2・交換条件
私はそのまま迎えの馬車に乗せられた。庭から神殿へ、外出着に着替えもせずにまさかの直行だ。
最高司教である国王と現聖女である王妃と共に、女神に挨拶をしないといけないらしい。
向かいにはユベール。近侍のドニは馭者席に座ったようで、ふたりきりだ。
はっきり言って、気まずい。
私、同い年のユベール、二歳年下のリアーヌ、三歳年上で第一王子のアルベールの四人は幼馴染だ。昔はよく遊んだけれど、ここ二年近くユベールに避けられている。というか嫌われているようだ。
まともに目が合うことがなく、視線を感じて振り向くと、たいてい眉間にシワを寄せたユベールが私を睨んでいる。
嫌われる理由に心当たりはない。リアーヌに聞いても彼女も分からないという。
だから私も今は彼と距離をとっている。理由もわからないまま、傷つくのは嫌だもの。
だけど聖女になるということは、王族の一員になるということだ。 今までのようではまずいだろう。
「お前が聖女なんて信じられない」
その声に顔を上げると、ユベールはまだ強ばった顔をしていた。
「……そうだよね」
やっぱり私が聖女というのはムリがあるだろうか。
母親似のリアーヌは金色の髪はふわふわで、青空のような瞳をして砂糖菓子のように甘く可愛らしい。それに比べて父親似の私は、平凡で地味。
現聖女の王妃は絶世の美女で、引退した皇后も若い頃はかなりの美貌だったという。その系譜に連なるのは、どう見たってリアーヌだ。
こんな平凡地味が聖女なんて、国王夫妻も国民もがっかりしてしまうだろう。
身代わりの聖女になると決めたものの、段々と不安になってきた。
聖女というのは女神に仕える司祭であり、同時に依り代でもある。彼女が選んだのと違う娘が聖女と名乗り上げたら、女神は怒るだろうか。
だがミスだろうが事故だろうが、矢は私に当たったのだ。女神は仕方ないと諦めてくれてもいいと思う。
「まさか選ばれるのがお前なんて」
ユベールが重ねて言う。やはり本当はリアーヌでは、と疑っているのだろうか。
彼はリアーヌが好きだ。直接聞いたことはないけれど、見ていれば分かる。私のことは避けるくせに、リアーヌとはよく話す。私に向けるような不機嫌な顔を彼女に見せることもない。
私の知っているユベールは、友達には優しくて気がいい。困ったことがあったら、後先考えずに助けてくれる人だった。きっと好きな相手に対しても、そうだろう。
下手に疑われ続けるより、味方になってもらおう。
そう決意して、
「実は……」
と全てを打ち明けた。聖女の矢はリアーヌに向かっていたこと。私が彼女をかばったら当たってしまったこと。そして彼女は大好きなセザンヌにプロポーズされたばかりだということ。
聞き終えたユベールは目を見開いて硬直していた。かなりの間のあと、
「……本当の聖女はリアーヌで、エルミは身代わり……」と掠れた声で呟いた。
「どう思う?女神は怒るかな?今までにこんな前例はあった?どちらにしろ私の額に当たったのは事実なの。事故だとしても、私が聖女だと言い張れるとは思うのよ」
ユベールの喉がこくりと動くのが分かった。
「……いいだろう。問題ない。聖女はお前だ、エルミ。決して他言するな。俺も秘密を守ろう」
「ありがとう!」
「ただし、条件がひとつある」
ユベールは表情だけでなく声まで強ばっている。
「分かったわ」
「夫には俺を選べ」
「え?」
耳に入った言葉は聞き間違いだろうか。
自分を夫に選べと聞こえた気がするけど、ユベールは私を嫌いではないか。
「それが条件だ。譲れない」
「どうして?」
「俺は……。王になりたい」
意外な答えに、また驚く。
第一王子のアルベールは真面目で勤勉、王子としての自覚を持ち振る舞いも品格に溢れている。
だけれどユベールは未だにヤンチャな気性で、自由で勝手気まま。頻繁に侍従長に叱られている。王位に興味があるとは思えなかった。
「あなたって、そんなに野心家だった?」
「そうだ。お前が知らないだけだ」
彼とろくに話さなくなって二年になる。知らないうちに、ユベールの考えや価値観が変わっていてもおかしくないだけの年月だ。
「いいな、俺を選べ」
「分かったわ」
ユベールが私の夫。嬉しい話ではあるけれど、私は彼が王になるための手段に過ぎない。
……一瞬でも甘い答えを期待した自分がむなしい。
ガタンと馬車が大きく揺れて、止まった。神殿に到着したようだ。
頭を切り替えなければ。これから私は国王夫妻たちを騙して聖女にならなければいけないのだから。
扉が開く。ユベールは無言でさっさと外に出た。武者震いをひとつして、私も馬車を降りようとした。
すると先に出たユベールが、扉脇に立って手を差し出していた。
野心にまみれた婚姻でも、体裁は整えてくれるようだ。
彼にエスコートされるなんて何年ぶりだろう。
ドキドキしながらユベール手に自分の手をそっと重ねた。