8.異世界ナゼそこに? 日本人
「今、異世界言うた?」
多分、私の声は震えてたと思う。
ジュードさんも同情してるっぽい苦笑いで頷く。
「そや。人間の見た目も変わらんし、服装や文化もそんなに変わらん。
まぁ、科学知識は錬金術的なもんしか無いけどな。その代わり胡散臭い呪いレベルやのうて、マジもんの錬金術やけどな。
科学的根拠に基づいたホンマモンの錬金術と、精霊や神々の力を言葉の法則で行使する魔術とが日常的に生活に使われてる世界なんや。俺らが暮らしてた地球の日本の現世とは違う、空や宇宙で繋がってない異世界なんやと思うで」
それが、この5年で感じた現実や。
ジュードさんは寂しそうにそう答えてくれた。
彼も、最初は認めたくなかったのだろう。私よりも苦労したのかもしれない。いや、多分そうなんだろう。
彼は、元の世界に戻る事や家族、仕事や友人や大切にしてたものなどの、あちらに残してきたものをどうやって諦めたのか。或いは諦めてないのだろうか。
聞きたいけど、聞けなかった。
───── ◆ ◆ ◆ ───────
ジュードさんは、関西外大卒業した後、旅行会社に就職して、最初は窓口でお客様に案内したり苦情を聞く仕事しか貰えなかったけど、やっと先輩について国内の日帰り旅行の添乗員さんもさせて貰えるようになり、複数の語学に長けていた事と人好きのする明るい性格で、外人受けがよく、海外からの観光客向けの国内旅行を任されるようになり、近々、語学力と学生時代の渡航経験を生かして、海外旅行の現地添乗員も先輩について始める事になって、これからが良い時、やる気満々な所で、何の冗談か、この世界に落っこちてしまったらしい。
そう語ってくれたジュードさんの目は、寂しそうだったけど、どこか諦めてもいたようだった。
「ヴァニラで三人目や言うたやろ? 来て二年目に隣の国の開拓村で、井戸掘ったり田畑整備したりしてたお爺さんに会うたんや。
今の俺くらいの歳に、こっちに迷い込んだらしい」
その人は、海外のボランティア派遣団体かなんかで、アフリカの村に井戸や畑の開墾技術を教えに行く予定だったけれど、夜中にちょっとコンビニに行こうとして外出した所、自宅から店舗までの道程の四つ辻の真ん中で、キラキラ光る円があったんだとか。
マンホールの位置を報せる夜光塗料かな?と気にせず進んでつい端を踏んだ途端、この世界に召喚されてしまったらしい。
ラノベにあるような呪術師が怪しげな薬草を焚いたり、魔導師が大水瓶や魔法円を使って呪文唱えたりするのとちょっと違って、飢饉に喘ぐ寒村の人々が、寂れた神殿で、疫病の治療や痩せた土地の豊穣を必死に祈る力の強さに引き寄せられて、ちょっとキラキラしながら祭壇に立ってたんだって。
なんだか勇者召喚みたいでドキドキするよね。
で、ジュードさんと同じで、言葉は解らなくても、元々言葉の通じないアフリカに行くつもりだったくらいにコミュニケーション能力は高かったみたいで、自分の持てる開拓技術を駆使して、その村の井戸掘り当てたり開墾に力を注いで、立て直したんだって。
何年かしたら言葉はなんとかなったみたい。
誰も日本語喋れないんだから、現地の言葉を聞く内に自然と覚えたとか、羨ましい。きっと私は無理…。今までからカタカナ表記される言葉やローマ字、数字の羅列は記憶出来ないから。
元々知ってる言葉がカタカナで書かれてたら、多少はつまらず読める。知らない言葉がカタカナや全てひらがなで書かれてると、どこで切って読むのか、解りづらくなる。
ローマ字表記に至っては書けるけど読めないのだ。
元々よく知ってる言葉なら推測で判る。その代わり、似た言葉だったとしても気づかない。
『きめ細やかな食感に拘りました』と書いてたとする。ki・me・ko・maまで読んだ辺りできめ細やかなと想像出来なかった場合、食感に到達する頃には先のきめ細やかなが頭から消えてる…。いや、これは適当な例やで? この例文みたいなお菓子の説明文とかやったら一応ピンと来るから判るハズやけど、普通の会話文や知らない言葉の羅列やったらまず音読する内に最初の方から順に頭から消えてるのだ。
カタカナ、ひらがな、ローマ字等の表音文字や数字は、文字は覚えられるけど字自体に意味がないから記憶に残らないようで、同じ表音文字のハングルも覚えられなかった。
こればっかりは、子供の頃から努力しても治らなかった。
その代わり?文字に意味がある漢字は大好きで、誰に言われずとも覚えて、小学生の頃は、漢字で書けると思った言葉は全て辞書でひいて書いてた。私のノートを借りた子にアンタのは読めないと言われたものだ。
漢字検定だって、在学中に2級だし!
私のお脳には、残念ながら語学センスは備わってなかったらしい。
それはさておき。
「2人目はこの国の王都の城下町で会うた」
そもそもこの国は勿論、この世界では、黒髪の人はいないらしい。暗褐色や深緑、青灰色はいるけれど、少なくて、東の山を越えた先の神獣の國の人に多いんだって。
出たよ、神獣。またしても錬金術に続くファンタジー用語。そこは神獣が人も含めあらゆる生物を総括してるんだって。
神獣かぁ、フェンリル(狼)とか九尾(狐)とか、フェニックス(鳳凰?)とか、黄金の獅子とか白虎、もっと凄くてドラゴン(竜や龍)だったりして? ちょっと行ってみたいかも。
「俺は日に焼けやすい体質で、髪も色素薄めだったから、どこに言っても目立たなかったけど、その人は真っ黒純和風な小柄な女性だった」
その人は、戦時中に、空襲を避けて山の中に逃げて、彷徨ってるうちに霧に巻かれて、震えながら夜を過ごし、夜が明けて霧が晴れたら見た事のない林の中に居たんだって。
なんか、私と似てる?
「私も、妖精の環の中に立ってた時、周りは爽やかで晴れてたけど、そこを囲む林の中は靄ってたな~」
霧が晴れたら知らない世界って、ヨーロッパのファンタジーな伝説とか小説にありがちな感じ。ジュードさんも頷く。
「霧が触媒の転移魔法なのかもな」
その女性は、黒髪が原因で、魔族(そんなん居るの!?ここ)だと迫害されたり、逆に霊力が高い聖女だ巫女だと持ち上げられて政治に利用されたり、大変な目に合ったそう。
政治に利用されるにしても、迫害されるにしても、きっと女性であるが故の危険もあったのだろう。被害にあったかどうかはともかく、男性のジュードさんには言い辛いだろうから話してないかもだけど。
「この国は犯罪に厳しいから、あまりイジメとか差別とか少なくて、移住してからは平穏に暮らせてるらしいがな」
そんなに苦労してたら日本人同士、助け合って暮らす事を提案してみたけれど断られたんだって。
ここでは、たまに見かける山向こうの神獣連邦国の出身の人と勘違いされて、否定しないでいたら結構周りの人が助けてくれて、普通に庶民してるらしい。
「ラノベにありがちな、なぜか言葉が通じるとか凄い能力があるとか、異世界万歳チート補正はないんやね」
「自動翻訳機能はなくても、俺は言葉はなんとかなったし、誰でもっていうたやろ?魔法も使えるし、チート補正なくても、充分アッチとは違う楽しみもあるけどな」
もしかしたら、向こうに帰れる目処がたたない間の自分に折り合いをつける言い訳として、魔法スゲェを楽しんでるのかな。
ん? 誰でも? 誰でもって言うた?
「ねぇ、私も、魔法使えるん?」
めっちゃ身を乗り出して聞いてしまった。だって、魔法だよ? 子供の頃、誰でも1度は魔法使いになりたいとか、使ってみたいとか思ったりしない? ファンタジー小説や映画が流行るのってソコあると思うんやけど。
「黒髪やし、ここの法則で言うたら、髪の色が濃いほど霊力や魔力を貯めやすいらしいで。俺よりはっきり黒いねんから、呪文さえなんとかなれば、魔術は使えるハズや。後は、高等技術になるけど、脳内で仮想魔法円展開しての無詠唱魔法やな」
「呪文…ここでも言葉がネックかぁ。私、英語もサッパリやからなぁ…カナダで英語もフランス語もでけんで困ったわ」
「カナダで困ったって、日常会話もあかんのか?」
ジュードさん、呆れた顔をする。チクショー。外大出るような語学に長けた人は良いよな。
「スキー場で、リフト券見せるやん? バーコードにスキャナ当ててから乗せてくれるんやけど、何か挨拶らしい事を話しかけてくれるんやけど、何言うてんのんか解らんし、どない返してええんか解らんから、日本人秘技にこやかに誤魔化すを発動したんやけど、答えるまでスキャンしてくれへんねん」
あ、ジュードさん顔を隠して俯いた。
「しゃぁないから中学で教科書に載ってたかな?みたいなナイスミーチューって言ってみたら、困った顔して何回も頷いて通してくれた。もしかしたら、挨拶やのうて、なんか違う事を言ってたんかも?」
更にジュードさん、机に突っ伏して沈没してしもうた。
ええわ。好きなだけ、呆れて、笑い死にしぃな。
どうも、記憶出来ないもそうだけど、耳から入る情報の処理能力に問題があるのかも。
普通に空耳が得意?で、日本の歌謡曲の歌詞も全曲そのまんまに聞こえる事は少なくて、知らない言葉に思えたり、全く違う言葉に聞き違えたり。
更には、知らない単語は似た響きの知ってる言葉に勝手に置き換えて聞いてる。それが空耳かな?
聞き取れないから、英語でもどこの国の言葉でも覚えられないのかも。スピードラーニング買ってみるか?
でも、まぁ、日本人やもん。日本語出来たら日常生活困らへんわ。
標準語と丹波地方、北摂、浪速、河内、神戸、尼崎付近、宝塚・川西、京都伏見、一部京言葉にほら、10通りの言葉の違いが判るで!
一口に関西弁言うても、地域で語尾の使い方や固有名詞の一部、細かなイントネーションちゃうんや!
ちなみに私は前記の言葉に、岡山倉敷地方と徳島小松島地方の言葉が混じった複合関西弁です。
一番好きなのは、宝塚・川西の言葉。
自覚したのは、テレビでクイズ番組見てて、ヤクルトの古田さんがどんどん勝ち上がって行くの見てるん好きで、
「この人の話し方好きやなぁ。なんかええわ」
とこぼした所、母が、
「そら、川西の人やん、馴染むわな。すぐそこやで」
と返してきた。
翌日友人に聞いたところ、ご両親が住んでる所も自転車ですぐの所だった。
その後も、ニュースで謝ってる役所職員の言葉がなんや尼崎の子の言葉に似てるなぁと思ったら、本当に尼崎出身の人だったり。
もし、関西弁検定とかあったら勉強してみようかな。
と思ったら、向こうに帰らないと無理な事に気づき、久し振りの関西弁での会話に昂揚した気分が下がる。
「ねえ、コッチに来て、帰った人って居ないんかな?」
パチッ 暖炉で薪が爆ぜる音が聞こえる。
ジュードさんは机に伏したまま答えない。多分、それが答えなんだろう。
或いは、帰った人が居たとして、再びここに来ない限り、帰った!来た!って話を聞くことも出来ないわけで、噂で最近みなくなった日本人なんてものが流れてる訳でもないんだろう。
聞いてはいけない事を聞いてしまった気まずさに、ジュードさんは机に伏したまま、私は椅子の上で三角座りしたまま、重苦しい沈黙が続いた。
次回、第9話 喚ばれて異世界、日本人は優秀?
アルファポリスさんではここに暖炉の挿し絵が入ってたのですが、容量オーバーで、投稿出来ませんでした。へたっぴぃな絵でも、毎回入ってるのになんでやねん気になるやんって方は、アルファポリスさんで見てみてください。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/547434934/77211830/episode/1425561