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やさしい悪霊  作者: ヒコヤハルカ
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「バスの事故のことですよね?」


「はい、もちろんそうですが」


「あわや追突か……って所で相手側の運転手がハンドルをきったため、車体が掠っただけでしたよね? 怪我人も擦り傷等の軽傷が数名程度。たいした被害ではなかった気が……」


「ん? ……あ、あれ?」


 軽い。軽すぎる。あの事故はそんなものではないだろう。かといって嘘をついているようにも感じられず、表情は真剣そのもの。であるのに何故、こんなにも認識に齟齬があるのだ。


 …………。


 祟り、なのか。


『お前だけ生き残りやがって……。恨みだ。せいぜい恐れおののくがいい……』とかいう。


 これが物語であればしばらく身震いをしながら眺めていたであろう。


 そういえば自分と他人の見ている『世界』は違うなんて誰かが言っていたのを思い出したが、そういうものなのか。


 あるいは……もしかして、死んだのは俺? 死んでパラレルワールドへ移動した? この世界では事故は軽かった? 皆生きている? むしろプレゼントなのかな。生き残れたなんて凄いね! 的な。ならこの世界における『俺』は? ん、あれれ…………分からない。分からない。分からない。……あー、もう。全てを投げ出したくなってきた。


 普段の生川であれば絶対に思いつかないオカルト的な理由しか頭に浮かばなかった。


「どうしました? 二ヶ月ぶりだと厳しいです? 今日は帰っても大丈夫ですよ。幸い荷物も一緒に持ってきてくれていますし」


 保険医の示した方を目で追うと荷物を確認できた。


 ……うん、今日のところはもう学校を出よう。別の環境へ移動して、凝り固まったものをほぐさなければ。図書館行ったりして、過去の新聞記事を漁ったりしてみるのがいいかもしれない。


「はい。すみません帰ります」


「じゃあ八方先生にお伝えしときますね。さようなら」


「お、お願いします。さようなら」





 自宅最寄り駅を通り越して二つ隣りの駅で下車し、図書館へ向かう。


 早速二ヶ月前のあの日の記事を探してみる。…………っと、あった。


『学生乗せた観光バスにトラック激突』


 あ、あれ……。保険医の先生の言っていることと違う。急いで記事に目を通す。


『昨日の午後三時四十分頃、東名高速道路で凄惨な事故が発生した。修学旅行先の京都から学校へと戻るべく、〇〇高校の二年生を乗せたバスに暴走した大型トラックが激突したのだ。この事故により三十八名が亡くなり、二名が重傷。二名は命に別状は無いものの大怪我を負った。加害者のトラックの運転手も大怪我を負っており、警察は回復を待ち次第事情聴取をするとしている』


 うむ、記憶通りの記事だ。……と、するとやはり夢なのだ。恐ろしいホラーじみた夢。保険医の方は……きっと疲れていたのだろう、うん。一応他の新聞社の記事も確認するが、各社の内容は概ね変わらない。


 生川は無意識に深く考えることを避けた。早く落ち着きたくて、無理矢理自分自身を安心させながら自宅へ急いだ。


 ――ところが。


「あ……あ、んた……今、部屋で…………え、えぇ」


「何かあったの、母さん」


「い、いつのまに制服に着替えて……外出? した、の……?」


「は? 今日タダでさえ変なことがあったんだから冗談やめてよ」


 生川の母がたまに言う冗談には演技が混じる。


 演技であることを確信しつつ、努めて朗らかに応対する。


「いやいやいやいやいや。だって今朝登校中に体調崩して引き返して、ついさっきも部屋で寝込んでいたじゃない……」

 もう冬であるのに額に汗が滲む。


「いや、マジで勘弁してくれよ」


「それはこっちの台詞だよ?」


「だから今冗談に付き合う余裕ないから。日本語くらい解るよね?」


 滲んだ汗は頬を伝って流れ、手もじっとりと湿ってきた。まさか……とマイナス方面に思考が傾く。


「え、逆に何でそんなことしないといけないの? ねえ?」


 何故かキレ気味に返答する母。


「だってたまに言ってくるじゃん。覚えてない?」


手はベタベタとし、喉がゆっくりと渇いていく。


「つか今それどころじゃねーだろ」


 母の口調が虫の居所が悪い時特有の、ヤンキーのような男勝りなものに変化した。母を怒らせるような言葉を一切発していないのにも関わらず、だ。状況に理解が追いつかなくなってきた。


「――――ッ⁉」


 生川が頭を抱え込みそうになって、指先が髪の毛に触れた瞬間。


 玄関の先に伸びる廊下とダイニングをつなぐドアの隙間から、見覚えのありすぎる腕が突き出てきた。父のものでなければ、祖父母のものでもない。親戚のものでもなく、友達のものでもない。


 けれどそれはいつでもどんな時でも視界に入ってくる腕。



――自分のモノだ。



「母さん、後ろ、後ろ……」


 震えた声で促す。


「あ? 後ろがどうした。そんな演技には乗らないぞ」


「いや、そうじゃなくて、本当に」


「はぁ?」


「だ、騙されたと思ってちょっと……」


「ったく、うるせーな」


 振り返る母。


「――――ッ」


 時が止まった。そのままの姿勢で固まってしまった。よかったあの腕は幻覚ではないみたいだ……ふう、安心安心――なんてできるわけがなく。


「母さーん、体温計どこー?」


 さらにソレは生川本人の声と全く同じ音を発した。口調も単語のイントネーションも全く同じ。あたかも生川がもう一人いるような。


「「…………ぁ」」


 どこかで聞いた。自分と全く同じ姿形のものに出会ってしまうとその人間はーーッ






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