の王太子だった王弟──現国王陛下に嫁ぐことになった。

 これだけだと、大変だったんだなってくらいなんだけども。

 問題は、王弟に婚約者がいたこと。

 その婚約者こそがフィリップの実母であるメルセイディス第三妃殿下で、陛下とメルセイディス殿下との婚姻をどうするかで、その時はかなり揉めた。

 王弟は兄王の婚姻を待ってたんだけど、それが裏目に出ちゃったわけね。


「フィリップは陛下と同じく、エマニュエルよりも先に妻を迎えるつもりはないと言っています。

 万が一が起こってしまった時、フィリップの婚約者が()()()の器で無かった場合。どうなりますか?」

「……そのかたとの婚約は解消されるでしょう」

「そうですね。ですが、私はそれを望みません」


 婚約したあとは、関係を育むのが普通だ。

 上手くいくかどうかは本人たち次第だけど、少なくとも陛下とメルセイディス殿下は仲睦まじく、婚約前から恋愛感情があったのではないかと言われるくらいの仲だったらしい。

 それなのに兄王の急死で婚約解消になりかけた。

 妃殿下がメルセイディス殿下を受け入れたからお二人はご成婚出来たんだけどね。

 もし、メルセイディス殿下のご実家の格が低く、王の配偶者に不十分だったら、いくら妃殿下がいいと言って無理だったはず。


「あの子にも、どのようなことがあっても共に在れる伴侶を与えてやりたいのです」


『さきはな』でフィリップは王妃と王太子をとても尊敬してて、そのことを話してくれるイベントがある。

 ゲームで妃殿下は立ち絵なし、セリフなしだったから、「へー、そうなんだ」くらいに思ってた。


 でも、うん。こういう人だからなんだろうな。しっくりきた。

 要約すると、周囲の事情で婚約者と引き裂かれないようにしてあげたいってことだもんね。

 手段はちょっと乱暴というかズレてる気はするけど、悪くは思えない。


 ただ、困ったな。

 ヴィクトリアは、なんて言ってかわしたんだろう?

 婚約者候補だったけど、婚約者ではなかった。

 絶対に受けたくはないけど、この感じは簡単には諦めてくれなさそうだしなぁ。

 うーん、四年後だったらアイリスがどうのこうので逃げれたかもしれない。


「妃殿下のお考えはわかりました」

「その様子では受けてくれるわけではないのですね」

「はい。ですが、妃殿下は引いては下さらないのでしょう?」

「そうですね」


 デスヨネ。

 圧倒的に私が不利。妃殿下には王命っていう切り札が残ってる。


「では、妃殿下。」


 じっと、妃殿下を見つめた。

 澄んだ青い瞳が私を見つめ返してる。

 口の中が干上がってる。

 ない頭を振り絞ってひねり出した案を、カラカラに乾いた口から声に出す。


「賭けをしませんか?」

「ふむ、賭けですか。どのような賭けですか?」

「フィリップ殿下も王太子殿下と同じく、王立学園に入られるのですよね?」

「ええ。貴方と同じ年に入学することになるでしょう」

「でしたら、フィリップ殿下のご卒業までの五年。正確には四年半後ですね。それまでに、妃殿下も納得されるお相手が現れるかどうかを、賭けませんか?」


 妃殿下が目を細める。

 こうすると完全に氷のイメージだ。

 圧を感じて、ちょっと怖い。テーブルの上でドレスのスカートをぎゅっと握りしめる。


「五年とは、ずいぶんと長い時間ですね」

「私は夢を諦めることになるかもしれないのです。このくらいの時間は、頂戴したく思います」

「夢、ですか」

「はい、私の幼い頃よりの願いです。もし、妃殿下の勝ちとなっても……騎士科で学んだ経験があれば、それを糧に生きることが出来るでしょう」


 胸がバクバクする。

 これしか思いつかない。

 妃殿下からの視線が針、ううん、剣のように感じる。


「いいでしょう。その賭けに乗りましょう」

「ありがとうございます」

「ただし、貴方を非公式ではありますがフィリップの婚約者候補として扱います」

「はい」

「それと、今までは貴方の意思を尊重してきましたが、今日これより私のことは名前で呼ぶように。この二つは受け入れるように。いいですね?」


 疑問形だけど、私から出せる返事は一つだけだよね。

 本当は嫌だ。特に前者。

 でも、ここは私が譲歩しないと賭けを潰されかねない。


「かしこまりました」

「よろしい」


 緊張した……すごく緊張した。

 ふうと小さく息を吐く。肩から力が抜けると、どれだけ肩が強張ってたかよくわかる。


「ヴィクトリア」

「はい」


 ホッとしたところに、またなにか!?

 また緊張する私を他所に、妃殿下、じゃなかったエルヴィラ様はティーカップを見つめていた。


「かつて、私にも夢がありました」


 手の中のティーカップを撫でるエルヴィラ様は、どこか遠くを見ているように感じる。

 もしかしたら、故郷のことを思ってるのかもしれない。


「その夢は叶いませんでしたが、今はそれとは別の願いがあります」

「どのような願いか、お聞きしても?」

「秘密です」


 なにそれ、拍子抜けしちゃう。

 顔にちょっと出ちゃったのか、そんな私を見てエルヴィラ様はまた、雪解け水のような笑みを浮かべてみせた。


「賭けの終わりに、貴方に教えましょう。その時の貴方がなんと言うか。楽しみにしていますよ」

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