3 国王サイド
「陛下。こちらの資料をよっっく見てください」
リリアンヌが旅立ってから二日目。
場所は、国王と宰相だけしかいない執務室。
ダンッと音を立てて税収の資料を机に置いた宰相の顔は般若のようで、額には青筋が立っている。
「わ、儂だって分かっておるぞ。ハリウス商会に移転されたら税収が減ることくらいは」
「恐ながら申し上げます。税収が減る? そんなレベルじゃあないんですよ!」
宰相は物わかりの悪さに溜息をつきながらも、税務に疎い国王にでも分かるよう、一つ一つ説明し始めた。
「よろしいですか? まず分かりやすい税収ですが、来年度のこの国の予算は四分の一は失くなると覚悟して下さいっ」
「な、なんと。そんなにか」
宰相は声を荒らげてまくし立てたおかげで、ズレてきた眼鏡をクイっと掛けなおす。
「まだ続きます。次はハリウス商会に勤めていたこの国の使用人達です。商会がなくなり路頭に迷うことがないよう、希望者は他国にあるハリウス商会への受け入れが決まっているようです」
「ほぉ。そうなのか」
国王は能天気に相槌を打つが、そんな態度は宰相をより苛つかせた。
「そうなのか、ではありません! 一人一人の影響は少なくとも、何百人と移住されたら税もそれだけ減ります。長期的には国を支える人口事態が減る可能性もあるのですよ!」
「な、なるほどな」
「最後に、元ハリウス男爵が行っていた孤児院や公共事業への寄付額を見てください。これだけで年度予算の何倍もあるんですよ」
指先で寄付額を示すと、さすがの国王も驚いたようだ。
「そうか……大変なことになったな」
「大変なんですよ! 今年度は乗り切ったとしても来年からはどうするんですか。ああ、せめて男爵位を返上すると言われた時に教えてもらっていれば……土下座でも何でもして引き止めたのに」
「お前に言えば、怒られると思って……」
宰相は、その言葉にもはや怒りを通り越して涙目である。
ーー凡庸な王だとは思っていたが、まさかここまで愚かだったとは。
ハリウス商会がモガリナ王国を拠点としてくれたおかげで、国としてはかなりの発展を遂げていた。
税収は勿論だが、他国との流通によって国民が得た恩恵は図りしれない。
それがいきなり全て失くなるというのだ。
例えれば、平均的な平民が富豪の生活に慣れた後に、また平民の生活に戻れと言われるようなものである。
国民の大半は受け入れがたいであろうことは明白であり、その怒りが王族貴族に向く可能性も高い。
ーーそのことに、この愚かな国王は気が付いてもいないのだろう。
だが、宰相はそれでも気持ちを奮い立たせて国王を見つめる。
何とかしなければ破滅するのは、国を去らない限り自分も同じだ。
だが、例え沈みゆく泥舟だとしても踏み留まろうとするくらいには、彼は国王に臣下としての忠誠と、幼馴染としての情を持ち合わせていた。
それならば。今、自分に出来ることは国王と起死回生の改善策を少しでも練ることだろう。
時間はあまりない、そう口にしようとしたその時に。
「まぁ、儂には難しいことは分からんのでな。税収のことは宰相、そなたに一任しておる。良きに計らえ」
国王はこれで話は終わりだ、と続けるではないか。
宰相は自分の心がポキっと音を立てて折れたのを感じた。
国存続の危機にも関わらず、その責任を自分に全て押し付けようというのである。
ーー愚かなだけなら自分がフォローしようと思っていた。だが、こんな無責任な男がトップに立つ国に留まる義理はない。
それは彼が、幼馴染であり長年仕えてきた国王を見限った瞬間でもあった。
宰相は、それなりに優秀な頭脳をフル回転させ、自分と家族が無事に亡命するならばどの国が一番安全か、誰を頼るべきか、財産はどれだけ確保出来るかを考える。
だが、少しでも時間稼ぎをしたい彼はそのことを決して悟らせないように、表情を引き締めながら、畏まりました、とだけ告げて執務室を後にした。
心の中で、宰相職は金を生み出す錬金術師じゃねぇんだよ、と呟きながら。