僕の名前
薄らと光が入る、開きかけた目をもう一度閉じようとしたとき、右手が何かを握っていることに気づいた。右手を顔の前に移動させようとしたが、体が重たく思ったように動かない。精一杯、力を入れたが指先が少し動いただけだった。
右手の中身を見るのは諦め、横になったままあたりを見た。横になった状態では、ほぼ天井しか見えないが、どうやら病院のベットで寝ていたようだ。アルコールの臭いと、体に繋がれている点滴のチューブがそう連想させた。
頭がぼーっとしているからか、この状況にあまり驚いていない。
「ジュンちゃん!!ジュンちゃん!!」
叫ぶようなその声に思わず、体に力が入った。声の方に顔を向けようとするが、やはり少しも動かない。どうすることもできず、固まっていると足音がこちらへ向かってきた。
大きく潤んだ目がこちらをじっと見つめた。40代くらいの女性で髪が長く、頬がこけている。女性はベットの縁に手をかけ、しゃがみこみ顔を近づけた。
「ジュンちゃん。ジュンちゃん。」
先ほどとは違い、ささやくように言った。
ジュンちゃんとは僕のことを言っているのだろう。
しかし「ジュンちゃん」と言われることへ、違和感は感じないものの、自分が「ジュンちゃん」と言われていた記憶は僕にの中になかった。
自分の名前を思いだしたくても、思い出せなかった。正確に言うと思い出し方が分からなかった。考えれば考えるほど、頭の中が真っ白になっていた。
女性の潤んだ目から涙が溢れ始めた。涙が頬を伝い、首筋へと流れていく。女性は両手で僕の右手を強く握った。その手はひんやりと冷たく筋張っていて、包まれた僕の右手の体温も、ゆっくりと下がっていった。
「あなたは.....誰ですか?」
僕はこの女性を見たとき一番初めに、もった疑問を投げかけた。きっと初めて会う人ではないのは、分かっている。だが今の僕には思い出すことができなかった。
「もう大丈夫だから。」
女性はそう言うと、にこりと笑った。笑った目から涙が一筋流れた。そしてさらに強く僕の右手を握った。
そこで僕の意識は途切れた。