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1 当てにならない国王陛下


「申し訳ございませんでした、お父様」


 リリアンヌは敬愛する父に頭を下げる。


 一代でハリウス商会を国一番の規模にまで拡大したやり手の父が、亡き母の分まで自分を愛してくれていることは知っている。


 だからこそ、婚約破棄などという醜聞を起こしてしまったことを謝りたいと思ったのだ。


「こちらこそ、すまなかったな。リリアンヌ。新興貴族等と侮られないよう、次期伯爵夫人としてのマナーや社交に時間を割きすぎたのだろう。シリウス殿との時間が取れずに、すれ違いが起こってしまったのではないか?」


 少しでも早く男爵である父に事態を知らせようと、早馬を使って連絡したが、リリアンヌの意図が上手く伝わっていなかったのだろう。

 

 早馬に婚約破棄などと言う言葉を伝えるわけにもいかず、曖昧にした所、ただの喧嘩だと思われたようである。


「違いますわ、お父様。シリウス様は噂のロゼリア様が大切だから、私と婚約破棄するのだそうです」


「それにこんな結果になってしまいましたが、マナーや社交は学べてよかったと思っておりますわ。沢山のご令嬢とお友達にもなれましたもの」

 


 リリアンヌは出来るだけ、冷静に話したつもりだったが。

 

「な、婚約破棄だと!? あそこのバカ息子は何を考えおる! リリアンヌのことを蔑ろにするなど儂が許さん。国王に報告し、然るべき処分をする! 待っていなさい」


 と言って、ハリウス男爵はリリアンヌと同じ黒髪を風のように靡かせ、アッという間に王城に向かってしまったのである。


 事態を聞きつけた執事が慰めるように横から話しかけた。


「よかったですね、リリアンヌお嬢様。旦那様が動いて下さったなら安心です」


 だが、リリアンヌは残念そうに片手を添えて小首を傾げ、呟いた。


「まぁお父様ったら。お早いこと。でも、私は自分の手で報復しないと気がすまないのですけれど」


 それを聞き取ってしまった執事は思ったものである。


ーーああ、元婚約者と噂の令嬢は終わったな、と。


 リリアンヌは昔から聡明な少女だった。

 だが、聡明な故に、幼い頃に亡くした母が商会を、そこで働く使用人やお客様を何より大切にしてきたことに気がついていた。


 彼女は儚くなった母と商会を重ねている所がある。商会の敵はリリアンヌの敵なのだ。


 彼女の手腕は恐ろしく、その聡明さを活かし、帳簿を誤魔化し横領した使用人や、商会に忍び込んだスパイを次から次へと見つけては苛烈に処分してきたものである。


 代わりに信用し、身の内に入れた者には、トコトン甘い。

 子供が熱を出した使用人には長期休暇を積極的に取らせたし、家庭が困窮した者には無利子無期限で金を貸す程である。

 


 そうした使用人達がリリアンヌに恩に感じて仕事に励んだ結果が、今の商会の発展に繋がっていた。


 執事は表面的には旦那様の手腕とされているが、リリアンヌお嬢様が裏から支えてきたのだと知っている。


 だからこそ、旦那様よりリリアンヌお嬢様を敵に回す方が何倍も恐ろしい、とも。


 執事は胸の内で、そっと二人の冥福を祈ったのであった。



 ★


「シリウス殿とロゼリア令嬢を処分出来ない、とはどういうことですかな。国王陛下」


 ハリウス男爵は赤い絨毯の上で臣下の礼をとりながらも、玉座に座るモガリナ国王を睨みつけた。


「そう睨むな、ハリウス男爵よ。儂とて援助を受けておりながら一方的に婚約破棄など、どうかとは思うが……」


 国王は白く長く蓄えたヒゲを撫でながら、困惑気味に続ける。


「それらはあくまでも、貴族間のこと。王が裁ける問題ではあるまい」


「ほぉ。では、誰が裁けるのか教えて頂きたい。本当の所は王太子殿下もロゼリア令嬢に夢中だから、なのではありませんかな?」


 ハリウス男爵の言葉は図星だったのだろう、国王はギクッとすると王座にもたれ、顔を逸らすだけで何も答えない。


「王太子殿下の不貞で、婚約者との仲が芳しくないのは貴族であれば誰でも知っていることですぞ。ご子息のためにも決意されるべきではありませんか」


 シリウス令息とロゼリア令嬢を罰すれば、ロゼリアに夢中になって婚約者を蔑ろにしている取り巻き連中にも何かしら注意を与えなければならなくなるだろう。


 そうした時に、彼らがロゼリア令嬢のために反抗的な態度を取ることは目に見えており、注意で済まなくなる可能性が高いことも国王は見通しているはずだった。


「ハリウス男爵よ、そこまでにせよ。王太子は遅くに出来た、儂のたった一人の息子だ。男爵も親ならば、子供の若気の至りくらい多目にみたい気持ちも分かるだろう」


「……分かりませんな。親ならば重大な間違いを犯す前に叱り飛ばすべきでしょう。ですが、陛下のお考えは理解致しました」


 ハリウス男爵はその切れ長の目を吊り上げて、臣下の礼を取るのをやめ、真正面から国王を見据える。

 それは、この国でハリウス男爵として国王に仕えるのを辞める、という意思表明であった。


「男爵……どういうつもりだ」


「どういうつもりも何も。私は、元は他国出身。亡き妻の祖国の発展を思えばこそ、この国に留まってきましたが娘を侮辱する国など妻も見限ったことでしょう」


「形ばかりの領地も返上致しますゆえ、貴族席から除籍なさって下さい」


「ま、待ってくれっ」


 吐き捨てるように言い切った男爵、いや、一平民であり大商会の長であるハリウス会長は、国王の引き止めを無視し、王座に背を向けて、王城を後にしたのであった。

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