7・知らない話
「エルミ。ちょっといいかな」
王宮からの帰り際、掛けられた声に振り向くとそれはアルベールだった。
プライベートで言葉を交わすのはひと月ぶりぐらいだろうか。前回はアルバンのことでユベールと口論になったときだ。
あれ以降アルバンは2、3度話しかけてきたけど必ず誰か友人や兄弟を伴っていて、しかも立ち話程度だ。アルベールに同席を頼むほどのことはなかった。
誘われて小部屋に入り、窓際の長椅子に並んで座る。開いたままの扉から廊下がよく見える位置だ。
「明日の誕生会の準備は?」とアルベール。
「終わったわ。今は帰るところよ」
そうかとうなずくアルベール。
明日は私の誕生日だ。聖女なので城で祝いの会を開くのだそうだ。正式な行事ではないけれど、近隣に住む王族と私の親戚ほとんどが参加する大規模なものだ。挨拶を受ける順番や立ち位置などが細かく決まっている。億劫だけれど、自分で決めた道だからがんばるしかない。
「聖女となって四ヶ月。そろそろ慣れたかい」
「修練には慣れたけれど、責任の重さにはまだまだね」
「気張ることはない。母上とふたりで担うことだ。頼っていいのだぞ」
そうねとうなずく。王妃は、最初の五年は弟子入り期間だと思って構わないと言ってくれている。
「本来ならばユベールが精神的な支えなければならないのだが」とアルベールは吐息した。「君たちはうまくいってないだろう。大丈夫か?」
大丈夫ではない。彼のことを思うと憂鬱になるので、考えないようにしている。
だけど私たちの間柄がどんな風でも結婚することに変わりはないのだから、大丈夫でなかろうが、考えなかろうが問題ないのだ。
「……大丈夫よ。心配をかけてごめんなさい」
「夫指名を変更しないかい?」
「しないわ」
「茶の時間をやめてから、ろくに話していないと聞いている」
「そうね」
「私も自分のことで手一杯でね。助けになれなくてすまない」
「いいのよ。お気遣いをありがとう」
アルベールはちらりと鋭い視線を廊下に投げてから、声を落とした。
「実はユベールから聞いている。あいつは何かの交換条件として君の夫指名を受けた、と」
息を飲んだ。
まさかユベールが他言しているとは思わなかった。
「私は詳しくは聞いていないから、どうしてそうなったのかは分からない」アルベールが低い声で続ける。「これを機に、昔のような仲になればいいと考えていたけれど、そうなる様子はないようだね。エルミはあいつが嫌いか?無理をしているのか?」
首を横に振る。
交換条件のことは、勝手にふたりだけの秘密だと思っていた。
……そうでなかったことに、私はショックを受けているらしい。
「あいつがどうして君に無理強いしたのだと思う?」
「王になりたいからでしょう?」声がかすれる。
「ユベールがそう言ったそうだな」うぅむ、と唸るアルベール。「そうだ。きっと聞いていないだろう。本来聖女の矢を追うのは神官の役目なのだ。だけどあいつは父上や神官たちを拝み倒して、その任についた」
「どうしても王になりたかったのね」
「そうじゃない。聖女が君だと知って、なりふり構わず頼みこんだのだ」
聖女が私だと知って?
どういうこと?
矢が当たる前に、聖女が私と決まっていたかのように聞こえる。
「ユベールの態度が悪いことは謝る。私もあいつがどうしてあんなに頑なになってしまったか、分からない。だが馬鹿な奴でも可愛い弟なのだ。一度、きちんと話をしてもらえないだろうか」
「ちょ、ちょっと待って、アルベール。よく分からないの」
おもわず彼の腕を掴む。