8話 何様のつもり
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『やあ、高薙遙華』
知ってる。夢で見た──ううん、あの時の会話だ。
『アンタ、誰。っていうかここ、なに?』
『僕の名前はどうだっていいかな。ここはそっちの世界とこっちの世界の間に作った僕の領域』
しまりのないムカつく顔にムカつく声、おまけに曖昧な言い回しで私はすごくムカついたんだ。
『君、死んじゃったんだよね』
『は? 何言ってんの?』
『でさ、本物のヴィクトリアが困ったことに消えちゃいそうでね』
『ヴィクトリアって誰。まさか、ゲームのキャラのヴィクトリアなんて言わないよね?』
『そのまさかなんだよねー』
へらへらした態度で、さも「面白いでしょ?」と言わんばかりの口調。遥華の気持ちをこれっぽっちも考えてないのがよくわかる。
私は理解が追いつかなくて、爆発寸前だってのにさ。
『ちょうどいいから、君にヴィクトリアになってもらおうかなーって』
『ちょうどいいって何よ!? 大事な前提とかいろいろすっ飛ばしすぎじゃない!? っていうかなんで私!?』
キレる一歩手前の私は怒鳴り気味だ。
なのに男は、私の怒声にきょとんって顔をしやがった!
しかも、すぐにお腹を抱えて笑い出した。ケラケラって擬音がぴったりなのがまた腹立つ。
『あはは。だって君は、『咲き誇る花のごとく』と『シャドウブリンガー』が同じ世界だって気付いたんでしょ?』
確かに、確かに私は死ぬ直前に、『つぶった~』で投稿しマシタ。
お風呂が沸くまでの間にチューハイあけて、酔っ払いの勢いで「『咲き誇る花のごとく』と『シャドウブリンガー』の舞台は同じ世界。話の核に影がある上にどっちも昔のイギリスがモデル。Q.E.D.』っていうウケ狙いの投稿をしマシタとも。
でも、本気でそう考えたわけじゃない!
『あれは! ネタで!』
『君はそのつもりでも、事実は事実なんだよね。君の国だと『瓢箪から駒』って言うんだったかな?』
絶句するしかない私は、口をパクパクさせながらなんとか反論しようと虚しい努力をしてみたけれど。
男はそんな私の様子も面白がってるように見える。
『じゃ、そういうことでいってらっしゃい』
しゅたっ! と、挙げられた片手の指を全部へし折ってやりたいって思ってるのが今の私。
このときの私はといえば。
『いつかぶん殴ってやるーーーーーーーー!!』
そう叫んで、虹色の渦の中に吸い込まれていった。
「やあ、高薙遥華」
あの時と同じ呼びかけで瞼を開く。
「思い出したかい?」
あの時と同じしまりのないムカつく顔で胃がムカムカする。
「おかげさまで」
「それはよかった」
「だから殴らせて」
「ん? なにに怒ってるのかは知らないけど、落ち着いたほうがいいよ?」
「落ち着いてるからアンタを殴りたいの!」
ホント、誰のせいで怒ってると思ってんのよ。
顔を見るなり殴りかからなかった私を褒めてほしいくらいだってのに。
「それで? いろんなことを忘れてる私をほったらかしだったくせに、今になって顔を見せに来たのはどういうつもり? ていうかアンタ、誰?」
「いやー、まさか忘れちゃうなんて思わなかったんだよね。あっちの世界の魂をこっちに下ろしたのなんて初めてだったからさ」
微塵も悪いと思ってないのがわかるへらへらした態度。
形だけでも謝らなかったのがいっそマシだと思ったほうがいいかもしれない。
透けるように白い髪と、万華鏡みたいにいろんな色がチラつく不思議な色の瞳。華奢なイケメンではあるけど、イケメンだからこそ腹が立つっていうか。
イケメンだったらなんでも許されると思うなよ。
「僕だって困ってたんだよ? 君に話しかけられる機会ってそんなにないのに忘れられちゃってさ」
「どういう理屈よ」
「ノックされてるって知らないと、「はい、どうぞ」って言えないでしょ?」
「わかるようなわかんないような」
胃のムカムカに頭痛がオマケされた気がする。実際には痛くないけど、気分的にはかなり痛い。
「それで?」
「それでって?」
「もう一つの質問に答えてもらってない。アンタ、誰?」
「よくぞ聞いてくれました」
「前も合わせて何度も聞いてんだけど!?」
いよいよ殴っていい気がしてきた。
「僕、神サマなんだよね」
「でしょうね」
「おやおや、反応が薄いね。面白みにかけるよ?」
前の時はともかく、今はこいつが言ってることが理解できるし、事実なんだってわかる。ヴィクトリアになってから色々あったしさ。
今までのことを合わせて考えたら、そういう結論しかでない。
むしろ、これで神様だとか大妖精だとかそういうすごい存在じゃないほうが驚くでしょ。
「なんでわざわざ聞いたのかなぁ?」
「人間じゃないからって、名乗りもしないのは失礼だと思わない?」
「あー、なるほど。それもそうだ」
手を打って、さも納得しましたって表情してるけどほんとにわかってるんだか。
「で?」
「へ?」
「名前は?」
「君、けっこう細かいんだねぇ」
「アンタが雑すぎんの!」
やっぱりわかってなかった。
ほんと、こいつと話し始めてからイライラが止まんない。
「名前は言えないんだよね。んー、呼び名がないと困るんだったら、君が好きなように呼ぶといいよ」
「じゃあ『シャトーブリアン』で」
「君、さては名付けのセンスが貧相だね?」
「アンタにまともな名前をつけたくない」
お肉のシャトーブリアンは立派な存在だよ、念のため。食べたこと無いから美味しいのかどうかは知らないけど。
じゃあなんでシャトーブリアンにしたかっていうと、『シャドウブリンガー』で残念なプレイをしたときのプレイヤー間での形容が『シャトーブリアン』だったから。
うっかり高所から落ちて死んだときなんかに「うーん、これは良質なシャトーブリアン」って感じで使う。
ちなみに、『シャドウブリンガー』はタイトル発表された時は『シャブ』なんて問題ある略し方が『つぶった~』で流行った。
過去作で略しかたについて言及したことない公式だったけど、さすがにマズいと思ったみたいで、追加情報を出すときに『シャドブ』を正式な略称として発表したっていう経緯があったりする。
「で、シャトーブリアンがいまさら私になんの用? 謝罪に来たならぶっ飛ばすよ」
「え、僕は謝るようなことしてないでしょ?」
「してるでしょうが!」
「してないよー。そりゃあ、君が生きてたなら連れてくるのはダメだろうけど、死んでたしさ。死にたてほやほや。
それを、えーっと、君の世界の言葉ではリサイクルっていうんだっけ? 再利用しただけなんだから。若くして死んだ君は新しい人生を歩めるんだから、ほら、悪いことはしてない」
確かにそうなんだけど、そうじゃないんだよね。
すぐに死ぬかもしれないとこに連れてくるなって言ったところで、まともな反応は期待できない。
「私の意思確認くらいはして」
額を抑えながら、どうにか言い返す。
また屁理屈を捏ねられるかと思ったけど、意外なことにシャトーブリアンはぽかんとした。
「意思確認って、必要だったの?」
「いるに決まってるでしょ」
「拒否権はないのに?」
「なくても、いる」
答えながら、頭をフル回転させて理由を考える。
言い表したい感情がごちゃごちゃしてて、上手く言葉に出来るか自信がない。
でも、これは絶対に言わないといけない。
私が譲れない、譲っちゃいけないことだから。
「拒否できなくても、絶対にいる。私の人生を勝手に動かしたんだから、私の気持ちを知っとく義務がアンタにはある」
シャトーブリアンがこてんこてんと首を左右に傾げた。
これがフローレンスだったらすごく可愛かったはずなのに、こいつがやると人を煽ってる仕草に見えるのが不思議。
「僕には理解しがたい話だけど……君が望むならそうしよう。そのほうが君のパフォーマンスもよくなりそうだ」
このパフォーマンスは、コストパフォーマンスのパフォーマンスと同じ意味……だよね。
私になにを期待してんだろ。
わざわざ私をヴィクトリアにしたからには、もちろん理由があるんだろうけど。
パッと思いつくのは、ヴィクトリアの死亡を回避したい、とか?
それとも、『さくはな』か『シャドブ』のどちらかのエンディングに関わりのあること?
聞いて素直に答えてくれるかな。
いや、答えたとしても意味がわかるように言ってくれるかどうか。
じとっと様子を見ても、ムカつく顔はムカつく顔のまんまだ。
「ところで、高薙遥華」
「なに?」
「そろそろ時間なんだけど」
「は!?」
「言いたいこといろいろあるんだけどね、君の質問に応えてたら時間がなくなっちゃった」
さらっと私のせいにしてるけど、私は悪くない!
いや、そんなこと言ってる場合じゃない。聞かなきゃいけないことがあるんだ!
「待って、一つだけ聞かせて!」
「間に合うならいいよ」
うわ、周囲が妙にキラキラ輝き出した。
こんな目に見えて時間がないってわかることってないと思うんだけど!?
私は焦りながら、シャトーブリアンの肩をがしっと掴んだ。
「私のビルドって、合ってるの!?」
時間がない、キラキラがどんどん増えてってる。
私は焦る一方だってのに、シャトーブリアンは唖然としてる。
「え、なんだって?」
「私のビルド! ステータス構築! 合ってるの!? 間違ってるの!? 早く答えて!!」
「えぇ……」
ドン引きするな! 死活問題なの!
アンタにだけは「こいつなに言ってんだ、引くわー」って顔されたくない!
『シャドブ』でステータス構築をミスると、あとで痛い目みるんだからね!
「えっと」
「早く!」
「君が求めてる答えなのかは自信ないんだけど」
ああ、もう! いよいよシャトーブリアンまでキラキラで覆われだした。
タイムリミット目前なんだから勿体ぶらないで欲しい。
「ヴィクトリアが間違ってなかったっていうのは」
声まで遠く聞こえだした。
体が、ううん、私の意識がヴィクトリアに引っ張られるのを感じる。
それでも──。
「確かだよ」
全てが輝いて全てが遠ざかっていく中、囁きのように聞こえたかすかな声は私の頭にしっかりと刻み込まれたのだった。




