1・聖女の矢
我が国には聖女の矢というものがある。虹色に輝くそれが額に当たった者は、『女神に選ばれた新しい聖女』となるのだ。
そして新聖女の最初の仕事は、王族男性の中から夫を選ぶこと。
選ばれた夫は次代の、女神を奉る国教の最高司教兼国王となる。
神殿で射られた矢は新聖女に当たるまで、何日も、どこまでも飛び続けるという。
そんな神秘の力で選ばれた者に、拒否権はない。絶対に聖女になり、夫を王族から決めなければいけないのだ。
だけれど建国以来ずっと続いてきたこの制度に、文句をつける女性はいなかった。今の今まで。
◇◇
そのとき私と妹は自分たちが公爵令嬢だということも忘れて、人気のない庭の片隅で手を取り合って円を描くかのように跳びはねていた。
妹のリアーヌが長いこと片思いをしていたセザンヌからプロポーズされたのだ。
16歳のリアーヌは私と違ってとても可愛らしい。容貌も性格も。男女どちらからも好かれ、結婚の申し込みも多い。それなのに本命のセザンヌが何を考えているか分からず、ずっとやきもきしていたのだ。
喜びすぎて令嬢らしからぬテンションになってしまっても仕方ない。
そんなとき私たちの頭上に虹色に輝く聖女の矢が現れたのだ。リアーヌの顔が恐怖で強ばる。私はとっさに彼女を背中に隠した。
矢は目標を見失い戸惑ったのか、私の額にコツンと当たり、落ちた。
「お姉さま!」とリアーヌ。
地面に落ちたそれを見つめる。虹色に輝いている。聖女の矢で間違いない。
「エルミ・フェヴァン」
突然背後から名を呼ばれて飛び上がる。振り返ると幼馴染である第二王子ユベールと近侍ドニ、母、執事が立っていた。
「最高司教代理、ユベール・ジェルヴェーズが聖女の矢がそなたに当たるのを確認した。そなたは新聖女である」
ユベールは顔を強ばらせながら、改まった口調でそう宣言をした。
心臓が身体から飛び出そうなぐらいに大きく脈打っている。
私はごくりと唾を飲み込んだ。誰も矢がリアーヌを目指していたと気がついていない。
彼女はようやく恋しい人と幸せになれるところなのだ。聖女にするわけにはいかない。
私が代わりに聖女になろう。
口を開いたけれど、喉がカラカラで声が出ない。
代わりに軽く膝を折り頭を下げ、承知の意を示した。
お読み下さり、ありがとうございます。
不定期連載です。
こちらの作品は諸事情で、各話が短くなると思います。