11話 二の舞いはゴメンだ
いいねありがとうございます
励みになります
カンカンと、木剣と木剣がぶつかり合う音が小気味よく響く。
汗が滝のように流れ始めた頃、ジェイクが後ろに下がって腕を下ろした。
「そろそろ休みましょうか」
「ええ」
控えていた侍従からタオルを受け取って汗を拭う。
ひー、数日ぶりの運動はすっごく体に響く。
いつもならなんてことないのに、今日はあんまり余裕が無い。
継続は力なりっていうのはこういうことなんだなって実感するね。意味はちょっと違うんだろうけど。
「ありがとう」
「頂きます、ありがとうございます」
汗を拭き終えたタオルを回収し、入れ替わりにはちみつ漬けのレモンと水を渡してくれる侍従には感謝だね。
ちゃんとジェイクにも振る舞われたんだけど、ジェイクはレモンの酸味が効いたのか、優しげな顔がきゅってすぼまったのが愛嬌があっていい。
教えかたが上手い以外にも、こういう子供にもとっつきやすそうなところがあるから、ジェイクは私の指南役に選ばれたんだろうな。
「久しぶりに体を動かしてみて、いかがでしたか?」
「感覚と動きの差が大きくて、合わせるよりも上のことが出来ないわね。毎日の鍛錬がいかに大きいか身にしみて感じたわ」
「想定と体験には超えられない壁があります。これもいい経験として、糧にしてください」
「それと、もう少し剣の訓練を増やしたほうがいいかもしれないわね」
「そうですね」
斧槍をぶん回してる私でも、剣は扱えなくちゃいけないから、定期的にこうやって剣の稽古も受ける。
騎士には剣が欠かせないからね。
なぜかっていうと、剣じゃないとダメなシチュエーションって意外と多い。
例えば室内戦だと斧槍なんてぶん回せないから、剣に頼るしかない。屋外でも、剣は振れてもそれより長い武器になると無理ってことはある。
お城とか偉い人の屋敷だと、護衛として武器の携帯を許されたとしても、まず持てるのは剣だけと思ったほうがいいくらい。
そんなわけで、剣は騎士にとっての必修項目的な扱いなんだよね。
ヴィクトリアも、もともとはちゃんと剣の訓練をしてたんだけど、斧槍を使うと決めてからは剣の稽古の時間は減っていってる。
私がヴィクトリアになった頃からは、週に一度か多くても二度ってとこかな。
斧槍をちゃんとぶん回せるようにって、そっちばかりやってたけど、いざという時のためにもうちょっと剣を鍛えたほうがいい気がするんだよね。
でも、肯定していたジェイクが予想外のことを言ってきた。
「ですが、鍛錬の内容はしばらくはこのままにしておきましょう」
「あら、どうして?」
思わず目が丸くなる。
ヴィクトリアが斧槍を使うって言い出した時、ジェイクは(お父様もだけど)いい顔をしなかったから、諸手を挙げて賛成すると思ってた。
「念の為に確認しますが、斧槍を諦めるわけではないのですよね?」
「いいえ、まさか」
「でしたら、現状維持ですね」
そう言って、ジェイクは水を飲んだ。
一気に飲んだわけでもないのに、二回に分けて飲んだだけでグラスはもう空だ。
一口が大きいのかな。
「肉体の魔力許容量は増やせるんですが、お嬢様はご存知でしたか?」
なにそれ、初耳なんだけど。
「初めて聞いたわ。情けない、勉強が足りないわね」
「いいえ、仕方無いことです。これを知っているのは騎士だけでしょうから」
「どういうこと?」
「実は、幼い頃から身体強化を行ってきた騎士と、そうでない騎士の魔力許容量には大きな差があります。
騎士団に数年も籍を置けば、みな、自ずと気付きます」
「そんなに違うの?」
「はい。なんせ、あの薬を飲む回数の桁が違いますから」
ジェイクの優しげな眉が困ったようにへにょって下がる。
そして、私の背筋がぞわっと粟立った。
「あの薬」
「はい、お嬢様も体験なされたようで」
名前は言われなくても、どの薬かはすぐにわかった。
ジェイクは口に出したくないみたい。
かくいう私は、脳が名前を刻みつけることを拒否したので名前を覚えてない。
ジェイクがぽんぽんと二の腕を叩いた。
騎士にしてはやや細めのジェイクだけど、シャツの下に鍛えられた筋肉があるのは間違いない。
「鍛えれば鍛えるほど、体は強くなります。それと同じで、身体強化を使えば使うほど、魔力許容量は大きくなります」
「つまり、強い身体強化を使う斧槍の訓練を続けることで、魔力許容量を伸ばそうってことかしら?」
「はい、仰るとおりです。そしてこちらは推測の域を出ませんが、恐らく魔力許容量の成長は肉体の成長よりも早くに止まります」
なるほど。
私の魔力許容量の成長がいつ止まるかはわからないけど、少なくともまだ止まってないってジェイクは考えてるわけね。
だから現状維持ってことか。
「わかったわ。では、このまま続けましょう」
「私としては、剣だけにして頂きたいんですけどね」
「それは聞けない話よ」
「わかっております。お嬢様に斧槍の才が無ければ、私も団長もかけるべき言葉に困らなかったんですけどね」
お互い、顔を見合せて苦笑する。
ヴィクトリアが斧槍を使うと決めたのは、目立つ為。
お飾りの指揮官なんかじゃなくて、前線にも出る指揮官なら目立つ存在じゃなければならない。
例えば、魔物に襲われた村へ向かったとして。騎士団長がいるってひと目でわかるっていうのは、とても重要だから。
騎士団のトップが来てるってことは、絶対に守るっていう意思表示に他ならないからね。
女にしては背が高いほうの私だけど、ガタイのいい男性が多い騎士としてだと小柄だから、騎士に囲まれると埋もれちゃう。
だから、ヴィクトリアはわかりやすい大きな武器を持って存在をアピールしなくちゃいけないって考えたんだよね。
「それにしても、騎士しか知らないっていうのは驚きね」
「正確に言えば、魔法師や魔術師たちも気付いてはいるのです。ただ、条件を揃えた状態での比較検証が出来ない不確かな説を口にしたがらないので……」
「ああ、なるほどね」
ついでに言うと、騎士団の魔法師や魔術師は戦闘のための魔法や魔術の開発や鍛錬のが大事だから、あんまり興味示してないんだろうな。
「さて、そろそろ再開しましょうか」
「ええ」
そばにいた侍従たちがさっと下がった。
ここにいる彼らは心得がある人だけだから、ジェイクや私が指示するまでもなくじゅうぶんな距離を取ってくれる。
おかげで彼らが離れるのを待つ必要がない。
木剣を構え、剣先をジェイクに向ける。
私が両手で握ってるのに対して、ジェイクは片手だけ。空いた手は利き手に添わせてはいるけど、柄を握ることはほとんど無い。
「今度は、先程よりも少し早く打ちますよ」
返事はしない。
かわりに、私は意識の焦点をジェイクに合わせた。
「はああぁぁ……」
お風呂は最高。お風呂しか勝たん。
バスタブに浸かればオッサンじゃなくっても声は出る。
疲れてるときならなおさらね。
「容赦してくれて、これだもんね」
持ち上げた腕に纏わりついたお湯がバスタブへと落ちていく。
右の二の腕にある、出来たばかりの細長い痣を擦る。
結局、あの後は追いつくので精一杯どころか何度か合わせられなくて体を打たれちゃった。
どっちも木剣の時は訓練魔法なんてかけてないから、いくつか痣になってる。
痛いしやっぱり怖いけど、こっちのほうが健全だと思う。
なんて言えばいいのかな。
訓練魔法は、忘れちゃいけないはずの恐怖を、いつか忘れちゃいそうな気がして嫌なんだよね。
まあ、上手く使っていかなくちゃいけないことはわかってるんだけどね。私の気分の問題。
「ん~~~~」
めいっぱい体を伸ばして、バスタブに体を預ける。
だらんと力を抜くと、お湯の中でちょっとだけ体が浮く感覚が好き。
浮いてるっていうには心もとなくて、地面に引っ張られてるっていうには弱い。そんな感覚がいいんだ。
「それにしても」
天井に顔を向けたまま、目を閉じる。いや、やっぱ開けとこう。
遙華の死因が死因だから、万が一でも寝ちゃうようなことは避けるべき。
ぷるぷると頭を振って、頭を切り替える。思考が脱線しちゃうとこだった。
はっきりした根拠はないけど、ジェイクは『シャドブ』のジェイクだと思ったほうが良さそう。
『シャドブ』のジェイクも騎士で、顔は兜で隠れてたから同じ顔かはわかんないし、名前はよくあるものだけどさ。
口調も同じだけど、それだって特徴的なものじゃない。
でも、ただの偶然って片付けるには、一致してることが多い。
これがさ、ただの友好的NPCってだけなら悩むことなんてなかった。
あのゲームのジェイクは、彼のイベントを進めると死んじゃうキャラだ。
違うでしょって楽観的に考えて、『シャドブ』のとおりに死んでしまったらって思うとゾッとしちゃう。
それなら、同一人物だって考えて対策を練ったほうがいい。
絶対に死にたくないって思ってるけど、周りの親しい人たちが死ぬかもしれないのを知らんぷりしてまで生き残りたいわけじゃないからさ。
「あー、ダメだ、考えることが多すぎる」
バスタブから手を離し、お湯に体を沈める。一瞬で体を起こして、口から酸素を取り込み、顔のお湯を払った。
少しはスッキリするかと思ったけど、全然ダメだった。
考察は全く進まないのに、考えなくちゃいけないことはどんどん思いつくから困る。
死んでも『シャドブ』みたいにやり直せるのか、そもそも私は『シャドブ』の土の立ち位置なのか。すでに『シャドブ』のストーリーは始まってるのか、とか。
いくら慌ててたからって、シャトーブリアンへの質問を間違えた気がする。
でも、ステータス構築をミスると笑えない事態になるし──いや、自分がヴィクトリアで、『さきはな』上の設定を考えたら聞くまでもないことだった気もするし……。
ダメだ、このままだとドツボにはまっちゃう。
パンパンッと顔を叩いて気合いを入れる。その勢いのまま立ち上がってバスタブから出た。
こんな時、やるべきことは一つだ。
「麻雀を打とう!」




