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12 ロゼリア サイド

 

 リリアンヌが父と笑いながら夕食を囲んでいたのと同じ頃。


 モガリナ王国のとある貧乏男爵家では、ロゼリアのヒステリックな声が鳴り響いていた。




「ねぇ! もういい加減、出ていってよ! シリウス様!!」


 気怠そうにロゼリアを見返すシリウスは、安いワインを水のように飲んでいる。


 だが、その安いワインでさえ、ロゼリアの家では高級品だ。



 シリウスは、かつて伯爵家の令息としてその伝統を誇り、ロゼリアに優しく贈り物をしてくれていた男とは別人のように彼女を罵るではないか。



「出ていけるかよ! ここを出たら、僕はすぐにでも父上に捕まって貴族席を抹消されてしまうに決まってるじゃないか!」


 バンッと机に置かれたワイングラスから、水滴が飛び散り、ロゼリアのドレスにもかかったようだ。


 だが、言い合う二人には、そんなことを気にする余裕は全くなかった。



 ルチア公爵令嬢にシリウスの父、モンテーニ伯爵が土下座をし、シリウスの安否確認が取れ次第息子を縁切りすると言う話は、国中で有名になってしまっている。


 ロゼリアの家に立て籠もっている、シリウスの耳に入るくらいには。




「そんなの私に関係ないじゃない! もう十分匿ってあげたわよ!」


「関係あるだろっ。ロゼリアのために僕は婚約破棄したんじゃないか!!」



 ロゼリアはイライラと親指の爪を噛んだ。


 モンテーニ伯爵家から飛び出してきたシリウスを、そうとは知らずに家にあげてからずっとこの調子なのだ。


 腰の重いシリウスは、一向に彼女の家を出ていこうとしない。



「頼んでないわ! そもそもウチは貧乏なのよっ。ワインばっかり、ガバガバ飲まないでよ!」


 ロゼリアが、シリウスの手からワイングラスを無理矢理奪い取ると。


「くそっ。どれだけお前に貢いだと思ってる! これくらい飲まないでやってられるか!!」


 シリウスは悪態をつきながら、部屋を出ていった。


 だが、それでも男爵家を出ていってはくれないのだろう。



ーーどうして、こんなことになっちゃったの?


 ロゼリアは誰もいない部屋でワイングラスを片手に、膝をついた。



 ★



 ロゼリアは昔から、人にチヤホヤされるのが大好きだった。

 

 小さい頃は上目遣いで見上げれば、大抵の大人はロゼリアを可愛い可愛いと褒めてくれた。


 だから、勘違いしたのだ。


 自分はとても可愛い、特別な女の子だと。


 だが、彼女は成長とともに自分の貴族社会での立ち位置を知る。



 顔は平均より少し可愛い程度。


 スタイルだってそこそこ。


 だけど、実家は貧乏男爵家。


 トータルで見れば大したことない、どこにでもいる令嬢の一人。


 自分より可愛い女の子は沢山いるし、自分よりもお金持ちの子はもっと沢山いる。


 ロゼリアはそれが許せなかった。


 


ーーそれは向上心の強い、お母様も同じ。



 ロゼリアの母は、その美貌で娼婦から貧乏とはいえ男爵の後妻にまで成り上がった女だ。


 ロゼリアが産まれ女の子だと分かった時は、これで更なる高みを目指せると思っていたのだが。


 男爵に似たせいで、娘が自分の美貌を引き継げなかったことは彼女の最大の誤算であった。



 だから、彼女はロゼリアに娼婦上がりの化粧を教える。

 狙いやすい男の見分け方も、媚の売り方も教えた。




ーーお母様の教えは効果的だったわ。




 お化粧をしても薄付きならば、男性は全然気が付かなかった。


 令嬢達には冷ややかな目で見られたが。



 母の言う通り、婚約者に夢中な男性ではなく、政略結婚だったり相手に不満を持っている男性を狙った。



 少し体を寄せて好意を持っているフリをすれば、彼らは簡単にロゼリアをチヤホヤしてくれるようになった。


 そして体を許せば、ロゼリアが欲しい物を何でも買ってくれるようになった。



ーー私はそれで満足だった。後は、上手くやって王太子の愛人にでもなれたら万々歳。



 そう思っていたのに。


 飲んで食べるだけの、贅沢で厄介な寄生虫を飼うことになってしまうなんて。


 ロゼリアは悔しさのあまり、歯ぎしりをする。



 叩き出そうにも、シリウスとロゼリアのことは国中で噂になってしまっていた。


 これ以上、騒ぎを大きくしたら王太子の愛人どころか、平民相手の嫁ぎ先すらなくしてしまうかもしれない。


 最近ではロゼリアの取り巻き男性達にも、人目を避けた場所でしか会ってくれなくなっていた。



 それなのに、シリウスが居ると家に呼ぶことすら出来ないから、彼らとも段々と距離が出来た気がする。


 とうとうお母様にも、もうどうしようもない、と匙を投げられてしまった。



ーーあの時、シリウスがリリアンヌに婚約破棄をする時に、止めればよかったのだろうか。


 でも、それは嫌だな、とロゼリアは思う。


 彼女は同じ男爵家で、自分より容姿が劣っていると思っていたリリアンヌのことを見下していた。


 そんな彼女が実は大金持ちの令嬢で、美貌の伯爵令息と婚約を結んだと噂に聞いた時は頭に血が上ったものだ。




 だから、シリウスにも粉をかけたのだ。


 だって、リリアンヌが幸せな結婚をするなんて許せないから。



ーーまぁ、今のシリウス様ならリリアンヌに返したいけど。


 ロゼリアは再び親指の爪を噛む。



 リリアンヌが婚約者に捨てられて、泣いてるのを見ていい気味だと笑っただけなのに。



ーールチア公爵令嬢を使って、こちらを攻撃するなんてリリアンヌは本当にズルい。


 あの女が今頃、異国で幸せに笑ってたりしたら、もっとズルい。


 ズルい、ズルい、ズルい!!!


 ロゼリアは噛みすぎて、ギザギザになった指先を眺める。



ーーこんなの理不尽だ。こんな貧乏男爵の娘なんかで終わってたまるか。


 絶対、王太子の愛人になって、もう一度、あの女を笑ってやるんだ。



 ロゼリアは、シリウスが残した安ワインとともに、込み上げてくる思いを一気に飲み干した。

 

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