巻き込まれた男・始まりの着信
人は噂した、「人を襲う、口が大きく裂けた女が居る」と。
人は噂した、「落ちた食べ物は、3秒以内ならセーフだ」と。
人は否定した、「そんなものは実在しない」と。
人は否定した、「それは非科学的だ」と。
『Meme』。それは人類が進化の過程で獲得した、遺伝情報の一種。
ミームは『文化』『技術』『情報』として人類の生存のために繁栄し、時に姿かたちを変えた。
そのミームのひとつに、『都市伝説』というものがあった。
それらは情報としての生存能力に長けていた……つまり、人の記憶に残りやすく、強い伝達能力を持っていた。
だが、そんな都市伝説も『科学』の進歩にはついていけなくなった。
科学が、都市伝説を駆逐しようと動き始めたのだ。
「はぁ、はぁ……。」
さて、質問である。
もし仮に……「ミームが意思を持っていたら」、彼らはどのような行動に出るだろうか?
例えば……『科学のミーム』を超える力を『都市伝説のミーム』が欲する……かもしれない。
「はぁ、はぁ……。」
『都市伝説のミーム』は、進化の時を迎えていたのだ。
「 ド コ ダ ? 」
男は追われていたのだ。『口の裂けた女』に。
あのホラ話でしかなかった、【口裂け女】に。
「なぜだ、なぜ居るんだ? なぜ……俺なんだ!?」
「私は綺麗か」、そう彼女は尋ねた。
男は返答を誤り、綺麗だと答えた。
その結果、追われる身となった。おそらく、死ぬ時まで。
――――――
偶然、男は物陰に隠れることに成功した。
しかし【口裂け女】を振り切ったわけではない。視界にこそ入らないが、その気配のようなものを感じる。
彷徨いながらも、確実にこちらへと近づいている。
「はぁ……はぁ……。」
しかし、男は肉体的にも精神的にも疲労していた。
音をたてないようにと考えつつも、物陰で荒い呼吸を続ける。
ふと、懐に入れた携帯電話が震え出す。
取り出すと、1本の電話が入っていた。
「もしもし。すまないが、今は忙しいんだ。」
そう言って切ろうとした時だった。
≪私、メリー。 今ね、あなたの後ろにいるの。≫
男がとっさに振り返ると、居なかったはずの少女が、そこに立っていた。
いや……少女ではない。その肌は不自然なほど青白かった。その目は一見、髪で隠れているようだったが、その陰は闇のように深く、まるで目なんて存在しないようだった。少女のように見えるが、少女ではないナニカだ。
思わず男は腰を抜かし、後ずさりする。
男には覚えがあった。身に覚えのない電話、そしてメリーという名前……【メリーさんの電話】と呼ばれる怪談だ。
しかし記憶が正しければ、もっと段階を経て近づいてくるはずだ。いきなり真後ろに現れるはずがない。
いや……そもそも、実在するはずがない。あの【口裂け女】のように。
「くっ、【口裂け女】に【メリーさん】……!? ふ、ふざけるなッ!」
目の前で崩れていく現実に、震える声で怒鳴る。
しかし恐怖のあまり、大きな声も出ない。
そんな男に【メリーさん】らしき少女が歩み寄る。
「来るなッ……!」
「ねぇ、あのさ。契約してよ」
男は聞きなれない言葉を聞いた。『契約』……この【メリーさん】と、だろうか?
「なんだ、それは? 俺の命を奪う契約か?」
「逆。私の命を保護する契約。代わりに、私が貴方を守ってあげる。」
ずいぶん都合のいい話だ。【口裂け女】から自分を守ってくれるとは。
男は当然のように警戒した。
「信じないのも自由だけど、そんな余裕が貴方にあるの?」
「……分かっているさ。」
それも事実だ。男には、【口裂け女】をどうにかできる力はない。
だが、その力がこの子にあるのだろうか? 本当に……。
「早くして。私のミームが変わる前に。」
もう、駄目で元々だ。やるしかない。
「け、契約だ。契約しろ、【メリーさん】!」
「……ありがとう。」
一瞬、【メリーさん】の体が揺らぎ、可愛らしい姿や禍々しい姿がちらつく。
しかし淡く発光すると、その姿は先ほどよりも、はっきりとした少女の姿になった。
「じゃあ、とりあえず倒してくるね。」
――――――
「 ド コ ダ ? 」
【口裂け女】は男を探していた。
そうする事でしか、自己を保つ事ができないのだ。
与えられたミームの通りに動くしかない。
それが、彼らの運命なのだ。
「 キ コ エ ル 」
【口裂け女】は電話の着信音を聞いた。この近くにいるのは、あの男だろう。
そうでなくても良い。人を襲えば、ミームを維持し自己を保存できるのだから。
「 ソ コ カ 」
そこにあったのは、置き去りにされた携帯電話だった。
電話は繋がっており、スピーカーから声が聞こえてくる。
≪私、メリー。今、あなたの後ろにいるの。≫
「 メ リ ー ? 」
「遅いよ。」
【メリーさん】は、【口裂け女】の真後ろに現れたと同時に飛び上がり、ナイフを首元に突き刺す。
【口裂け女】は、刺された場所からどす黒い何かを吹き出し、もがき苦しみだす。
やがてその存在は、存在した証も残さず、完全に消滅した。
「……やったのか?」
「はい、返すね。」
事が終わったことを確認するために現れた男に、【メリーさん】は携帯電話を投げる。
男はそれを受け取り、【メリーさん】を見つめる。
「どういう事なんだ? 俺を襲うし、携帯電話を投げ返すし、でも死体は消えて、痕跡もない……。
お前達は……何者なんだ?」
「契約してくれたんだもの、知る義務があるよね。……教えてあげる。」
「私たちは『Urban Legend Servant』。
契約して人間に仕える『伝説使徒』。」
「アーバント……?」
人は噂した、「人と契約し、自己を保つミーム-伝説使徒-が存在する」と。
人は噂した、「伝説使徒はミームを糧に生まれ、ミームを糧に生きる」と。
人は肯定した、「それは実在する」と。
人は肯定した、「それは科学的だ」と。
これは、『伝説使徒』と契約し、『伝説使徒』と戦う者達の物語―――
某掲示板で書いていたものを加筆・修正してこちらに投稿する事にしました。
書き溜めが一応あるんですが、三日坊主にならないよう努めます。