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3・不機嫌な婚約者

 妹の身代わりだと気づかれることはなく、私は聖女となった。国王夫妻、神官、大臣たちはみな新聖女決定を喜んでくれて後ろめたくはあったので、騙してしまう代わりに精一杯勤め上げるつもりだ。

 不安なのは国民の反応だけど、一般への御披露目は秋の例祭だからそれが分かるのは数ヶ月先。


 女神の怒りにふれるかとの心配も杞憂だったようだ。神殿の奥には神器の水盤があり、女神が怒りや拒絶、反対などの意思を表す時には激しく波打つらしいのだが、その現象は起こらなかった。きっと事故だと諦めてくれたのだろう。


 それから。次期最高司教兼国王となる私の夫は、約束通りにユベールを指名した。候補はふたりの王子の他に数人の王族がいて中には激しく抗議をする人もいたけれど、それを除けば反対はなかった。予想外だった。


 第一王子を、と推されるかと考えていたのにそれはなく、本人も残念がる様子もない。王に相応しいのに選ばれなかったアルベールは、ユベール即位後は国王補佐という地位について政治も神事もサポートすることが決まったのだが、本人曰く『ベストポジション』だそうだ。


 どうも、ユベールを指名したときに理由を問われ苦し紛れに答えた『王族らしくない自由さで、国に新風を吹かせてほしい』というのが、皆を納得させたらしい。


 そうして私はユベールと婚約した。


 ユベールは表向きは良き婚約者として振るまっている。周りは、近年ぎくしゃくしていた私たちが仲直りをしたのだと考え喜んでいるようだ。だけれど彼は他の人の目がなくなると、とたんに視線を合わせなくなり口も重くなる。


 私は毎日王宮に参じて、王妃教育や聖女の修練などをしなければならないのだけど、そのあと必ずユベールとのお茶の時間がある。


 この時間が辛い。大抵ふたりきり(ユベールに常に付き添っているドニはいる)で、お互い無言で時間が過ぎるのを待っているだけ。苦行の時間かと文句を言いたい。


 聖女となり二ヶ月。ほとんどのことがスムーズに進んでいるのに、ユベールのことだけがうまくいかない。

 精神的にキツいのでなんとかしたい。

 そう思いながら日課のお茶に向かうと、いつものサロンから話し声が聞こえてきた。


「いつまでこんな状態でいるつもりだ?」

 そう問う声はアルベールだった。どうやら今日のお茶には彼もいてくれるらしい。ほっと安堵する。

「いい加減にしないと私が話すぞ」

「やめろ、余計な世話だ」

 ユベールの不機嫌な声。

 アルベールがいても今日は機嫌は悪いのだろうか。安堵も束の間で、がっくりする。


 と、先導していた侍女が咳払いをした。

 ふたりの声がやむ。どうやら他人が聞いてよい話ではないらしい。ならば聞こえてないふりをするべきなのかな。


 サロンに入ると兄は笑顔を向けてくれたけど、弟は眉間にシワを寄せていた。

 私も不機嫌になりたいけれど、ぐっとガマンをして挨拶をした。それからほんの少しの話をしただけで、アルベールはではまた、と立ち上がった。


「もう少し、お付き合いしてもらえないかな」

 ユベールとふたりきりは嫌だ。だけどアルベールは

「すまないね、約束がある」

 と去ってしまった。


 とたんに部屋の空気が重くなる。今日のユベールは挨拶以外の言葉を発していない。昔はよく笑い、聞いてる私のお腹がよじれるような楽しい話をしてくれる人だったのに。



 だけど昔のことを言ってもしょうがない。

「最近のアルベールは忙しそうね」

 思いきって話題を振ってみた。先ほどの兄弟は不穏な雰囲気だったけれど、本来は仲が良い。

「補佐としての勉学を始めたと聞いたけど、そのせい?」

「……王位を継がなくて済んだからな」ユベールはそっぽを向いたまま言う。「あいつには身分の釣り合わない秘密の恋人がいる。枷がなくなって、逢い引きに忙しいんだ」

「そうなの!?」


 思わずアルベールが出て行った入り口を見た。当然とうに姿はない。

 あまりに意外すぎる。品行方正で常に王子たらんとしているから、てっきり王位を継ぐためにそうしているのだと思っていた。


「もしかしてアルベールのために夫に立候補したの?」

 王になりたいよりも兄の幸せのため、というほうがユベールらしい気がする。

 もしユベールが夫には自分を選べと条件を出してこなかったら、私は間違いなくアルベールを指名した。それをみんなが望んでいると思っていたからだ。


「いいや」とユベール。

「そう。だけれど驚いたわ。というか、少しショックね」

 まさかアルベールにそういう相手がいるとは。なんというか彼は全ての人に等分に笑顔を向ける、みんなの王子なのだと思っていた。

「あいつは恋人を溺愛してる。気づかないお前が馬鹿なんだ」


 ……どうしてユベールはこう、ケンカ腰なのだろう。

 がんばって会話をしようと思ったのに。

 思わずこぼれそうになるため息を、なんとか飲み込んだ。


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