プロローグ
長いか短いかは人それぞれとして、人生において「嘘だと言ってよ」と言いたくなることはままある。
例えば、クリスマス付近で某ロボットアニメOVAのある回を見るとき。
まあ、言うよね。「嘘だと言ってよ」って。
セリフじゃないのはわかってるけど、儀式みたいなものだからね。
例えば、卒論の提出日が迫る中でメインデータどころか予備のデータも道連れにパソコンがクラッシュしたとき。
3日に一回は予備の予備としてメールにデータを添付して自分に送信してたからなんとかなったけどさ。
やってなかったら教授に土下座しなくちゃいけないところだった。
例えば、父さんが末期がんだと宣告されたとき。
私が赤ちゃんのときに母さんが亡くなって、そこから男手一つで育ててくれてさ。
私の卒業も決まって、春には就職するって頃で。初任給で美味しいご飯ご馳走しようって決めてたのに。
例えば、ある日目を覚ましたら自分が乙女ゲーのキャラクターになってるって気づいたとき。
しかも、しかもだよ。それがほとんどのルートで死亡するキャラクターだったらさ。言うでしょ、絶対。なんで言わないでいられるっていうのよ。
おまけに前世……と言えばいいのかな。もとの私の死因が『酔ったままお風呂に入ってうっかり眠っちゃって溺死』なんておマヌケなものだったことに気付いちゃったらさ、そりゃ「嘘だと言ってよ」でしょ。
で、トドメの『例えば』ね。この世界が、死にゲーの世界でもあるって気づいたとき。
たっぷり魔力を込めた一撃を魔物に叩き込んで怯ませたところに痛恨の一撃をお見舞いする──そんな一連の動きに私は既視感を抱いた。訓練で体に染み込ませたからだとかじゃなくて、過去に映像として見た動き。
「嘘だと言ってよ……」
自身の血の海に沈む魔物と、返り血に塗れた自分の手を眺めながら私はそう呟いたのであった。