九十三話 開始
「そうと決まれば早速するか?」
「だな、なんにしても早いほうがいいだろう」
「じゃあ場所は……」
「アタシと戦ったところでいいかい?」
ああ、と頷く。
「なら午後からにしよう」
「了解」
とレノーレは今日のはじめとは全く違う表情をして去っていった。
その顔は狩りを楽しむ獣のようだった。
レノーレの姿が見えなくなってから息を漏らすように呟いた。
「なんか急にスイッチが入ったって感じだったな」
「ええ、でも頼もしいじゃありませんか」
「まあそうだな」
実際俺をよりも多くの闇属性の魔法を使えるはずだ。
でも俺のほうが強かったですけどね。
「ロイさん、今からなさるのは構いませんが、お体は大丈夫でしょうか?」
「ん、問題ないだろ、たぶん」
「私たちもついていますし何かあれば対処しますね」
「でも魔法で回復できないもんか?」
傷だったら簡単、とまではいかないが回復できる。
それもラーシャ、セシリアレベルであればそこらの魔法使いよりも上手くできるはずだ。
「ロイさんの傷、と言いますか、それは外傷ではなく内傷なのです。内傷を治す魔法もありますが、今回のものは治す魔法がないのです」
「どうしてだ?」
「ロイさんがああなってしまった理由は体内魔力の枯渇が問題です。体内魔力を回復する魔法はないので治療できませんでした」
「なるほど。そうだったのか。じゃあこの身体の痛みは?」
起きたときに感じた痛みだ。
外傷は治したなら痛みもなくなるはずだが。
「すみません。ちょっとそこまでは。なにしろ私自身初めての体験でしたので……」
「いや、謝る必要なはいよ。もともとは俺が原因なんだし」
どんよりとした思い雰囲気が流れる。
いかんな、話を変えないと。
「で、今何時だ?」
「ええと、確か……お昼前です」
「時間そんななかった」
「そうですね。それまでなにしますか?」
う~ん、とうねってから堂々と言った。
「よし、飯を食おう」
そのあと静まる中、ぐううと腹がなった。
食堂から出ると、そろそろいい時刻になっていた。
日はてっぺんを少し過ぎたあたりだ。
雲も覆い隠すほどは出ていないが、それでも風は冷たく、肌寒い。
隠れ家から地上へと出ると思わず身体を震わした。
「おお、さぶっ」
「本当ですね。ロイさん薄着ですが……?」
「俺は動くからそのうちあったかくなるけど、二人は?」
問うと二人同時に首を振った。
姉妹らしく息の合った行動だ。
「そうか。じゃあぼちぼち行くか」
「はい」
このとき地獄の訓練が始まるとはだれ一人考えもしなかった。
以前レノーレと戦った草原に着くと、すでに先客がいた。
こちらを睨み、腕を組んで仁王立ちしている。
時折吹く風が、彼女の亜麻色の長い髪を揺らす。
そして不敵な笑みを浮かべて言う。
「あんたがロイ?とかいう奴~?」
ひょうひょうとした立ち振る舞い、どこか面影のようなものを感じる。
しかし背はこの場の誰よりも小さい。
威張っているようだが、子供にしか見えない。
とりあえずここは当たり障りのないよう答えておくのがベストだろう。
「そうだ。でそっちは?」
「え?聞いてないの?」
「誰にだよ」
「アタシだ」
後ろから現れたのはレノーレだった。
「誰だこいつ」
「こいつ言うな」
「こいつはザミーラだ」
「だからこいつ言うなって!」
無視してるけどいいのか、これ。
「でなんで呼んだんだ?」
「ふふん、こいつ……ザミーラはな、アタシの同業で」
「同業の時点でこいつ取り締まり入るぞ」
「細かいことはなしで言うと、こいつにもお前の特別訓練を手伝ってもらう」
えぇ……ごろつき(ほぼ確定)が仲間になった!……うれしくねぇな。
とにかく犯罪者紛いのお二人から教わることは多そうだ。




