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12話 守ったら負ける

麻雀部分はスルー推奨です。

「ポンです。お父様、頂きますわね」

「む」


 フローレンスが鳴いた。二回目の鳴きは「西」で、一回目は「南」。


 フローレンスは北家で、しかも捨牌(かわ)には萬子と筒子ばかり。

 そしてドラは南。

 卓を囲む全員が警戒を強める。


「穏やかじゃないね、フローレンス」


 八索を切るお父様。

 お父様はフローレンスから見たら下家だから、チーはできない。


「困ります」


 困ってるとはとても思えないくらいに涼しい顔のリサが中を切った。

 ひぃ、心臓に悪い。


 いかにも混一色(ほんいつ)みたいな捨牌だけど、これにはまだ奥がある。

 フローレンスが切った字牌は白だけ。

 それも、初手じゃない。


「緊張するわね」


 私の手牌には發が一枚。そしてツモってしまった東。

 全員の捨牌に無いこの二枚が恐ろしく危険な牌になってしまった。

 なぜなら、フローレンスが字一色(やくまん)の可能性を大きく残してるから。

 怖い、怖すぎる!


「そういえばお姉様が王都に向かわれるのは、来週から?」

「ええ、そうね。一週間はあちらにいるわね」


 言葉は口からすらすら出るのに、何を切るべきかはすごく悩む。

 鳴いてタンヤオ(食いタン)してさっさとあがれる手牌じゃない。かといって勝負に行くだけの手牌でもない。

 くそー、対子(2枚)の九萬が邪魔すぎる。こいつらは安牌だって割り切ったほうがいいかも。

 フローレンスは私の下家、つまり私はフローレンスの上家だからチーだって出来る。

 字一色じゃなくても、混一色ほんいつか対々和にドラ三で満貫以上は絶対にある。

 なにか役牌を暗刻(3まい)揃えてる可能性だってあるし……なんにしろ、絶対に当たりたくない。


 ここまでを、頭をフル回転させて考えること一秒。

 浮いてる二索を切る。


「一週間もお姉様がいないなんて、寂しくなりますわ」

「私も気が重いわ。言っても仕方がないのだけれど」

「ヴィクトリア。前も言ったが、あの話についてはお前の好きにしなさい。

 お受けするにしてもお断りするにしても、我が家が受ける利益と不利益には大して差がない。

 だから、家のことは気にせず、お前の気持ちで決めなさい」

「ありがとうございます、お父様」

「あ、リサ。それポンですわ」


 リサから出た發が持ってかれた!

 いや、もう發で良かったと割り切ろう。ダブル役満じゃなさそうなだけマシ、きっとマシ。


 お父様もここにきてフローレンスの本当の恐ろしさに気付いたみたい。

 眉間に皺が寄ってる。

 お父様だって頭はいい。ただ経験が少ないから、気付くのが遅かっただけ。麻雀始めて三ヶ月だし、これはどうしようもない。

 ただただフローレンスの麻雀センスと運が良すぎるのが悪い。

 リサはいつものポーカーフェイスで、なにを考えてるんだかさっぱり読めない。


「クロフォード公爵令嬢は本当にお気の毒ですわ。婚約解消だなんて」

「静養のためとはいえ、国を離れなくてはならないのでは仕方ない。クロフォード公爵は、肩の荷がおりたと笑ってさえいたよ」

「あのままではとやかく言い続ける家も多かったでしょうから、ようやく手に入れた平穏が喜ばしいのでしょう」


 触らぬ神に祟りなし。ベタ降りに限る。

 捨牌から読める安牌を切っていく。


「そうだろうな。クロフォード公爵は、令嬢が心穏やかに過ごせるかどうかをずっと気にかけていた」

「だからこそ、クロフォード公爵令嬢がお気の毒なのですわ。ご両親がご自分のことを考えた上で、その結果が婚約解消ですもの」

「優しいのね、フローレンス。でも、彼女ならきっと大丈夫よ」


 お父様もフローレンスに勝負をしかけるつもりはないみたい。

 対してリサは、ちょっと怖い。お父様や私の捨牌とは言え、索子をたびたび切ってる。


「そういえば、お姉様はクロフォード公爵令嬢とお会いしたことがありましたわね」

「ええ。体調を崩すまでは、シルヴィアも王妃殿下のお茶会に呼ばれていたから。

 叶わないだろうけれど、いつか外国を旅できたらと、夢を話してくれたのを覚えているわ。意外と、外国に行けると喜んでるかもしれないわね」

「そうだといいですわね」

「きっとそうよ」


 運命の海底(さいごの)牌がリサに握られる。

 バクバクと強く脈打つ私の心臓を後目に、リサは一瞬の迷いもなくツモを切った。

 その牌は──東!!

 私とお父様は同時に息を呑んだ。

 そして、やっぱり同時にフローレンスを見る。


「残念ですわ」


 そう言ったフローレンスだけど、少しも残念そうには聞こえない。

 むしろ、鼻歌を歌いだしそうなくらい軽やかな手付きで手牌を開示してみせる。

 その中に、東は一枚もなかった。










「フローレンスにしてやられたわね……」

「お嬢様、まだおっしゃいますか」

「そのくらい悔しいのよ」


 フローレンスは確かに索子で待ってはいたけど、混一色じゃなくてまさかの混老頭だった。全く予想もしてなかっただけに悔しい。

 しかも、それだってあがれるとは思ってなくて、私とお父様なら降りると踏んでいたから鳴いたんだって。私の妹はほんとに賢いし可愛い。

 東はリサが対子で持ってたし、しかも海底でツモった東を切ったのはフローレンスが持ってないと確信してたからっていうんだから、こっちもなかなかの強心臓だよね。


「反省もそのくらいにされて、早くお休みください」

「そうね」


 素直にベッドに潜り込む。

 天蓋付きのベッドは、乗り込むって言ったほうがいいかもしれないくらいに大きい。

 リサがその間に部屋の照明を落とした。

 サイドボードのランプだけが暗闇の中で光を放ってる。

 細かなプリーツ越しの明かりはぼんやりと柔らかい。


「おやすみ、コニー」

「おやすみなさいませ、お嬢様」

「……でもやっぱりすぐに降りたのは良くなかったと思うの」

「お嬢様、寝てください」

「ごめんなさい」


 きゅっと唇を結んでお口チャック。こっちの世界じゃ絶対に通用しない言葉だね。

 コニーはくすりと微笑んで、部屋を出ていった。

 扉が静かに閉じたのを確認してから、手をかざしてランプを消す。

 高価だけど、持ち主ならこれだけで消せるんだから魔法具って本当に便利。


「ああ、日和っちゃったな。せっかくの親だったのに」


 リサくらいの強気が必要だったな。

 そういえば父さんにも「遥華は一度腰が引けたら、考えが一本道になりがちだな」って言われたことあったっけ。

 あの時も確か、役満の影に怯えて降りちゃダメなのにさっさと降りちゃったんだよね。


 ふはあああと特大の溜息を吐いて、瞼を閉じる。

 貴族の令嬢らしくないかもしれないけど、今は私だけだし別にいいや。

 人前でならちゃんと相応しい振る舞いは出来てるわけだし、それが貴族の嗜みっちゃ嗜みなんだけど。

 あ、だからか。

 特別親しいわけではなかったのに、シルヴィアが話してくれたことが強く印象に残ってるのは、あまりにも無邪気に笑ってたからなんだ。

 うん、納得した。


 ……。

 いや、待って。

 そうじゃなくて、なんだろ。

 なんか、忘れちゃいけないっていうかさくっと流しちゃいけないことがあった気がする。

 なんだろ、引っかかるな。

 昨日感じた、見落としがあるようなモヤモヤに関係あるような気がするんだけど。


 ダメだ、すっごく気になるのに思いつかない。

 今日もまた、明日以降の持ち越しになるのか。

 魚の小骨が喉に引っかかったまんまみたいな気持ち悪さが続くのって嫌なんだけど。


 もう一度深く溜息を吐いた。

 なにはともあれいい加減、寝よう。寝不足は嫌だし。

 すぐに考えそうな思考を強引に白紙にして、眠りにく。

 でも、モヤモヤの海の中の眠りはとても心地が悪かった。

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