6 公爵邸サイド2
リリアンヌが旅立ってから三日目の午後。
「今日はこんなに沢山の皆様にお集まり頂き、光栄ですわ」
ルチアは公爵令嬢に相応しく、ゆったりとした雰囲気を保ちながら、サロンに集まった招待客の顔を目だけでクルリと確認する。
ーーやはり、事前に確認したリスト通り、シリウスもロゼリアも。そもそも彼女の取り巻きは一人も参加していないわね。
これでは完全に当事者不在の欠席裁判になりそうだわ、とルチアは思う。
だが、ロゼリア取り巻き連中の婚約者達はこぞって参加しているようなので、ことと次第は後日、あらかた彼らの耳にも入るだろうと考える。
「さて、こちらにいらっしゃる皆様は先日の婚約破棄騒動はご存知ですわね? 簡単に説明すると、モンテーニ伯爵家のシリウス令息が、元ハリウス男爵家のリリアンヌ令嬢に婚約破棄を突きつけたそうですわ」
そこまでの情報は貴族中に広まっているのだろう、サロンに集まった人々は互いに頷きながら、ルチアの次の言葉を待つ。
「普通、婚約破棄と言えば破棄された側に多大な落ち度があるもの。ですが、今回は違いますわ。リリアンヌはこの国を去る前に私の所へ来て真相を話してくれましたの」
「シリウス令息が、とある令嬢に夢中になり、リリアンヌの容姿が気に入らないのが理由だそうですわ。ただ、この中には信じられない方もいらっしゃるでしょう?」
ルチアはそこで小型録音機を机の上に取り出した。
「これは音声を録音出来る機械だそうです。皆様、お聞きになって」
再生の赤いボタンを押すと。
『な、リリアンヌ! やはり婚約破棄して正解だな! この地味ブス女! ロゼリアに嫉妬したからと言って性格まで醜いのだな!』
『ほんと! シリウス様の仰る通りだわ。これだから地味ブスは嫌だわ〜〜』
流れてくる罵詈雑言に驚きを隠せない貴族達。ルチアはジッとシリウスの父であるモンテーニ伯爵を見つめた。
「私はリリアンヌの親友として、シリウス令息とは面識がありますの。その上でこの声は彼の物だと判断致しましたが、お父上であるモンテーニ伯爵は如何かしら?」
青ざめた顔でモンテーニ伯爵は頷き、頭を下げた。
「間違いなく……息子の物だと思われます」
「そう。認めて下さってよかったわ。では、ここに集まった皆様には、リリアンヌに落ち度はなかったことを周知して頂きたいの」
ルチアがそう言うと、貴族達は驚きのあまり互いに顔を見合わせながらも了解の意を示す。
そもそも、ほとんどの貴族が公爵邸のサロンに顔を出しているので、これでリリアンヌとの約束は守れただろうとルチアは安堵した。
ーーここからはリリアンヌの親友として、モンテーニ伯爵を糾弾させて貰おう。
本当はシリウス本人を詰ってやりたいが。
「それから伯爵、これは私が口を出す問題ではありませんけど、ご子息を今後どうなさるおつもり?」
眉を釣り上げたルチアのいきなりの迫力に怯え、モンテーニ伯爵は土下座する。
「この度、我が愚息が起こした不始末。元ハリウス男爵家のリリアンヌ様にご迷惑をおかけし、皆様をお騒がせしたことをお詫び申し上げます。ですが、実は息子は昨日より家を出て戻っておりません」
ざわつく周囲。
これには不貞腐れて家に引きこもっているのだろう、くらいに考えていたルチアも驚いた。
モンテーニ伯爵は焦燥感に溢れた表情で続ける。
「愚息は、我が家と縁を切った上で貴族席から抹消いたします! ですが、親としては消息不明のまま縁切りは心苦しくっ。」
「ですので、息子の安否が分かり次第、という対応でお許し頂けませんでしょうか……」
言い訳をする訳でもなく、ひたすら詫びながら泣き出しそうな父親。
そのあまりに憐れな姿にルチアも少々、同情してしまった。
「ねぇ。何か誤解されているようですけど、私に謝って頂いても仕方がないわ。それにそもそも謝るのは貴方ではなくて、貴方のご子息であるべきではなくて?」
正論を述べて伯爵を立たせると。
「ただ、貴方の誠意は受け取りましてよ。私がリリアンヌに約束したのはこの度の騒動による名誉回復と事実の周知。ですから貴方の誠意はリリアンヌに伝えると約束しますわ」
その言葉を最後にルチアは、サロンを無事に収束させた。
だが、これだけは言わなければならない、と思い出す。
「そうそう、皆様。シリウス令息がこの度の愚行に走ったのは、ロゼリア男爵令嬢のためだそうですわ」
そう言って、ロゼリアの取り巻きをしている男性の婚約者達に目を向ける。
「彼女に夢中の男性は沢山いるようですし、今回の被害者となったリリアンヌのことが他人事ではない方もいるんじゃないかしら?」
ルチアは自嘲気味に、私も含めてね、と続ける。
「心当たりのある方が居ましたら、自衛のために情報共有しておきませんこと?」
何人かの令嬢がルチアのアイコンタクトに答える。
彼女達も、明日は我が身であることに気が付いたようた。
こうして、ルチアは婚約者の不貞を暴く会を設立することに成功したのであった。