第3課題 LADYBUG 第7問
池尻大橋駅が迫る。
俺の神経細胞が切断されては、ナナの神経細胞へと次々に繋がれてゆく。
ナナの額に汗が溢れる。
しかし、ナナが汗を拭こうと、手を伸ばした瞬間、いつもの場所にタオルが無かった。
最初に置き忘れたんだ。
ひょっとすると、俺の視線がナナの作業を狂わせたのかもしれないと思うと、男としての自信が生まれてくる。
しかし、ナナは違っていた。
明らかに違っていた。
動揺している。
小刻みに震えるその手を見つめている。
その目から怒りにも悲しみにも思える涙が溢れ出ている。
完璧主義者のナナにとって、ありえないミス。
雨が降れば、小川となって海となる。
手を伸ばせばタオルがある。
その一連の流れが決して途切れてしまってはいけないのだ。
ナナは突然ラテックスグローブを外し、床に投げ捨てた。
そして、「キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ」と絶叫しながら整然と並べた手術道具を、そのか細い腕々で次々とハチャメチャに床に散乱させた。
そしてもう八つ当たりする物が無くなると、レイディバッグからお気に入りのシャネルNo.5を取り出し、自分の頭から全身に浴びせかけ、半分残ったところで床に叩きつけた。
ガラスのビンが割れ、辺りには極地の新鮮で無垢なイメージを思い起こさせるNo.5特融の香りが充満する。
するとナナは比較的大きなガラスの破片を両手で掴み、自らの胸に奥深く突立てた。
黄色い液体が噴水の如く吹き出し、ナナは俺の視床でゆっくりと崩れ落ちた。
「ナナ……」
無情にも田園都市線は進み続ける。
次は渋谷駅に到着するとのアナウンスが流れ始めた。
ナナの意識が遠退いてゆく。
ナナと神経細胞で一体化した俺の意識も、正比例して遠退いてゆく。
ヤベェ。
俺は吊革をグッと握りしめて自らの体と精神を繋ぎ留めようとする。
でも……ダメ……だ。
残念ながら、俺は立ったまま、徐々に意識を無くしていった。