7.異世界の村で発見! こんなところに日本人
──うすうすそんな気はしてたが、だいたいそうだろうとは思っていたが…認めたくなかったよ。認めたら、何かが終わると思ったもん。認めたくなかったんだもん!! 解るよね!?
ここは、日本じゃなかった! しかも、地球ですら無かった。
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ガタッと木箱か何かが蹴飛ばされるような音に振り返ると、30歳になるかならないかくらいの青年が立っていた。
日に焼けたのか脱色したのか、元々色素が薄いのか判断が難しい感じの微妙で自然な明るい茶髪。
わりと日焼けしたお肌。
ちょっと細めの尖った鼻。
目の色もクヌギよりかはドングリに近い明るい茶色。
あまり赤みの無い薄い唇はお喋りなのかな。
立ち姿勢も含め、容姿は、江ノ島とか湘南とかに居そうなサーファー風な感じ。
服装は例のコスプレーヤー達の剣士に近い格好で、弓矢は持っていない。が、彼の短剣はもっと短くて、扉の近くの木箱の上に、外して置いたところだった。さっき聞いた音は、コレか。
じろじろと、こちらの頭から足の先まで何度も往復して見る。何か、変かな? 確かにコーディネートは悪いかもしれないが、普通の格好ダヨ?
「エルグェンダ、ぎるがいやヴぃア?」
上半身を屈め、上目遣いにこちらを覗いながら、何か、話しかけてきた。が、サッパリだ。衛藤氏のサッパリ妖精が日の丸扇両手に踊り出て来そうだよ。
おかしいな、コスプレーヤー達と違って普通の日本人のオニーチャンに見えたのに。
片手が箱の上の短剣にかかっているのが怖かったけど、ヘタに動いて敵視されて斬りかかられたら死んじゃいそうだし。ここは開き直って、普通に答えることにした。
「ごめ~ん、何言うてるか、サッパリやわ」
「やっぱ、そうか! アンタ日本人やんな? しかも、関西か」
「そっちもか! そのイントネーション!」
手に持ってた絞ったタオルを握りしめ両手で引っ張ってやや興奮気味に叫んでしまった。
「…てか、日本人やなって何? 私がガイジンに見える? 一応、チャイナやコリア、まして東南アジア人にも間違われた事ないんやけど」
「ああ…。勿論、日本人にしかめえへんけどな、コッチに来てから5年で日本人に会うんまだ3人目やからな。一応聞いてみた」
コッチ? コッチって何?
青年は、警戒心を解くと、一気に普通の関西のニーチャンになった。
後ろ手に扉を閉めると、後頭部をかきながら室内の奥へやってくる。
「それ、やっぱユニクロやんな? 久し振りに見たわ」
所々欠けた古い木のテーブルの上に広げたまんまの、てろてろパンツを指さしながら、へらっと表情を崩す。
「タオルで汗とか拭いてたんか? 生足ご馳走様やけど、穿けへんの?」
……どわぁああ!! まだ、穿いてないままやった!
奇声(可愛い悲鳴はムリ)をあげて、尻をオニーサンから隠すように壁に向けて、てろてろパンツに両足通し、スカートを少したぐしあげて一気に引きあげた。
アカン、音を聞いて振り返って、知らんオニーサン見てびっくりしてそのままやったわ。
椅子に半分腰掛けて足拭いた姿勢のまま、タオル握りしめて振り返った姿勢で、ファーストコンタクトって何その間抜けさ。あまりの間抜けさと恥ずかしさで爆死しそうや。
「ゴメンな、指摘せえへんかった方が良かった? せやけど、後でもっと恥ずいやろ?」
声もなく、ただ勢いよく首を縦に振る。カクカク音がしそうや。いや、事実、首の骨がコキコキなってるの、頭に響く。20年前の猪名川町で追突されて以降、首の骨が時々おかしいのを思い出した。
「えっと、取り敢えず、自己紹介? 大阪府は万博の太陽の塔が見える、中国道近くの出身で、元の名前は淳二。今はジュードと名乗ってる。人前ではジュードでヨロシク」
オニーサン改め淳二=ジュードさんは、テーブルの椅子をひいて、背を前に反対に座り、背凭れに両腕を乗せて楽しげに話す。
その様子に私のスイッチが入ってしまった。
「太陽の塔が見える言うたら茨木か吹田! 何処に引っ越しても、よく車でどっか行った帰りに高速で太陽の塔が見えたら帰って来たって思たわ! 子供の頃はしょっちゅう万博公園で、お父さんや弟たちと遊びに行って、上の弟が必ず迷子になって…逆立ちやトンボ返り、馬跳びとかバドミントンとかやったで! わぁ、なんや懐かしなぁ。幼稚園から小三まで吹田やったで、第一小学校。阪急は遠かったけど、国鉄からも近かったし」
「国鉄?」
「あ…」
ヤバ…歳バレる。
「お婆ちゃんがな、JRになってからもずっと死ぬまで国鉄言うててん。つい…」
誤魔化せたかな?
「オネーサン、年上やとは思ったけど、結構歳いってるんか」
あかんかった。バレた。
「まあね。オニーサンよりかはずっと長生きしてるかな。バレたらしゃあない。敬意を払う事を許してしんぜようホドに、そちには特別に、関西弁で喋る事を赦すぞよ」
「マジか、30ちょいくらいかと思ったけど、もっと上なんか。なんかノリがオバサンや」
グサッ
「この、熟女の魅力は隠せんかな、ホホホ」
スベりまくりや。もう、やめとこ。
「オニーサンがジュードさんなら、私は昔から、プリンちゃんとか、バニラちゃんと呼ばれてたから、プリンはポムポムプリンみたいでぽっちゃりアピール強いから、ヴァニラと呼んで貰おうかな」
「ヴァニラね、ロープレのキャラとかにありがちやな。ま、いっか、似たようなもんやし」
ジュードさんはニカッと笑って握手を求めてきた。
「んで? ここに来て何日経ってるん?」
ジュードさんの意外に力強い、剣胝のある手を軽く握りながら質問に答える。
「まだ、3日目やけど、ここって何処なん?」
「そこからか」
オニーサン改めジュードさんは、ふわふわの前髪を掻き上げて天井を見る。
なんか、イヤ~な予感スルヨ?
「ヴァニラおねーさんは、ここへどうやってきたん?」
「なんか、哀しくなるからオネーサン抜いて。ヴァニラと呼んで」
ジュードさんは、少しあきれたように苦笑いだったが、頷いてくれた。
「どうやってきたのか、こっちが聞きたいくらいで、よく解んないの。
駅前で、スマホいじってて、なんか熱中症的な具合悪さ感じて、なんやゾンビみたいにふらふら川沿いを自宅向かって歩いてて」
体を揺らすように振って、眼だけジュードさんに向けて話す。ああ、コレやこれ。東京の人と違ごて、普通に気を遣わずそのまま会話できる。この感じに餓えてたよ。
「気ぃついたら山ん中で妖精の環の真ん中に立ってた」
「フェアリーサークル?」
「かどうかは判らんけど、それっぽい、ハーブとキノコの群生で出来た輪っか。その真ん中に立っててん。
狼か山犬っぽい痩せた毛艶悪い獣に見つかったけど、その中に居たら、襲ってこなかったよ?」
ジュードさんは頷きながら座り直す。
「なるほど、一種の結界かな?
ハーブやキノコってわりとマジックアイテムやったりするもんな。
誰かに召喚されたとか、向こうで魔法円踏んだとかや無いんやな?」
頷きながら、上目遣いに真剣な顔のジュードさんを見る。
どうも冗談を言ってる風はない。
漫画やアニメなんかの創作物の中でしか使われない単語がゴロゴロ出て来るのに、違和感なく、会話が進む。
結界。マジックアイテム。召喚。魔法円。
マジか?
「毛艶の悪い痩せた山犬、ここら辺ならグレイハウンドドッグかな。
奴らに見つかって、食われなかったって?
めっちゃ凄いやん。あいつら常に飢餓の呪いかかってるせいで、獲物と見た生き物は逃がさないんやで?」
「ハウンドドッグって猟犬? グループ歌手とちゃうやんな?」
「まあ、あっちでは普通狩猟犬の事やけど、ここでは魔獣の一種や」
飢餓の呪い。魔獣。
マジ、ファンタジーの世界やん。
グループ歌手、はスルーされた。
ジュードさんは、足元に置いていた皮製のナップザックから、チーズの塊と褐色の硬そうなパン、多分水袋かな、山羊か何かの胃袋っぽい袋を出してテーブルに並べる。
「ここがどこか解らないまま3日目やったら、お腹すいてるんちゃうか?
保存食的なもんしか無いけど、食うか?」
にっこり笑って、パンとチーズを薄めに削ぎ切ってくれる。
「でも、パンはどうか知らんけど、チーズって高いもんちゃうの? 誰か知らん私にくれてええの?」
「まあ、安くはないな。それにこれは正確にはチーズのなり損ないや。ここではチーズは手に入らん。誰も、チーズやバターは作ったり食べたりしないからな。
俺が、山羊の乳で試しに作ったもんで、ちゃんと乳酸菌使ってる訳やないから、そんな日持ちせえへんねん。ええから食べや」
「ホンマ? ありがとう。実はめっちゃお腹空いててん」
ジュードさんは、小屋の中でも一面だけ石壁になってる部分にある煖炉に薪を並べ、何も使わずに、火をつけた。
「今、どうやったん?」
ジュードさんはめっちゃ嬉しそうに、勢いよく振り返ってドヤ顔っぽく笑いながら、
「な? 凄いやろ?
ここでは、誰でも魔法が使えるねん!」
と鼻歌交じりに、チーズを炙りだした。
トロトロに柔らかくなったチーズが乗った褐色のパンは、温めると柔らかくなるらしい。
「ここって? 誰でもって、私も含まれるん?」
アツアツのチーズのせパンを受け取る。
「勿論や。ここでは、霊的な力と、いわゆる魔力とを誰でも持ってて、それを上手く操作して、まあ、個人差で凄いのやショボいのやはあるけど、魔道士になれるんや
ホンマ、異世界さまさまや」
──異世界?
次回、第8話 異世界ナゼそこに? 日本人