9話 生きたい
誤字脱字チェックがいつも以上に甘いです。
見つけ次第、修正します。
あれから三日経った。丸一日寝てたから、体感では二日しか経ってないんだけどね。
そんな私は意識が戻ってからもベッドから離れられないでいる。
「っ!」
体を起こそうとしたら、激痛が走った。
悲鳴を押し殺すために息を飲んだら、さらに痛い。。
「お嬢様」
「大丈夫よ、コニー」
そうは言ったものの、コニーの眉は困ったように下がったまんまだ。
心配しないで、コニー。私は大丈夫。本当に、大丈夫だってば。
「やはり、お薬を使われたほうがいいのでは……」
「いいえ、大丈夫よ。絶対に、大丈夫」
自分に言い聞かせながらの「大丈夫」は、悲しいくらいに説得力がない。
コニーはなにも言わず薬瓶を差し出してきた。私はそっとその手を押し返す。
薬を飲め、飲まないっていう押し問答もこれで何度目だろ。
これだけのやりとりでも全身が痛くて声が出そう。
「大したことじゃないもの。飲まなくて平気よ」
「痛みが酷くて身動ぎも辛い状態は、じゅうぶん大したことに当てはまりますよ」
「本当に大したことじゃないのよ」
だって。
「ただの筋肉痛なんだもの」
魔力による肉体の強化には二つの限界がある。
まずは魔力。
これはわかりやすい話で、魔力が尽きたらそこで終了。ガス欠ならぬ魔力切れだね。
日頃から身体強化を使ってると、どのくらいで自分の限界が来るかも見積もれるようになる。
もう一つの限界が厄介で、それが肉体の魔力許容量。
ただ体にあるだけの魔力と、身体強化のために練った魔力は質がガラリと変わる。
水槽があったとして、そこの水を淡水から海水に変える感じかな。
少しなら平気だったとしても、どんどん海水の割合を増やしていくと水槽の中にいる生き物はとんでもないことになる。
それと同じ。
身体強化で流した魔力も、ある程度までなら肉体は耐えられる。
でも、限界を超えたら当然、肉体にダメージが来る。
今の私はこれ原因の全身筋肉痛ってわけ。
「ただの筋肉痛とおっしゃいますが、お嬢様がお目覚めになられてから二日。その間ずっと、ベッドで過ごされてるじゃありませんか」
「だってコニーが止めるから……」
「お嬢様が本当に大丈夫でしたら、私が止めても起きあがってお稽古に向かわれてると思いますが」
「そんなことは」
「ないと、おっしゃいますか? 本当に?」
ひぃぃぃ!
ニコって笑ってるけど、コニーの目が据わってる。圧が、圧がすごい。
薬瓶がずずいと近寄ってくる。さっきまでは差し出すって感じだったけど、もうそんな優しいもんじゃなくなってる。
「このお薬が、あまりにも味がよろしくないのはお嬢様のご様子から察してはおります」
「ずいぶんと控えめな表現ね」
しぶしぶ、薬瓶を受け取る。濃い緑の薬瓶は見ただけで肩が重くなる。
この薬を初めて飲んだのは二日前。
目が覚めてすぐ、医者に診てもらった時。
筋肉痛ですんだのは日頃の訓練のたまもの。鍛えてなかったら歩けなくなってただろうって医者は言ってた。
こういう患者に出す薬は一つしかないって言って、だされたのがこの薬。魔法薬の一種。
立ち会ってたお父様が同情の眼差しを向けてきてるなとは気付いてたのよ。
ただ、娘の体の具合が心配なのかなって考えてたんだけど……違った。
この薬、マズいというか痛いというかマズい。
ありとあらゆる世界のマズいを集めて凝縮してさらに煮出してオマケにマズさを足してみましたって感じのマズさ。
飲んでる間の記憶が飛んでくれたらまだいいんだけど、唐辛子っぽい辛さっていうか痛みが、私の意識を体に縫い止め続けるからたちが悪い。
目から涙が、体中から汗が滝のように流れ出したのは薬の効果なのかマズさのせいなのかはわからない。
でも、体が出来上がってないからってことで、薄めて少量にするよう言われて、これ。
翌日以降にまだ痛むなら、もう少し量を増やして飲めって言われてるんだよね……。薄めてもいいとは言われたけど、増えた量を思うと恐ろしすぎる。
この薬を飲むくらいの筋肉痛を引き起こすのはほとんどが騎士や兵士だけど、そんな彼らにとって上官より怖い存在になってるとかなってないとか。お父様談。
そりゃ同情もされるよね。
「飲みたくないと思われるのでしたら、このような無理はお止めください」
咄嗟に、言葉が出てこなかった。
まいったな。ここまで真っ直ぐな心配の言葉を出されると、逃げれない。
この数日、誰かを心配させてばかりで申し訳なさがじとじとと体にまとわりつく。
「心配かけて、ごめんなさい」
そう、謝りはするけれど。
「でも、ごめんなさい。無理はしないって、約束はできないの」
嘘でも言えばいいのかもしれないけど、それはコニーに失礼な気がするんだ。
遙華みたいに戦いとは無縁のとこにいられる人間だったなら言えたけど、ヴィクトリアが──私が目指してるところはそうじゃないからさ。
「そう言われると思ってました」
コニーは小棚にグラスを一つ足した。
足されたグラスには少しだけ、もともと置いてあったグラスにはたっぷりと水が注がれる。
「お嬢様はずっと……旦那様のように戦えない人々を守る騎士になるのだと、仰ってましたものね」
「コニー……」
「ですから」
ずずずいと少ないほうのグラスを押し付けられる。
にっこり笑った顔はさっきよりも圧が強い。
あれ、おかしい。しんみりしつつもいい話っぽくまとまりそうな雰囲気だった気がしたんだけどな。
「これを飲まなくてもいいくらいに強くなってくださいね」
「……はい」
こう言われたら頷くしか無い。
ヴィクトリアになった日も、こんな感じで負けたような記憶があるんだけど気のせいかな。
受け取ったグラスに薬を垂らし、思い切ってひと飲み。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!??」
覚悟した以上の不味さに堪えられず上げた悲鳴は、屋敷中に響き渡った。
次の日。
悔しすぎて認めたくないんだけど、筋肉痛は綺麗さっぱり治りました。
あの薬の効果が高すぎて嫌なんですけど。良薬口に苦しって言うけど、それだって限度がある。
魔法薬なんて夢や希望を見せてくれそうな区分のくせに、味は地獄って酷いでしょ。
この世界の治癒魔法は「ヒール!」「わあ、傷が治った!」なんて便利なもんじゃない。
そうであってほしかったけど、残念ながら違う。
ひとことで言うと効果が異様に高いエナジードリンク。
これ、私が言い出したんじゃない。設定資料集で開発者が使った表現なんだよね。
エナジードリンクはよく元気の前借りって言われてるけど、それと同じように治癒魔法は生命力の前借りだからってことでこういう言い方をしたらしい。
生命力の前借りは寿命の前借りと似たものだって話だから、そういう意味でもエナジードリンクと一緒。
寿命の前借りを少しマシな言い方をすると、寿命を代償にする、かな。そんな治療術は、もちろん軽率に使われることはまず無い。
だって嫌でしょ。
「骨折を治したけど寿命を削りました、具体的にどれくらいかはわからないけどいっぱい削ったよ」なんてさ。
私は絶対に嫌。というか大体の人はそう。
だから、寿命の代わりに『触媒』を使うのが一般的だね。
薬草だとか、魔力の結晶『魔晶』だとか。そういうのに肩代わりさせる。
役割は肩代わりなのに呼びかたが触媒なのは、私からするとちょっと納得いかないんだけど。
で、さらに言うと治癒魔法は、他の魔力の影響を一切受けない『純なる魔力』を持つ人しか使えない。
それなのにその持ち主が少ないから、代わりに発展したのが魔法薬。
純なる魔力の持ち主しか作れないってところは治癒魔法と一緒なんだけど、長期間の保存が効くっていうメリットがある。
ものにもよるけど、だいたい五年は保つんだったかな。
魔法薬は万能にすればするほど、育てれない高価な材料が必要だから高額になる。
けど、傷用だとか肺の病気用だとかみたいに種類を細分化して、原材料費を抑えることで広く流通させたのがこの国の魔法薬ってわけ。
とはいっても、風邪引いたからドラッグストアで薬買おうって出来る日本の安さほどではないんだけどね。
そんな便利な魔法薬だけど、呪いに効くものはない。
──っていうのが、『さくはな|』の常識だったんだけど。
ここが、『シャドブ』の世界でもあるなら話が変わってくる。
「死にゲーっていう最悪の要素は増えたけど……呪いに効くアイテムがあるっていうのが救いよね」
あのゲームにはデバフの呪い状態を解除する消耗品がある。その名も『昇華薬』。
喉から手が出るくらいに欲しいアイテムなんだけど、困ったことに入手手段が一つしか無い。
イベントで暗殺者に襲われている女性を助けたら、それが実は異国の巫女。特殊な薬を作れるから、お金を払ってくれたら渡せるよって言ってくれるんだけど……。
そもそもそのイベントを発生させるにはメインストーリー部分をそれなりに進めなくちゃいけなくて、そこからさらにサブイベントを発生させる必要がある。
で、おまけにその暗殺者が『シャドブ』でもトップクラスに強い。ラスボスより強いって言う人もいるくらい強い。
消耗品のくせに、デバフ回復アイテムのくせに、入手できるところが限られてるってのが意味わかんないし、しかも無駄に強い敵と戦わなくちゃいけないってのも意味わかんないし。
考えるだけで頭が痛くなるけど、先に考えなくちゃいけない問題が別にあるのが、いちばんの問題なんだよね。
ペンを握った手で額をこつこつと叩く。
「そもそも、どこまで『シャドブ』なのか、よね」
『シャドウブリンガー』の本来のゲームジャンルはアクションRPGだ。
それが死にゲーと呼ばれてるのは、死ぬのが当たり前だから。
正確に言うと、死んでトライアンドエラーを重ねてボスを倒すのが基本なんだよね。
終わらないんじゃないかと思うくらいに長い溜め息を吐き出した。
死にたくなくて、死なずにすむようにって足掻いてるところに、死ぬ前提のゲームが出てくるって最悪じゃん。
改めて考えると泣きたくなる。
でも、そんな暇はない。
『さきはな』の知識を詰め込んだノートを押しのけて、真新しいノートを開く。
『シャドブ』の記憶もしっかり纏めよう。
そのあとで『さきはな』のノートと照らし合わせたら、『シャドブ』がどこでどのくらい関係あるか読めるかもしれない。
大きく深呼吸をひとつ。
絶対に、生き延びてやる。
覚悟を新たに、私は記憶を辿り始めた。
多忙なので、来週は本編の更新を休みます。
かわりに、キャラや世界設定を投稿する予定です。