⑦
翌日、土曜日。午前十一時。
旅行会社の営業所のすぐ近くにある、さほどうるさくないファミレスの席で生川と、彼らの修学旅行に同行し、共に事故に巻き込まれた旅行会社の女性――猪俣が対面している。二十代後半に見える彼女は仕事を抜けてここにやってきたのか、スーツで身を包んでいて、バッチリとメイクをしている。
現在、挨拶と軽い自己紹介を終え、ドリンクバーのみの注文を済まし、互いに飲み物を席に運んできてから、数十秒経ったところだ。
「…………」
「…………」
だが、このような場面での数十秒は数分にも数十分にも感じられる。面会を希望した側が思うのは何だが、少々居心地が悪い。
そんな若干重苦しい雰囲気を察したのか、すぐ近くの客たちは二人が顔を合わせる前と比べて、声のトーンをやや落としている。
それでも持ちかけた側としては先に話しかけるしかなく、おずおずと予定通りの台詞を述べる。
「あの、早速ですが変なことをお聞きしても宜しいでしょうか?」
「は、はい」
「最近奇妙な現象が身の回りに起きていませんか?」
「奇妙な現象、というと?」
猪俣さんは眉をひそめながら、小首を傾げる。
「……事故で亡くなった方がある日突然蘇って、生前と同じように生活していて、周りは誰も違和感を抱いてない、という現象です。もう一人の添乗員の男性は……」
「何言っているのですか、生き返るなんてことあるわけないじゃないですか!」
バンッと猪俣さんはテーブルを叩きつけた。
衝撃で手をつけていないカップから、飲み物がこぼれる。周りの客がビクッとしてから、こちら側をチラッと見てきた。店員も警戒して、様子を窺い始める。
こぼれた液体を拭かなければと思うが、いきなり激高した猪俣さんに圧倒されて動けなかった。
地雷を踏むことを承知で触れたとはいえ、想像以上に破壊力があったみたいだ。
それからハッとして、失礼しましたと謝りながらペーパーでこぼれた飲み物を拭き取った猪俣さん。
「すみません、実は添乗員として同行していた彼は――」
猪俣さんは突然怒鳴ってしまった訳を語り始めた。二人は職場の人々には内緒で付き合っていたこと。それなのにたまたま二人同じ仕事(生川の高校の修学旅行)を任されたこと。仕事とはいえ初めて二人で行く旅行に浮かれていたこと。そして三日目の夜――帰る前の最後の夜にプロポーズされて、帰りのバス車内では舞い上がった気分を押さえ込むのに必死だったこと。彼が亡くなってからは、毎晩のように生き返る夢や新婚生活を送る夢を見ては、目覚めた後に虚無感や喪失感に襲われて泣いてしまっていたこと。
「誠に申し訳ございません。初対面の方、しかも十歳近く年下であるのに怒鳴ってしまって」
話に耳を傾けているうちに罪悪感が湧き、胸が痛んだ。とてもではないがこれ以上踏み込むほどの鬼にはなれなかった。怪奇現象に見舞われるのは自分のみ、と分かっただけでよしとしよう。
「いえいえ、こちらこそすみません。配慮が足りませんでした」
周りの視線もあり非常に気まずくなったので、そのままお開きすることになった。最大で二時間までなら大丈夫です、と事前に伝えられていたが、およそ三十分の対談であった。
帰りの電車内でぼんやりとスマホを眺めていたら、昨日新しく作ったアカウントの方にダイレクトメッセージが届いた。
身体から抜けて宙に浮いていた正気が急いで吸い込まれる。緊張で指を震わせながら通知をタップ。
「△△高校アクション同好会?」
あまりに関係なさそうな組織からメッセージ届いたことが不思議で、電車内であることをうっかり忘れて呟いてしまった。
とはいえやっと反応されたのだ。せっかくだから読んでみよう。
『突然すみません! △△高校アクション同好会の矢代と申します! あなたのツイートを見つけて、思わず話してみたくなっちゃいました笑』
なんだろう。このいかにも爽やかボイスで再生されそうな文面は。ついさっきまでどんよりしていたのにいきなりこのようなテンションで話しかけられ面食らう生川。
テンションを合わせたほうが良いのだろうか、と戸惑いながら返信する。
『俺の話を信じてくれたんですか⁉』
二分足らずで返信が来た。
『それはちょっと判断しかねるけど』
『会ってみませんか? 文面だけだと判断するのが難しいので笑』
しばし迷ってから返信する。
『ならいいっすよ』
男だからあんなことやこんなことをされる心配はない。先ほどの面会でも大きな成果を得られず、まだまだ藁にも縋りたい気分である。であれば了承するしかなかろう。