13話 攻めろ
カタコトと体が小刻みに揺れる。
馬車で王都へ向けて出発してかれこれ三時間。
休憩を挟みつつだけど疲れる。
馬車は侯爵家のものだけあって最上級のものだけど、道が悪いとどうしても揺れてしまう。
こればかりは仕方ないね。
このへんはちょっと前まで雨が続いてたみたいだし。
問題は。
「申し訳ありません、お嬢様。私……そろそろ」
「わかったわ、止めてもらって頂戴」
コニーは小さく頷いて、こつこつと御者側の壁を叩いた。
すぐに馬車のスピードはじょじょに落ちて、ゆっくり慎重に止まる。
口元にハンカチを当ててぐったりしてたコニーは扉が開くと、御者の手を借りてふらふらと馬車から降りていった。
私も後に続く。
コニー、乗り物酔いするタイプなんだよね。
二時間くらいの場所なら、一回か二回くらい休憩を挟めば大丈夫なんだけど、それより遠いところになるとダメ。
私と座る位置を入れ替えてもみたけど変わらなかった。外の空気を吸える御者台が一番マシってことで、酔ったらそっちへ移るのがお約束になってる。
本当は、屋敷で留守番にしてあげたいんだけどね。
屋敷ならまだしも、出先の王都でコニーの代わりを一週間も務めれるメイドがいないっていう大問題がある。
それに本人も同行したがるんだよね。
だから、道中はコニーの体調が最優先。人目がないような、放っといても問題ない状況なら私は放置。
使用人として妥協できる範囲ではあるけど、御者も護衛もそれを踏まえてくれてる。
「んっ」
せっかくなので大きく伸びをして体をほぐす。ひと目も無いし、このくらいいいでしょ。
まだ道のりは半分ってところかな。
あと一時間も進んだ先に小さな町があるから、昼食はそこまでお預け。
うーん、それまで退屈だな。
乗り物酔いするほうじゃないけど、本なんて読んだら流石に酔う。
馬車に一人って、出来ることないんだよね。
ついつい目が、護衛の馬に行く。
すると、護衛の一人と目が合った。
「我慢してください」
笑顔で言われた。
ちっ、あわよくば馬に乗りたいなーなんて考えたのがバレてる。
っていっても乗馬服じゃないから、いいって言われても乗れないんだけどさ。
御者台に移動したコニーはお水を飲んでちょっと落ち着いたみたい。よかった。
様子を見に行きたいけど、私が近くにいるとコニーが休めないんだよね。
深刻な状態なら御者が私のところに来るはずだから、大丈夫なんだろうけど。
「お嬢様、少し歩かれますか?」
「そうね。王都じゃ気分転換の散策も出来ないでしょうし」
「すでに気が重いようで」
「面倒な話が、難しい相手から来るのがわかってるんだもの。憂鬱にもなるわ」
そう返したら、何故か護衛がふっと笑った。
「どうかして?」
「いえ。ヴィクトリア様も変わられたなと思いまして」
「そう?」
「はい。肩の力を抜くのが上手くなられました」
「いい変化かしら?」
「はい。張り詰めた弦は切れやすいものです」
「緩みきった弦で奏でることは出来ないけどね」
ヴィクトリアが変わったんじゃなく、遥華がヴィクトリアになったからなんだろうけどね。
今の私は誰なんだろうねとか、皮肉な考えが頭を過ぎる。
でも、あの日コニーに抱いたような罪悪感は無い。
ヴィクトリアになってすぐくらいの時なら感じたんだろうけど、もう半年が過ぎてる。
ささくれだってた気持ちが滑らかになるにはじゅうぶんな時間だよ。
この道だってそう。
雨の中、何台も馬車が走ったんだろうね。
道には何本もの轍が残って、今は凸凹してる。
けど、また数日以内に均されて平らな道に戻る。
ささくれも、凸凹した道も。人の手があればそのままじゃいられない。
「お嬢様、そろそろ」
「わかったわ」
来た道をそのまま引き返す。
馬車からはそれほど離れてないから、御者台のコニーが見える。
帰るまでには道が平らになってるといいな。
行儀悪く窓枠に頬杖をついて外を眺めてはいるものの。
暇。
とても、とっても暇。
わかってたけど暇。
王都での予定で楽しみなことが一つでもあれば、それに向けてああしようこうしようってワクワク考えも出来たんだけど。
悲しいかな、楽しみな用事なんて一つもないし、なんならさっき護衛と話した面倒なことが待ち構えてる。
「第三王子との婚約なんて、お断りなのよね」
本当に面倒臭い。
しかも、話を持ってきそうなのが妃殿下だからさらに面倒臭いんだよね。
「……ん?」
ちょっと、待って。
や、待って待って待って。
なんで私、今の今までさらっと流してたの!?
婚約だよ、婚約!
色んな意味でさらっと流しちゃダメだよね!?
この半年で貴族としての考えかたに慣れちゃったってのがあるとしてもさ、ヴィクトリアの婚約話は『さきはな』に繋がる部分でしょうが!!
「危なかった……」
綺麗さっぱり忘れてた。
『さきはな』のヴィクトリアが主人公のライバルである一番の理由が、メインヒーローである騎士科の攻略対象──第三王子の婚約者候補だからってことを!
なんで忘れてたかっていうと、『さきはな』でそのことが強調されるのがそれこそ第三王子ルートだけだし、あくまでも『候補』がつくからだし。
それに、私がヴィクトリアになった時点では、第三王子には別の婚約者──クロフォード公爵令嬢シルヴィアがいたし。
考えなきゃいけないことは他にもいっぱいあったし。
だからというか、なんというか。
うん、忘れてました。
いや、でもさ。
婚約者『候補』だった理由がこれでわかったね!
やむを得ない事情で婚約解消になったとはいえ、すぐに次の婚約者をぽんと決めちゃうのは第三王子だけじゃなく、かつての相手のためにも良くない。評判的な問題でね。
王族の婚姻は国策にも等しいから、慎重にならなきゃいけないってのもある。
だから、候補者をリストアップして、相手の様子や本人たちの相性や家のあれそれを見てっていうあれこれをしてるとこだったわけ。
まあ、ヴィクトリアなら絶対に断ってたはずなのに『候補』のままだったのは、他にいい人物がいなかったからなんだろうけど。
やったね、原作で理由がわからなかった問題が一つ解決したよ!
いや、どうしても知りたかったことではないんだけどね。
私も断るつもりでいるしさ。
嫁いだらテイラー侯爵家を継げないからね。かといって第三王子の婿入りは絶対にありえない。
ここで婚約を了承しても、私の死亡回避に繋がるとも思えないしね。
でも、話を持ってくるのはまず間違いなく妃殿下だから、断るのにも気を遣うんだよね。
婚約話はただただ面倒なだけってのは変わらない。
じゃあ何が問題かって言うと、攻略対象二人と接触する可能性があるってこと。
一人は第三王子。名前はフィリップ・エドワード・ウォルター。
ヴィクトリアとの仲は悪くなかった。
『マンションの同じ階に住んでて、連絡先の交換はしてないけど、気持ちよく挨拶しあう関係』みたいな感じ。私もといヴィクトリアからの印象も良いほう。
王子だから当然、王城に住んでるわけだし、なんと言ったって当事者。お茶会にいてもおかしくはない。
もう一人は魔術科の攻略対象でガーディナー侯爵家の次男、セオドア・ガーディナー。
こっちはあんまり良い関係じゃなかった。
ゲーム中ではどっちも棘でちくちくしてるなって感じだったけど……うん。
私がヴィクトリアになった今ならわかる。
かなり、すごく、とても、セオドアのこと嫌いだったんだね、ヴィクトリアって。
会うかどうかはなんとも言えない。フィリップと仲はいいけど、いつも一緒ってわけじゃなかったし。
「どうしよ……」
今までと同じ態度でいるべきなのか。もう少し友好的になるべきなのか。
私の正直な気持ちとしては、今までと同じ態度でいきたい。
原作から離れて、何がどうなるかさっぱり読めないのが怖いし。
でも。
昨日の麻雀の記憶……じゃなくて、父さんの言葉がぐるぐると浮かんでる。
「一度腰が引けたら、考えが一本道になりがち」ってやつ。
今っていうか、ここのところ日和りすぎてる気がする。
わからないからって考えるのを先延ばしにするだけならまだしも、積極的に動いてない。
「こんなんじゃダメ、だよね」
役満に怯えてばかりじゃ勝てない。
守り続ければ負けないってわけでもないんだから、どんな安い手でもいい。攻めよう。
麻雀を作らせたときの行動力を思い出せ。
方針って言えるほどのものじゃないけど、どうするかは決めた。
窓の外の景色が変わり始めた。町が近づいてきてる。
それはつまり、王都も近づいてるわけで。
戦場なんていうと大げさかもしれないけど、王都には戦いにいくような気持ちに変わってる。
まだはるか先の、見えもしない王都を睨みつけた。
「どんとこい、王都。どんとこい、お茶会バトル」