巻き込まれた男・呪いのビデオ
「私、メリー。今ね、あなたの後ろに居るの。」
俺の後ろから、確かにそう聞こえた。
「あぁ、知っている。」
そう言いつつ振り返ると、不機嫌そうに頬を膨らませた【メリーさん】が、こちらをじっと見つめていた。
「……ひーまー! 暇ひまヒマ、ひぃ~まぁ~!」
絶叫しつつゴロゴロを床を転がる【メリーさん】。
放っておくと近所迷惑……になるかは分からないが、なだめるとしよう。
この子は、俺の妹や養子ではない。そもそも、『人間』ですらない。
俺が契約している、『伝説使徒』だ。
伝説使徒とは、この世界に存在する不思議な生命体。
人を襲ったり、逆に守る事で生命を維持する、奇妙な生態を持つ。
そして、普通の人間には見えず、声も聞こえない等の特徴もある。
こんな幼い女の子だが、いざ戦おうとすると、大の大人では比較にもならない。
伝説使徒は、人間なんかよりも遥かに高い戦闘能力、そして特殊能力を持っている。
「だってマスター! 仕事帰りなのに、ずっと引き籠ってPCばかり触って!
ちょっとは遊びなさいよ~!」
「あぁもう、これは今度の仕事を、円滑に進めるための準備なんだ。」
しかし、契約したての頃はもう少し、清楚というか無口な女の子だったのに、何故こうなったのか。
【メリーさん】と契約してから、俺のライフスタイルは大きく変わった。
食費も1人分多くなったし、毎日この子に付きまとわれるし、野良の伝説使徒に襲われるし……。
だが、ボディガードだと思えば、安い出費だ。あんな化け物から逃げ回りつつ生きるのは困難。
【メリーさん】と契約した事は、ちょっと賑やかなルームシェア程度の感覚だ。
「どこか遊びに行こうよ~?」
「もうこんな時間だぞ。飯の支度する。」
そう言いながら冷蔵庫を開けると、食材を切らしている事に気づいた。
まだ2人分の食材を把握しきれていないな……と考えつつ、出かける支度をしようとすると。
「あ、じゃあ買い物行ってあげる! その代わり、今度の休みに遊園地ね!」
と返されてしまった。
――――――
「―――良いか、財布はここ、メモはここで……。」
「子どもじゃないんだから、分かるわよ。」
子どもだろ、という言葉を飲み込んで、鞄を渡す。
伝説使徒とはいえ、子どもに買い物を任せるなんて、初めてだ。
ちゃんとできるだろうか……。
「えっと、駅前のスーパーの場所は……。」
「それも分かるわよ。安心しなさいな。」
「そうか? 迷ったら電話するんだぞ。」
そう言って再びPCの前に座ると、早速【メリーさん】から電話が掛かる。
「なんだよ、まだ玄関すら出て……。」
「私、メリー。今ね、駅前のスーパーに居るの。」
とっさに振り向くと、【メリーさん】は居なかった。
おそらく、もう駅前のスーパーに『転移』したんだろう。
【メリーさん】の特殊能力『転移』は、電話を掛ける事をトリガーとする。
掛けた対象が知っている場所へ、瞬時にテレポートできるのだ。
俺に掛けた場合、俺が行ったことのある場所全てへテレポートできる。
ただし他人に掛けた場合、【メリーさん】から半径・数百m以内の場所しか行けない。
地球の反対側から『あなたの後ろに居るの』とは言えないわけだ。
「……まったく、さすが伝説使徒だ。」
さて、うるさいのが出かけたので、さくっと仕事を終わらせる。
資料作成なんて慣れたもので、プレゼンの台本もすぐ完成した。
……では、最近始めた課題を進めていこうか。
借りてきたDVDを流しつつ、あるアプリの開発に取り組んでいた。
『伝説使徒の研究』……とでも言うべきだろうか。
【メリーさん】の能力は、はっきり言って常識外れだ。
だが、ITの人間としては、だからこそ理解したいという思いがある。
せめて、その一端だけでも……。
最初の課題は、『メリーさんの転移能力』だ。
別に、転移そのものを再現しようという訳ではない。ただ、その前段階に興味がある。
『電話相手の記憶から、座標を割り出す』という工程を、どのように行っているのだろうか?
もしも、記憶へのアクセスに携帯電話を利用しているなら……その情報をアプリケーションで取得できる。
理屈はどうであれ、脳波をインプットに利用できるのだ。
文字入力や音声入力ではない、脳波入力という可能性。
それも大型のものではなく手のひらサイズの携帯端末で行えるなら、可能性の幅が広がる。
【メリーさん】の能力が魔法でない限り、その技術の手掛かりがどこかにあるはずだ。
……まぁ、簡単に行く訳もなく。
【メリーさん】から情報を取得するアプリさえ、完成のめどが付いていない。
心当たりを元に、KKD法でトライしてみよう。
――――――
「……あれ、静かだな。」
【メリーさん】が帰ってこない、という意味ではなく。
DVDが再生されていない? そう思ってTV画面を見た。
そこには、井戸から這い上がってくる、白い服の女性が映っていた。
俺はその光景を知っていた。だが、あり得なかった。
ホラー映画なんて、俺は借りていない。
「の……【呪いのビデオ】か!?」
マズい、どうにかしないと。とっさにリモコンのボタンを連打する。反応がない。
TVに近づき、直接電源や、あらゆるボタンを押す。反応がない。
こうなったらと電源プラグに手を伸ばそうとした瞬間、何かが服に触れた。
「うわっ!?」
とっさに飛び退くと、白い服の女性が画面から出てきていた。
混乱しつつも頭は高速回転する。この状況を打破する方法。
【メリーさん】がここに来る方法……。
「そうか……!」
机の上のスマートフォンを手に取る。手を引くと同時に、刃物が机に刺さった。
……もはや、この程度で驚いていたら生きていけない。
とっさに、女性に背を向けて、あのダイヤルへ電話する。
「……。」
「【メリーさん】ッ!」
数秒後、金属音が部屋に鳴り響いた。
「私、メリー。今ね、あなたの後ろに居るのッ……!」
「……!」