巻き込まれた男・最後の仕上げ
さてと。
誘拐犯どもを縛り上げ、【人攫い】の伝説使徒は消滅させた。
俺達の完全勝利だ。下準備も終えて、あとは警察を待つばかり……。
「くくく、勝った気になるなよ。」
「……起きたのか。」
推定・誘拐犯の親分が気を取り戻した。
だがこの状況で何かできる訳でもなし、聞く耳も持たない。
そうこうしていると、やっとサイレンが聞こえてくる。
「すみませーん、こちらでーす!」
「……えっと、この状況はあなたひとりで?」
しまった。警察に伝説使徒がどうとか言えないな。
適当な嘘でごまかそう。
「その、何者かが助けてくれました。そう、黒い怪物とか。」
「ふーん……。」
無理がありすぎる。でも呪影が言ってた「ミームを高める活動」の件もある。
嘘っぽい噂の方が、伝説使徒らしいんじゃなかろうか。
「で、縛られているキミが首謀者と。」
「くくく、何の話かな?」
警察官に詰め寄られる誘拐犯。しかし、しらばっくれている。
往生際が悪い。証拠データも取引先の情報も全部渡したんだ。
今更言い逃れできる訳がない。
「だいたいだ、攫われた少女なんてどこにいるんだ? あぁ!?」
あー……それが切り札だったのか。
それならギリギリ、証拠不十分で助かる見込みがあっただろう。だが。
「えーんえーん、怖かったよぅ。」
「お嬢ちゃん、よく耐えたね。」
【メリーさん】の棒読みで泣く演技をし、警察官にあやされている。
それを見た誘拐犯の顎が外れかける。
「なん、で……伝説使徒は、人間には見えな……。」
残念ながら、【メリーさん】は例外。人間に見えるよう進化した伝説使徒なのだ。
光を反射し、音を発し、触れられると衝撃を放つ。疑似的な人間。
それを「いない」と言い張るのは無理があった。
「お嬢さんとキミとの関係は?」
「め、姪です。遊園地に連れていってほしいと頼まれまして。」
「お兄ちゃーん、お兄ちゃーん。」
【メリーさん】が抱き着いてくる。
身分証を提示するとなるとアウトだが、この場を乗り切れたら問題ない。
「で、あの子を攫ったんだよね。
送られてきた情報によると、まだ前科ありと見ているけど。」
「ぐぐ、ぐ……。」
泣いて歯ぎしりしようと、この状況は覆らない。
これで逮捕は確定だろうな。
――――――
「さて、お嬢ちゃんには申し訳ないけど、事情聴取に……。
あれ、どこに行った?」
警察官が辺りを見回すも、男と少女はいなくなっていた。
現場に残されたのは、意味不明な証言と、それよりも不可思議な事を喋る被疑者のみだった。
その頃、某社では。
「おかしい……。そろそろ、連絡のひとつあってもいいはずだ。」
今回の取引相手が待ちぼうけを喰らっていた。
自室のデスクで、ただ【メリーさん】誘拐の情報を待っていた。
この会社は、表向きには大手流通企業という事になっているが、裏では伝説使徒の調査・実験を行う組織だ。
伝説使徒に対するスタンスは色々ある。
それを利用して悪事をなすもの、根絶を試みるもの、共存を考えるもの……。
そのどれも、表立って活動はしていない。
伝説使徒はあれだけ強力で情報伝達能力に長けながら、ある一線では自らを秘匿する厄介な性質を持つ。
そのため、伝説使徒を知る者だけが秘密裏に活動しているのだ。
「【メリーさんの電話】……あの近辺では勢力的に活動している伝説使徒だ。
多少は丈夫にできているだろう……。」
この会社は、伝説使徒の隔離・拘束をメインに取り扱っている。
当然ながら、【メリーさん】はその実験材料として扱われる。
より効果的な・安価な拘束具、あるいは隔離システムの構築。
「む、メールか。」
取引完了のメールだと思い、彼はメールを確認する。
しかし、開いた瞬間に謎の動画が流れる。
「……なんだこれは?」
すぐ消そうと試みるが、反応がない。マウスやキーボードの操作も試みるが、応答がない。
動画を見てみると、黒い影がゆらゆらと、画面手前へ迫ってくるような映像だった。
「下らない、悪戯メールか。」
強制終了を試みる。失敗。さすがにおかしいと思った時、ひとつの可能性がよぎる。
「まさか……伝説使徒!?」
そう気づいたときには手遅れで、今まさに、画面から黒い影が這い出ようとしていた。
デスクから転がるように飛び出し、後ずさる。
その姿を見て、黒いバケモノがゆっくりと彼に近づいていく。
「くそ、汚らわしい不法侵入者がッ!」
彼に拘束は専門外だった。伝説使徒と戦うのは、犯罪者などの人間に任せてきたのだ。
応援を呼ぶためにはデスクの固定電話か……内ポケットのスマホしかない。
そう考えていると、スマホが震えだす。電話のようだ。
「もしもし! 俺だ! 至急助けてくれ! あ、アーバン……」
《私、メリー。今ね、あなたの後ろにいるの。》
後ろ……? バケモノを前にして壁にぶつかった瞬間、何かを貫く音が聞こえた。
恐る恐る横を見ると、きらめく刃物が真横の壁から生えていた。
彼の目の前は、真っ暗になった。
――――――
「よし、それぐらいでいいか。」
俺達は、取引相手のほうにも細工をし、一泡吹かせる計画をしていた。
結果はご覧の通りで、呪影と【メリーさん】の挟み撃ちに負けて、文字通り泡を吹いていた。
「で、コイツはどうするのよ。」
「……殺す訳にはいかないのだろう?」
俺は早々にデスクをお借りする。【呪いのビデオ】再生中なので、操作権は俺のものだ。
「適当な情報を盗み出して、警察に送りつけよう。最悪、汚職とかでもいいが。」
ハッキングしながら情報収集を進めていく内に……恐ろしい事実が判明した。
「S.C.X……。」
「何よそれ?」
俺の読み上げに、【メリーさん】が反応する。
「この会社は、巨大組織の一端にすぎない。他の多くの会社が、この組織に加盟している。」
《……確保、収容……根絶。伝説使徒の根絶が目的なのか……。》
俺としては、一昔前なら応援できただろう。……【口裂け女】に襲われた身だから。
だが、大事な家族である【メリーさん】まで根絶させるというなら、話が違う。
「賛同する気はないね。」
「……。」
その後、伝説使徒関連でない汚職事件が見つかったので、警察に送信する。
しかし、この程度で何らかのキズを与えられるかは断言できない。
始まりは、【口裂け女】に襲われた日。あの日、俺の日常は崩壊した。
だけど、代わりに家族ができた。ひとり、またひとり……。
そして、俺達の知らない場所で暗躍する謎の組織まで知ってしまう……。
どう願っても、あの頃には戻れない。いや、戻りたいとも思わない。
こうなったら、とことん付き合ってやろうじゃないか。
我ながら、とんでもないものに巻き込まれてしまったな。
これで「巻き込まれた男」の物語は一旦おしまい。
次回からは、ちょっと別視点の物語が始まります。
一応、群像劇のような作品を目指しているので、主人公っぽいポジションのキャラは今後増えます。
群像劇が書けるかは、別問題ですけども。努力します。
どうであれ、男には全ての物語を繋ぐ架け橋になってもらいます。