10話 せめて今だけは
しばらくは余裕が無いので、誤字脱字の確認ほぼ無しで投稿になりそうです。
気付いたら修正します。
困った。本当に困った。
何が困ったかっていうと、『さきはな』と『シャドブ』の共通点が全く見えてこないってこと。
「嘘だと言ってよ……」
これを言うのも、ヴィクトリアになってから何度目になるのやら。
トントンと指先でノートを叩いても、当たり前だけど何も変わらない。
都合よく共通点に思い至ったりとかもない。
ため息を吐きながら、二冊のノートを見比べてみる。
『さきはな』のノートに比べて『シャドブ』のノートは真っ白のままのページが多い。
それどころか余白も目立ってる。
『シャドブ』は、主人公が大樹の下で目を覚ますところから始まる。
自分の出自は覚えてるけど、どうしてこんなところにいるのかは全くわからない。
そして、左手の甲には「闇を追い、影を討ち、己を取り戻せ」っていう覚えのない文が刻まれていた。
主人公は何もわからないままに、ただその一文を頼りに歩き出す──っていうのがオープニング。
このゲーム、主人公は喋らないし、ナレーションも無い。
だから、いちいち自分でしっかり噛み砕いてかないと訳がわかんなくなるし、人によって解釈が違ったりもする。
ただ、パッケージや公式サイトでプロローグとして書かれてるから、オープニングはこの解釈で間違いない。
問題は、三つに分岐するエンディング。
一つ目の、素直にプレイしてたら辿り着くエンディングは『いくつもの影を討ち、ひとまずの平穏を得た』っていう、良くも悪くも何の変哲もないもの。
ひとまずってつくのは、「影の時代が終わった……ああ、夜が明けたのだ。しかし、時代は巡る……光が強さを増せば、影もまた姿を取り戻すであろうが、それまでは……」ってセリフがあるから。
ゲームの核心に迫る部分はなにも出てこない。
二つ目は、『主人公が影を統べる神になる』っていう闇落ちっぽい感じのエンディング。
ラスボスの前にいくつかのイベントを発生させないといけない。
ただ、そのどれもが面倒で、しかも敵が強い。『昇華薬』を売ってくれる異国の巫女のイベントもこのうちの一つ。
話の流れは、
『強力な影を何体も倒した主人公はいつしか世界の理を超えるほどの力を手にしていて、影よりも強い影に等しい存在になっていた。
そんな主人公の前に異国の巫女が跪いて、「ああ、我が神よ……ここに御座したのですね」と語りかける』
っていう感じ。
私が一番好きなエンディングがこれ。
で、最後。三つ目は『神殺し』の話。
ほとんどの神が死んだこの世界で、唯一、この世界をあとにして、生き残った神。
この神が元凶というかなんというか。
そもそも影っていうのは神々から生まれた存在で、かつての神々が滅びたときに本来の影も消えた。
今いる影は、かつての神々が生んだ影の残りカス。本当ならそれほど強い力は持ってない存在。
なのにその影が強くなってしまったのは、生き残った神が帰ってきてしまったから。
ロウソクの火のようにか細かった光が太陽のように強くなり、その結果、影が濃くなってしまったことね。
そこで神は、主人公に影を追わせて数を減らすと同時に、主人公を強くして神を殺す力を持たせようって計画したわけ。
で、そのシナリオ通りに行ったのがこのエンディング。
分岐条件は、二つ目のエンディングの条件を満たした上で、異国の巫女を殺すこと。
一つ目のエンディングはいいんだけど、二つ目と三つ目は違う解釈が出てきては、攻略サイトのコメント欄でたびたび議論されてた。
設定資料集が出てたら結論は出てたかもしれないんだけど、悲しいことに発売予定日は私が死んだあの日から二週間後。
『さきはな』よりも一年早く発売されてるのに、設定資料集は『さきはな』より半年遅いってどうよ。
なにか『さきはな』と共通点があればいいんだけど、魔物や怪物が『影』って呼ばれるってのか見つからない。
あえてあげるとすると、一つ目のエンディングと、『さきはな』の攻略対象とのエンディングはどちらも『平和になりました』ではあるけど……王道だから共通点って言っていいのやら。
うーん、キャラや地名も被ってないんだよね。死んでから半年経ってるから、忘れてないとは言えないんだけど。
私、人の考察を見るのは好きだけど、考察するのは得意じゃないんだよね。
考察が出来る人間だったらもうちょいあれこれ考えれたのにって思うと悔やまれる。
いや、後悔したところでどうしようもないんだけどね。
せいぜい、無い頭を絞って考えるしかない。その為の材料が無いっていう問題があるわけなんだけど。
「でも、なんか見落としてる気がするんだよね……」
喉に魚の骨が引っかかってるような、無視するには存在感があるモヤモヤが頭の中で渦巻いてる。
なんだろ。キャラ名? 地名? それともアイテムをなにか忘れてる?
うーん、考えても出てこない。
こういうのって後になって答えが出てくるか、完全に出てこないかのどっちかなんだよね。
困った。
コンコンと、澄んだノックの音が響いた。多分、コニーかな。
ちょうどいいや、一旦ここで一区切りにしよう。二冊のノートを順に閉じていく。
「どうぞ」
コニーに限らず使用人はみんな、返事から少し間を置いて入ってくるから、書き物程度の片付けなら余裕で間に合うのがいい。
日本語で書いてあるから見られても大丈夫だと思うけど、なんとなく嫌なんだよね。日記を見られる感覚に近いのかも。
「失礼します」
部屋に入ってきたコニーは可愛らしい花が詰まった籠を抱えていた。ピンクにオレンジ、白、見てて気分が明るくなる色合い。
可愛いドレスを巡って水面下で仕掛けてくるコニーだけど、私に無断で花を飾ったりはしない。
だから、コニーが用意したわけじゃないんだろうけど、ちょっとびっくり。
「コニー、花なんてどうしたの?」
「エイミス伯爵家からのお見舞いの品です」
「可愛らしいわね。気分が華やぐわ」
テーブルに花籠が置かれただけで、部屋の雰囲気が明るくなった。
たくさんの花弁で雄しべと雌しべをぐるりと囲んでる、ひまわりを小さくして花びらを大きくした感じの花と、指先よりも小さな白い花のカスミソウが籠を彩ってる。
メインの花は結婚式の花束とかプリザーブドフラワーとかでよく見た花なんだけど、遙華もヴィクトリアも花は詳しくないからなんて名前かはわかんないんだよね。
「ガーベラですね」
「ガーベラ?」
「はい。詳しくはありませんが、冬にこれだけの花を用意するのは難しいのではないかと」
「大街道が通っているエイミス領は物の行き来が盛んだから、花もよく運ばれてるのでしょうね」
だからって簡単に入手出来たとは思えない。
添えられたメッセージカードを手に取ると、自然と口角が上がる。
美しい流れのある字で書かれたメッセージは『花の女神の口づけを』。
お大事にだとか、良いことありますようにだとか、そんな気持ちを伝える時は『花の女神のご加護を』だとか『花の女神の祝福を』とかを使うんだけど、その言い換えっていうかアレンジだね。
書いてくれたのはルシンダ様か、パトリシア様かな。
花もメッセージも、嬉しいね。胸が温かい気持ちでいっぱいになる。
「飾られますか?」
「ええ、お願い。どのくらい保つかしら」
「切り口を水に浸せばしばらくは保つと思います」
「籠から出したほうがいいんだったら、そうして。長く見ていたいの」
「かしこまりました」
もう一度だけメッセージを読み直してから、レターケースにカードを入れた。大事な手紙やメッセージカードはいつもここにしまってるんだ。
女神と花が上品に描かれたピンクのレターケースは、可愛らしい物が好きじゃないヴィクトリアが唯一、身近に置いてる可愛いいデザインのもの。
もとはお母様が嫁いで来た時に持ってきたもので、形見なんだよね。
「この後も部屋で過ごされますか?」
「そうね。明日は久しぶりの授業だから、備えておかないと」
「お嬢様。今日いっぱいはゆっくりするようにと、旦那様の言いつけがあったはずですが」
コニー、過保護気味になってるなぁ。
あの日、コニーは私と一緒に伯爵家に行って、使用人の控え室で私の帰りを待ってたんだよね。
近くにいたからこそ、怖かったんだろうなって思う。
「少し復習をするだけよ、コニー。そんなに心配しないで。本当に、今は痛みも無いもの」
口を開けて、噤んでをコニーは何度か繰り返した。
この顔も、私がヴィクトリアになった日にも見た。
ダメだな、私。心配かけてばかりだって、今になって気付いた。
大丈夫、何ともないって言うだけは簡単なんだ。
それまで心配させた事実があるんだから、信じれるわけがない。
痛くて辛いはずなのに、私の前じゃ絶対にその素振りを見せないようにしてた父さんのことを思い出した。
私は、痛いはずなのに「大丈夫」って言う父さんをもどかしい気持ちで見てたのに。
今のコニーは、あの時の私と同じはずなのに。
どうして逆の立場になって、私は父さんと同じことをしちゃったんだろう。
「コニー」
「はい」
「昨日も言ったけれど、無理はしないって約束は出来ないの。嘘になるもの」
「はい」
「でもね」
コニーは黙って私の言葉を待ってくれてる。
じわっと、涙が込み上げてきた。
コニーの顔がにじんでしまって、はっきり見えない。
「本当はね」
「はい」
優しい腕が私の背中に回される。
温もりを感じた瞬間、涙腺が決壊した。
「怖かったの」
脈絡がおかしいのは分かってる。
でも、本当に怖かったから。
ヴィクトリアになったあの日から、ずっと、ずっと。
魔物と一人で戦ったあの時も、ずっと、ずっと怖かった。
「怖かったの、怖かったのよ」
縋りつく私の頭を、コニーはそっと撫でてくれる。
私はそんなコニーに甘えて、泣き続けるだけだ。
みっともないかも知れないけど、でも、もう止められない。
「コニー」
「はい」
「怖かったって、また、言わせてくれる?」
私を抱く腕に力がこもる。
「勿論ですとも、お嬢様」
ヴィクトリアになったあの日。
一人寂しく抱いた私の肩に、コニーがそっと手を添えた。




