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5 公爵邸サイド1


 リリアンヌが旅立ってから三日目の朝。


 その日、ルチア公爵令嬢は目覚めてすぐに、その美しい紫の目を自室の時計に向ける。

 午後にサロンで行う説明会の準備を見直す時間は十分にとれそうなことに、彼女はホッと安堵の息を吐いた。


 親友の名誉を回復することが、今の自分の使命だ。

 そして、自分自身のためにもロゼリアの情報共有を出来る仲間も手に入れたい。

 彼女の残していった小型録音機をギュッと握りしめる。


 ルチアは親友と、しばしの別れを交わした三日前に思いを馳せた。



「まぁ、突然どうしたの?リリアンヌ」


「いきなりのご訪問、申し訳ございませんでした。ルチア様」


 いつもはマナーを重んじ、親友として心良く付き合うようになってからも必ず先触れを出してから訪問するリリアンヌの律儀な所を、ルチアは好ましく感じていた。


 だからこそ、この真面目な友人に何かあったのかもしれない、と心配になる。


「謝る必要なんてないわ。貴女ならいつ来てもらっても大歓迎よ。ところで、ご旅行でもなさるの? それか商会の視察とか?」


 旅支度に身を固めたリリアンヌの手をとって、着席を促すとルチアは気遣わしそうに尋ねた。


 リリアンヌは軽く左右に首を振り、お恥ずかしい話になりますが、と続ける。


「ご心配ありがとうございます。実は、私共は爵位を返上し、ガドル国へと移住することになりましたので、そのご挨拶に参りましたの」


 少し疲れたような微笑みを浮かべながら、リリアンヌが語る婚約破棄騒動は、ルチアの想像をはるかに超えるものであった。


 ルチアとて最近、自分の婚約者である王太子が、ロゼリアとかいう、一男爵令嬢に入れ揚げていることは苦々しく思っている。


 ただ、自分達の婚約は最初から最後まで、丸っと政略結婚であり、互いに相手のことはどうとも思っていない。

 だから、愛人にするのならそれはそれで別に構わないのだ。


 だが、ロゼリアという少女は王太子の他にも侯爵令息や、伯爵令息シリウス、騎士に至るまで数々の男性にチヤホヤされるのが好きなようで、浮名を流し放題である。


 最悪の未来予想図として、万が一にもロゼリアが妊娠でもしたら、馬鹿な王太子が責任を取ろうと言い出しそうだ。

 そうなれば、誰の子か分からない血筋が王族に入るのではないか、という想像をルチアはしていたのだが。



 まさか。

 リリアンヌの婚約者が自らの不貞とリリアンヌの器量を理由に自分から婚約破棄するだなんて。



「驚いてしまいますでしょう?」


 リリアンヌの苦笑混じりの声で、ルチアはハッと思考の海から帰ってきた。

 未来の王太子妃として、何事も顔に出ないように訓練されてきたにも関わらず驚きが表情に出てしまったようである。


「ええ。本当にね。でも、それをどうして私に?」


 ルチアは少し警戒しながら、今度こそはそれを表に出さないよう、慎重に笑みを作る。

 親友の話だとは言え、証拠もなしにリリアンヌ側の話を鵜呑みにできるほど、ルチアの立場は軽くはないからだ。


「はい。このままこの国を私共が去れば、世間から私やハリウス商会の痛くもない腹を探られるのは明らかです。モンテーニ伯爵の人柄は信用しておりますが、人は追い詰められると豹変することもあるでしょうし」


 そう言って、リリアンヌはテーブルの上に小型録音機をそっと置いた。

 初めて見るそれにルチアは目を見張る。


「それは?」


「小型録音機と申します。短時間ではありますが、音声を録音出来ます。こちらは最新型なので三つ程同時に記録が残せます」


 小型録音機には、赤いボタンと青いボタンが二つで一つのセットとなっており、右側、真ん中、左側に配置されている。

 ゆえに、ボタンは計六つある。


 リリアンヌはの真ん中の赤いボタンを押す。


 すると、聞き覚えのある声が流れてくるではないか。


『驚いてしまいますでしょう?』


 先程の苦笑混じりのリリアンヌの声。


『ええ。本当にね。でも、それをどうして私に?』


 それに答えるのは、間違いなくルチアの声だ。


「凄いわ……こんな物があるなんて」


「勝手に録音して申し訳ございませんでした。この機械の信憑性を高めたくて」


 リリアンヌが頭を下げる。


「構わなくてよ。それに録音されても問題ない会話だわ。でも、これがどうかして?」


「ありがとうございます。実はこれより前に一つ録音しておりまして。聞いて頂けますか?」


「ええ。勿論よ、聞かせて頂戴」



 リリアンヌは小型録音機の右側の赤いボタンを押す。


『な、リリアンヌ! やはり婚約破棄して正解だな! この地味ブス女! ロゼリアに嫉妬したからと言って性格まで醜いのだな!』


『ほんと! シリウス様の仰る通りだわ。これだから地味ブスは嫌だわ〜〜』


 録音機から紡がれる言葉は、ルチアが思っていたよりもずっと辛辣で、貴族とは思えないほど口汚い罵りである。


 だが、ロゼリアはともかく、伯爵令息でありリリアンヌの婚約者であるシリウスとはそれなりに面識のあるルチアは、間違いなく彼の声だと確信出来た。



「……リリアンヌ。辛い思いをしたわね。貴女に非がないことを私は必ず証言します。そして、此度の騒動について貴女が被害者であることを国内貴族に認識させることを約束するわ」


 ルチアは優しく親友の手を握る。

 リリアンヌの手は、録音機から流れる再びの罵倒に怒りを耐えたのだろう、握りこぶしを作ったことを示すように彼女の爪痕が残っていた。


「ありがとうございます。ルチア様にそう言って頂けると、安心して旅立てますわ。ですが、私しばらくしたら帰ってくる予定ですの。その時に色々とやりたいこともございますわ」


 リリアンヌの含みを持たせた物言いに、生粋の貴族であり親友の性格を熟知しているルチアは、勘付く。


ーーあ。これはリリアンヌ、本気で殺るつもりだわ、と。


「……そうなのね。リリアンヌとまた会えるならよかったわ。それとね、不貞を犯した二人の言葉など気になさらないで。貴女はとても素敵な女性よ、リリアンヌ」


 ルチアは同じ女性として、あのような罵りを受けたリリアンヌの気持ちを思う。


「お心遣いありがとうございます、ルチア様。でも、私は大丈夫です。ですから、この録音機を使って私の名誉を回復して頂けると嬉しいですわ」


 リリアンヌはニッコリとわざとらしいほどの笑顔を作った。

 そして、まるで今思いついたかのように、ルチアに提案する。


「ああ、それとその小型録音機。この度の騒動が無事に片付きましたら、ルチア様に貰って頂けませんか?」


「まぁ。とても高価な物ではなくて? 珍しい物だし頂けるなら喜んで頂くわ」


 今度は本当の微笑みを浮かべたリリアンヌは、小型録音機のボタンを指しながら説明を始めた。



「是非。使い方ですが、赤いボタンを押せば再生、青いボタンを押せば録音が出来ますの」


「お礼の代わりになるかは分かりませんが。最後の一つ、左側の青いボタンにはまだ何も録音されておりませんわ。何かルチア様のお役に立てれば良いのですけれど」


 その言葉に何か思うことがあったのだろうルチアは、神妙な顔をして頷いてみせた。

 これは使い方を間違えなければ、彼女の武器となり、切り札ともなり得る、そんな機械だ。


 リリアンヌの思いを汲み取ってルチアは頷いてみせる。


 

 こうして、親友二人はしばしの別れを惜しみながら手を取り合ったのであった。


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