キツネが俺を喰う
仕事終わり、空を見上げると相変わらず真っ白な光景であった。 太陽はない……つまり今の時間は夜なのであろう。
「たくっ……行くぞ、相棒」
足元をじゃれつく狐の背をさすり、俺は帰路を促した。名前はない、俺にしか見えないから固有名詞で指す必要がない。コーンっと返事した鳴き声は、俺の耳の奥で響くようだった。
俺の職業は泥棒で、このキツネは道具である。
帰り道のバスの中で、俺はポケット辞書を取り出し、ページをパラパラとめくる。何か違和感のある単語は、このキツネに恐らく喰われたものだろう。
このキツネは、人から認識を奪う。そもそも見た目が人に認識出来ないのだが、更に人を噛むことで、その人の感覚から認識するあるモノを奪う。
奪ってきたものは様々だ。宝石、オシャレな飾り、高級な家具、高い価格の芸術品……キツネがその人より奪った認識の現物を、俺は盗み出して金に換える。
認識できなければ、盗まれたことにも気づかない。目、耳、鼻、触覚……五感はそれを認識できず、人から指摘されても反応が出来ない。
キツネの能力を利用することで、俺は今まで気づかれずに盗みを働くことが出来た。キツネの能力だけでなく、一人暮らしなど世間と交流が詳しくない場所を狙って盗んでいるからだ。
当然リスクはあって、俺自身も何か認識記号を喰われてるかもしれない不安がある。こうして辞書を引くのも、それを確かめる為の違和感探しだ。
俺の肩に止まったキツネが頬を舐めようとするのを手で払いのけながら、俺は辞書を閉じて次の標的を探す。
隣に座った人が俺の様子を怪訝な顔で見つめただろう。だろうというのは、空が白いせいで人の顔が暗くて見えないからだ。
9 15日なので団子が安い、俺は団子を食いながら標的の家へと向かう。厳重な警備であったが、キツネが監視カメラや赤外線から認識記号を喰うことで、何にの反応しない役立たずに変えてくれた。
家に入るとマントを羽織り、警備員から「マントを羽織った不審者」という認識記号をキツネに喰わせた。これで目撃証言が出なくなる。
家に侵入するのは、主人が必ずいるときだ。家の主人に銃を突き立て、最も大切なモノを盗む。それは簡単なことで、大切なモノを考えた主人にキツネを噛ませるだけだ。
しかし妙だ、主人の顔がモヤのような認識で遮られて見えない。俺の手を触れるも、全国何も感じない。
「今は夜か?」
外の空は真っ白で、町を暗くしている。それでも、ここまで認識出来ないのは初めてだ。キツネに何か喰われてるだろう。そう感じるのも初めてであった。
「声も感じねぇ……ずらかるぞ!」
俺は狐を抱えて逃走するが、外は警察の車両で囲まれていた。メガホンを持ったモヤモヤ姿の警察が何かを言っているっぽい。
俺は2階から飛び降り、マントを羽織って警察にキツネを差し向けた。キツネは警察から俺の認識記号を奪った。
俺はキツネを連れて逃走する。
警察を巻いて、俺は空を見上げた。空は相変わらず真っ白で……いや、目を凝らすとモヤがかっている。ふと、家電屋のテレビに目を向けたが、画面がモヤがかって見えない。
周りを見渡した。モヤモヤで真っ白な人間共が俺を指差している。
「キツネ! 俺から何を喰った!?」
俺はキツネを蹴飛ばす。キツネが怒って俺の足を噛んだ。
今さら気づいたが、俺の名前は何だろうか? 俺の経歴は何だったんだろうか?
俺が消えていく、俺の中の俺という俺を示す俺の全てが消えていく。
今さらだが、空が真っ白ってさ、おかしくないか? 太陽が見当たらない時間に、何で空は真っ白で、暗がりというものがあるんだ?
月野明
月の明かり
9月15日
月
キツネとつままれ、俺から は消えた。
キツネにつままれ、 から は消えた。