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5・夫候補

 聖女となって三ヶ月ほど過ぎたところで、祭礼用の服の仮縫いが行われた。濃い青を基調として金糸銀糸の刺繍がふんだんに使われたそれは実質的にも心理的にも、ずしりと重いものだった。


 まだ仮縫い。ただの試着段階にすぎないのに、自分のついている嘘の大きさに良心が苦しくなった。

 救いはリアーヌで彼女はつつがなくセザンヌと婚約をし、とても幸せそうだ。あの素晴らしい笑顔を守るためなら、がんばれる。


 リアーヌは私に矢が当たったのは事故ではないと考えている。彼女は、最初から私に向かっていたと思っているのだ。そう誤解してくれているほうが助かるので、私も余計なことは言わない。


 それに彼女は私がユベールを好きだと知っていたから、聖女就任を機に彼との関係が元に戻り婚約までできたと喜んでいる。


 実は関係はより悪化している、なんて口が裂けても言えない。

 日課のお茶会がなくなると、ユベールと顔を合わせる機会はぐんと減った。聖女の修練がもう少し進むと、夫と共に行う祭礼についてを一緒に学ぶようだけど、今はまだない。


 何度か公式の場に出席し、その都度ユベールは完璧な婚約者として振る舞っているけど、それだけ。私的な会話はこのひと月、皆無だった。私も傷つくのが嫌で、話しかける気にはなれなかった。




 その日、修練や勉学を終えて王宮を辞そうとしていると、声を掛けられた。未だ花束を送ってくるアルバンだった。あまりに諦め悪く自分と結婚するようにと迫ってくるので、屋敷では居留守を使って避けている。公式の場では彼もわきまえているようで近寄って来ないから、まともに対面するのは久しぶりだった。


「祭礼服の試着をしたのだって?」

「……ええ」

「どうだったかい?」

「……身が引き締まったわ」

「ああ、そうだな。僕も初めて袖を通した時はそう感じたよ」

 キラキラした笑顔で話すアルバン。王族の男子は子供のころから祭礼に参加しているのだ。

「やっぱり、そういうもの?」

「みんなそう言うな。案外、重いだろう?その分、責任の重さも実感する」

「ええ、実感したわ」


 試着で感じたことを共感してもらえるのは、初めてだった。リアーヌや家族、友人であの服を着たことがある人はいないし、ユベールとは私的な話をしていない。


 アルバンは何故か目を細めた。

「君が笑顔を見せてくれるのは久しぶりだ」

「だって。あなたは困ることしか言わないのだもの」

「僕もかなり切羽詰まっているからな。君は全く相手にしてくれないけれど。……歩きながらで構わないから、話をしないか」


 ちらりと先導の侍女を見ると、彼女はそっぽを向いていた。


「それなら、少しだけ」

「良かった」

 アルバンは安堵の表情を見せた。


 元々は悪い人ではないのだ。平凡地味な私にもリアーヌに対してと変わらない態度で接してくれるし、誕生日の贈り物は欠かさないし、舞踏会では毎回ダンスを申し込んでくれる。

 美貌を鼻にかけないで、そういう細やかな気遣いをする人だから、とてつもなくモテるのだろう。


 祭礼のことや修練について少し話した。ユベールは論外だしアルベールともあまり合わないので、それらについて同世代と話せることはあまりなく、ついつい饒舌になってしまった。


 一区切りがついたところでアルバンは

「本当に、どうして君が聖女なのだろう」と吐息と共に呟いた。

「相応しくない自覚はあるわ。せめて誠心誠意をこめて勤めるつもりよ」

 再びため息をつくアルバン。「だから違うって。君が相応しくないなんて僕は、いや、誰も思っていない。前にもそう伝えたと思うが」


 確かに言われたけれど、そんなのはお愛想だ。ちゃんと分かっている。どう考えても容姿も性格も可愛く人気者のリアーヌのほうが相応しいのだ。


「……どうせまた信じていないんだ」

「私もあなたがこんなに権力欲が強かったなんて、信じられないわ」

「それも違うと言っているのに」

「選ばれないことに慣れてないのよね」

「僕は純粋に君と結婚したいだけだと、何万遍言ったら信じてくれるのかな」

「あなたの口のうまさに騙されるほど無垢ではないわ」


 アルバンはまたまたため息をついた。

「どうして君は自己評価が低いのだろう。確かにリアーヌは可憐で人に愛される娘だけれど全ての人間が彼女を一番に愛する訳ではないし、君は彼女に比べたら地味かもしれないけれど素晴らしい令嬢であることは間違いないというのに」

「いつもお気遣いをありがとう。だけれどあなたを夫に指名はしないわ」

「聖女に選ばれていなかったら、僕との結婚を考えてくれただろうか」

「その質問は初めてね」

「そうだな。さすがに僕もへこたれているから」


 アルバンを見ると美しい顔を翳らせていた。見たことがない暗い表情に、本当に落ち込んでいるのかもしれないと思った。

 足を止め、しっかりと彼を見据える。


「考えたことがなかったから、なんとも言いがたいわ。あなたはリアーヌが好きなのだと思っていたし、私は父が選んだ人と結婚するのだと考えていたの。だけれど地味な上に会話も下手な私に、あれこれと気遣ってくれることはとても嬉しいのよ」

「僕はその言葉だけで満足しないといけないのだろうか」アルバンはますます顔を曇らせた。「因果応報、か」


 因果応報?

 どういうことかと尋ねようとしたとき、

「エルミ!」

 と私の名前が廊下に響き渡った。不機嫌な顔をしたユベールが大股でやって来る。




お読み下さり、ありがとうございます。


◇お詫び◇

『ユベール』という名前、過去作で国王として登場していました。ただのうっかりミスで全く関係はありません。


一応、登場作品。

『結婚相手の探し方』


名前を考えるのが苦手で、ネットの『○○人 名前一覧』を利用しています。ついついAから始まる名前を多用、アルベールとアルバンが半ばかぶっていることにも、今話まで気付きませんでした。

ややこしくて申し訳ないです。

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